鍛錬の日々
「ふうっ、ふうっ、ふうっ……」
ただひたすらに、懸垂を繰り返していく。
無心になり、ただ腕に感じる鈍い重みと筋肉の動きに意識を傾けながら、ひたすらに腕に力を込めていく。
時間を見ると、未だ二時間以上残っていた。
二時間を超えたところできつさから腕を離したくなり、そんな自分を叱咤して懸垂を続けた。
いつも自分よりも下ある鉄棒が、腕にちからを込めたその一瞬だけは自分よりも上に来る。 そんなことにわずかな喜びを噛みしめながら、ひたすら繰り返すこと二時間ほど。
自分の腕の感覚がなくなってきたかなというところで、三時間が経過した。
時間表示が消え、ステータスを確認。
無事攻撃が1上がっていて、ほっと胸をなで下ろす。
「よし、それじゃあ次は……有酸素運動だな」
小休止を取ってから、今度はランニングマシンを起動させる。
更に上がった俊敏に対応してか、ランニングマシンのベルトは既に自重することなくぎゃりぎゃりと音を立てて火花を散らしながらものすごい勢いで回転を続けていく。
俺はそれに対応するために、ただひたすらに足を動かし続ける。
少し下を見ると、既に動きが速すぎるため足に残像が見えている。
というか両足が高速で動きすぎているせいで、大きな物体がもぞもぞと動いているようだった。
「はっ、はっ、はっ」
このランニングマシーン然り、俺が使っているトレーニング器具はいつ壊れてもおかしくないと思うんだが、どれだけ使ってもけろりとしているんだから不思議だ。
一時間が終わったところで軽くお茶を飲み、二時間が終わったところでペットボトルを潰す勢いで飲み干す。
そして更にスパートをかけてから一時間が経ち、無事トレーニングが終わる。
ステータスを確認すると、無事俊敏が上がっていた。
もう一度ランニングマシーンを使う気力はない。
俺は一度トレーニングルームを出て、そのままくるりと反転。
シミュレーションルームへと入っていく。
そしてそこで呼び出すのは、レブナント(騎士)だ。
アクセルとクイックを使い、そこに身体強化を重ねがけ。
アイテムボックスから取り出すのは、第十一階層でレブナントからいただいた直剣だ。
「おおおおおっっ!!」
俺は魔法を使わずに、こちらに近付いてくるレブナント目掛けて駆け出す。
――あの聖骸の騎士と戦ってから早五日。
俺はただひたすらに、自分を鍛え続けていた。
あの聖骸の騎士がとてつもない魔物だということは、一目見たその瞬間からわかっていた。 けれどその実際の強さは俺が想像していたよりも、更にその先をいっていたのだ。
――なにせシミュレーションルームで戦うことができる聖骸の騎士(劣化)と戦っても、俺は何もできず完封させられてしまったんだから。
こんなんでは本物と再戦しても、万が一にも勝ち目はない。
今は劣化版の聖骸の騎士相手に勝つべく、己を鍛えている最中である。
聖骸の騎士……マジでヤバすぎる。
何が一番ヤバいって、平気な顔をして剣で魔法を斬り裂いてくるんだよ?
そんなのありかよって話でしょ。いくらなんでも反則だって。
俺が言うのもなんだけど、チート過ぎると思う。
聖骸の騎士(劣化)は、聖魔反転やグランドクロスといったあの時見た技を使ってくることがない(なので常にレブナント状態だ)。
多分だけど、あれはまだ今の『自宅』のギフトじゃ再現ができないんだろう。
シミュレーションルームもトレーニングルームと同様、新たに20000MPを充填させれば強化することが可能な仕様になっているから、強化すれば使ってくるようになるかもしれないけど……現状そちらに手を回す余裕はない。
なにせ今は、トレーニングルーム強化の方にMPを使っているからね。
劣化版を相手にしてもまだ一度も勝てていない現状じゃ、強くなられてもあんまり意味はないし。
まず今の俺の目標は、劣化版聖骸の騎士を倒すことだ。
だがこれが、なかなかに難しい。
劣化版聖骸の騎士の戦法は、非常に単純だ。
――近付いて、斬る。
言ってしまえば、それだけなのだ。
そして単純故に、切り崩しづらい。
まず俺が放つ魔法は、基本的には受け流されるか、剣で斬り伏せられるか、そのまま身体で受けられる。
唯一有効なのはジャッジメントレイやグングニルといったLV10魔法だけど、それも遠距離から放つと剣を使って上手く軌道を逸らされてしまう。
なので倒すためには近距離からLV10魔法を打つ必要があるんだけど、そうすると距離がネックになる。
距離を詰めれば、今度はあちらの剣の攻撃範囲内に入ってしまうことになるからだ。
聖骸の騎士の剣術は、今の俺では太刀打ちできないほどに洗練されている。
生前は間違いなく、剣術スキルがカンストしていたのだろう。
なので一度近付くと、数合打ち合うこともできずに首ちょんぱか心臓への突きで倒されてしまう。
こっちの方が動きは速いんだけど、不思議なことに気付けばやられてしまうのである。
そんな風に近付かなければ有効打を与えることができず、近付けばやられてしまう……という、AIだったらループしてしまいそうな状況に陥ってしまったのだ。
流石にこれは堪えた。
こんだけ肉体LVを上げて魔法のLVをカンストさせても劣化版にすら届かないとか、どう考えてもクソゲーの領域に足を突っ込んでいる。
ただ元々ゲームが嫌いではない俺は、なんとかしてあいつを倒せないかと日々試行錯誤を続けることにした。
まず最初に考えたのが、剣術のLV上げだ。
なに、単純な話だ。
あいつと打ち合えずに倒されてしまうのなら、打ち合えるようになってしまえばいい。
剣術のLV上げには、劣化版聖骸の騎士ではなく、騎士や侍のレブナントがちょうどいいことがわかった。
大して剣術に対して造詣の深くない今の俺では、聖骸の騎士がやっていることが高度過ぎてよく意味がわからないまま負けてしまうからだ。
対しレブナントだとステータスにかなり差が開いているため、余裕を持って相手のことを観察することができる。
相手の剣技を模倣し、時にゴリ押しをしながらもあくまで剣だけで戦う。
今の俺にはレブナントくらいがちょうどいいことがわかった。
レブナント相手に戦うことができるようになってから、次は第十一階層での戦闘によるLV上げと、トレーニングルームを使っての攻撃と俊敏のステータスの底上げを行うことを決めた。
ステータスは正義。
それが俺がレブナントと一対一で戦い続けて得た結論である。
聖骸の騎士技術的に追いつくことなんて土台できないのだから、こちらは有利であるスペックを押しつけて勝ちにいくしかないのだ。
なんにせよ、最近MPを注ぎまくっているおかげでそろそろトレーニングルームの強化もできるようになる。
LV上げはそろそろ限界が来ているので、今後はトレーニングがメインになるはずだ。
俺はまずはシミュレーションルームで聖骸の騎士を倒すため、己を磨き続けるのだった――。