ミョルニル
第十階層にもずいぶんと慣れてきた。
最も今ではそこまでビクビクしながら歩くことはない。
俺はエルダーリッチに気付かれない最低限の心配りをしながら、さして気負わずに階層を闊歩する。
既にマッピングも終わっているし、更に言えば脳内に地図もできあがっている。
そのまま第十一階層を見てみることも視野に入れるため、下りの階段へと向かっていくことにした。
すると目の前に、幽鬼のようにふらふらとした足取りで歩いているエルダーリッチの姿が見える。
宝玉は青、水属性。
問題ないと魔法発動の準備を整えてから、ウィンドサーチを使う。
近くにエルダーリッチがもう一体。そしてこちらに近付いてくる風野郎の反応が一つ。
合わせて三体か……ちょうどいい。
これを俺のこの階層の卒業試験にしよう。
俺は敢えて音を鳴らしてからエルダーリッチを引き寄せる。
火のエルダーリッチがこちらにやってくるのと、風のエルダーリッチが文字通り風を切りながら飛んでやってきたのはほとんど同じタイミングだった。
今俺の目の前には、無傷の三体のエルダーリッチがいる。
こいつらを奇襲ではなく、真っ向から打ち破ることだって、今の俺にならできるはずだ。
「ジャッジメントレイ、ミョルニル」
俺は光の柱を発生させながら、横に雷の槌を置く。
そして戦闘が始まった――。
ジャッジメントレイで狙ったのは、風野郎だった。
風野郎が持ち前の飛行能力で攻撃を避けようとするが、高まりに高まった俺の魔法攻撃力によるこの魔法の攻撃範囲は、既に当初とは別物といえるほどに広がっている。
風野郎は攻撃を避けきることができず、わずかに範囲外からは出たものの、もろにジャッジメントレイを食らった。
魔法の威力や精度は、食らうダメージによって明らかにばらつきがある。
この三体の中で最も厄介なのは、間違いなく高い機動力と不可視の必殺の一撃を放つことのできるエルダーリッチだ。
こいつが溜めて放つあの首切りの一撃は、未だに上手く避けることができないからな。
出てきた風野郎の身体はボロボロで、既に杖を地面に立てながらほうぼうの体だ。
これであとは、普通の動きのエルダーリッチを三体相手取れば良いだけだ。
俺は即座に魔法を練りながら、ミョルニルを振る。
「コオォォォォ……」
「グガガッ!!」
二体のエルダーリッチがこちらに向けて杖を掲げている。
宝玉は既に濁り始めており、このままでは魔法が完成してしまう。
ミョルニルを二つ振り、そのまま杖に命中させる。
するとエルダーリッチ達の魔法がその時点で霧散し、先ほどまで感じていた魔法の気配が消える。
風野郎はボロボロになりながらも、こちらに杖を向けてくる。
かなりLVが上がったとはいえ、まだ一撃で仕留めることができるだけの火力は身に付けられていない。
なので残るミョルニルの一振りを、風野郎にぶつけてやる。
避けきれずにモロに食らい、後方へと吹っ飛んでいった。
よし、これで残り二体。
そして同時に、二つ魔法の空きが生まれた。
まず最初に発動させる魔法はグングニルだ。そのまま準備と並行してアクセルとクイックを発動させ、移動速度を向上。
更にアイギスの発動準備を行いながらエルダーリッチ達へと近付いていく。
――何度も戦ってわかったことだが、エルダーリッチ達と戦う上では距離を詰めることによるリスクはほとんどない。
多少の威力は上がるが、エルダーリッチは近距離であれば高威力を発揮し、急所による一撃をもらう危険のある魔法剣を使ってくることがないからだ。
つまり近くで魔法攻撃を食らっても、風のエルダーリッチのあの一撃以外なら死ぬことはない。
痛みにも慣れてきた今の俺なら、我慢すれば前に進める。
当然ながら二発目のLV10魔法発動の準備が終わるより、エルダーリッチ達が魔法を使う方が早い。
左右に分かれていたエルダーリッチが、魔法を発動させる。
「「グガッッッ!!」」
エルダーリッチ達の魔法が放たれる。
巨大な蛇の形を取った炎と、竜の形を模した水だ。
LVにすると恐らくは9相当。
速度も威力も高く、今の俺では使えないレベルで練度が高い。
放たれた魔法がやてくるが、当然ながら減速はしない。
アクセルの紫電をまとわせながら、クイックの柔らかい光に包まれている俺は、更に身体に渇を入れて前進する。
迫ってくる魔法を見ながら、タイミングを窺う。
……今だっ!!
「アイギス!」