変化
第一階層へドア設置を行い、バリエッタさんの小屋へと向かう。
以前は階層の入り口付近でこちらを睨んでいるバリエッタさんの姿があったけれど、どうやら今回はいないようだ。
空を見るとまだ明るい。もしかしたらお昼寝でもしてるのかもしれない。
ドアの前に立ちノックをする。
「なんじゃ、うちは雑誌の定期購読はお断りじゃぞ」
慣れ親しんだお断りの言葉に、なぜだか笑みがこぼれた。
多分だけど、こうしてバリエッタさんに会いにきたことで、ダンジョン探索が終わり帰ってきたんだと実感できているんだ。
これがラノベならかわいい女の子が出迎えてくれるんだろうけど、残念なことに前にやってきたのは勧誘を断りにきたおじいちゃんだった。
まぁでもこういうのも悪くない。
地球にいた時も、じいちゃんのことは嫌いじゃなかったし。
「まったく、これじゃからマルフェ新聞の勧誘は……ま、マサルッ!? 生きておったのか!?」
「はい、おかげさまで」
話を聞いてみると、どうやらとうとう俺のMPはバリエッタさんの魔力感知ですら察知することができない領域に至ってしまったらしい。
魔力察知で察知できない魔力って、一体なんなんだ……?
魔力とはという哲学的な思考に囚われそうになりながらも、俺はバリエッタさんの小屋で別れてからのダンジョン攻略の話を聞かせるのだった……。
「――ふむ、なるほどな……」
俺の安全係数高めな冒険譚を、バリエッタさんは食い入るように聞いていた。
第八階層でのヌルゾンビの大量討伐に、第九階層でのソーサリーレイス狩り。
そして第十階層での、身を隠してウィンドサーチを使わずに目視と勘を頼りにして行うエルダーリッチとの戦闘……。
『自宅』のギフトの話はせずに、なるべく丁寧に伝えていく。
騎士団が命からがら逃げ出したという第十階層へと移ってから、バリエッタさんの食いつきは更に強くなった。
そして俺が見てきたことを全て話し終え、俺がエルダーリッチをしっかりと倒してきた話を語り終えると……彼は涙ぐみながら俺の両肩を強く掴んできた!
突然の行動に焦る俺だったが、小さく震えながら俯くバリエッタさんを見れば何かを言う気も失せるというもの。
俺はただ優しく、バリエッタさんの背中を叩いてあげた。
「良く、良くやってくれたな、マサル……」
こちらを見ることはせず、俯いたままのバリエッタさん。
俺には彼の表情を見ることはできない。
仲間を倒した魔物達を倒してみせた俺に感謝をしているのか。それとも魔物達にやられてしまった騎士達に思いを馳せているんだろうか……俺にはわからない。
けれどしばらくして顔を上げたバリエッタさんの顔は、どこか晴れやかだった。
その目は少しだけ充血していたけれど、老人のものとは思えないほどキラキラと輝いていた。
「マサルなら……本当にやってのけるかもしれんな。この『騎士の聖骸』の攻略を」
「もちろんそのつもりです。あの、それでは今度はそちら側の話を聞かせてもらえませんか?」
「ああ、もちろんじゃ!」
「とりあえずまだ大分余裕はありそうで一安心だ……」
俺はるんるん気分で王都の街を散策する。
――どうやら王様と聖教の間で話がうまくついていないらしい。
『騎士の聖骸』攻略に乗り出すまでには、まだまだかなり時間がかかるようだ。
なんでも勇者の教育がなかなか進んでおらず、『騎士の聖骸』に挑めるLVに達していないからだとか。
そしてどうやらその遅滞戦術には、バリエッタさんも一枚噛んでいるらしい。
なんでも王と聖教の関係性がかなりぎくしゃくしているのにも、関与しているようだ。
(楽隠居を決め込んでいるおじいちゃんだとばかり思っていたけれど、バリエッタさんって明らかにただ者じゃないよな)
今考えると明らかにおかしなことがいくつもある。
そもそも一般に知らされていない勇者のギフトを知っていたり。
王国とその国境である聖教が共同で進めようとしている『騎士の聖骸』攻略に一枚噛むことができたり。
時間稼ぎができるってことは、騎士団を始めとした各所にも根を張ってるってことだし……もしかすると騎士団の中でも、かなり上の方にいた人なのかもしれない。
俺が冒険初心者ではありえないほどスムーズに攻略ができていたり、明らかに短時間で強くなりすぎて魔力感知から外れるMPを手にしていたりと色々と不審なところがあっても、バリエッタさんは突っ込まないでいてくれている。
であれば、俺も彼の事情に突っ込むのは無粋というものだ。
世の中には案外、知らなければ良かったことも多いのだから。
「にしても最大でも第十五階層までとは……リアルに終わりが見えてきたな」
そして今日新たに知った新事実。
どうやら『騎士の聖骸』は、最大でも第十五階層までしかないらしい。
なんでもダンジョンの深さを測ることができる魔道具なるものがあるらしく。
地上、第一階層、第二階層の三つの魔力濃度から、大雑把にダンジョンの深さを推測することができるらしい。
基本的にダンジョンの最下層には、そのダンジョン最強の魔物が一体だけという所謂ボス階層というやつがある。
それを抜きにすれば、攻略しなくちゃいけない階層はあと最大で四つ。
本当に終わりが見えてきた。
(ここまでダンジョン攻略にかけた時間はおよそ一ヶ月……ペース的には、少しは余裕を持っていけるはず)
先ほどのバリエッタさんの言葉を思い出す。
『あと持って半年……いや、五ヶ月。もし本気で攻略をするつもりなら、それより早くカタをつける必要があるじゃろうな』
今後も更に強力になるであろう魔物達のことを考えると頭が痛いが、ペース的には不可能ではない。
ただやはり一番問題になってくるのは、『騎士の聖骸』最強の魔物であるボスの攻略だ。
通常ダンジョンボスは、そのダンジョンの名を関するものが多いという。
つまりこの最奥には、恐らく騎士のアンデッドが待ち受けている。
聖骸っていうくらいだし、光魔法を使いこなしてくる聖騎士のアンデッド……とかだろうか。
まあ今はそのことは置いておこう。
俺は久しぶりにグリスニアの東門へとやってきていた。
するとそこには来た時と変わらず、暇そうに検問をしている彼の姿がある。
「バンズさん!」
「ん? ……おお、お前は……誰だっけ?」
ガクッと思わずつんのめってしまう。
けどたしかにいちいち通った人のことなんか覚えていないよね。
「俺です俺、銅貨を一枚もらった!」
「……おお、あの時の未来の大冒険者か! 景気はどうだ?」
「まだFランクです!」
「おおそうか、まだまだ若いんだ、腐らず頑張るんだぞ!」
「あの時の恩はきちんと返しますので、待っててください!」
「おう、期待して待ってるぜ!」
実はバンズさんに何を渡すのかは、もう決めている。
けど渡すのはできればここを出るギリギリがいいので、今はまだ言葉だけに留めておく。
一宿一飯ならぬ一通行一優しさの恩は、きっちり返す。
それが俺の流儀だ。
「マサル君、久しぶりね!」
「お久しぶりです、メリッサさん」
そのまま冒険者ギルドに向かい、カモフラージュ用に狩っておいたスケルトンソルジャーの魔石の欠片を大量に売る。
一度しっかりと帰ってきて信じてもらえていたからか、今回はさほど心配していなかったようだ。
「順調に強くなってるみたいね」
「それに関しては……うん、たしかに順調ですね」
「あら、自信家なのね?」
「事実ですから」
スケルトンソルジャーの核の破片を売り払って小金を手にしてから、適当に街をブラついてみる。
美味しそうな匂いがしたので露店の串焼きなんかも食べてみたけれど、自宅での食事に慣れている俺からするとどうにも物足りなかった。
でも今後のことを考えると、異世界の食事にも慣れていかなくちゃいけないよね……と考えて、ふと気付く。
(そうか、今後のことを考えることができるくらいに……余裕が出てきたんだな)
終わりが見えてきたという安心感と、ここまで強くなれたという自信。
俺は一月前に王都へやって来たばかりの頃と比べると、大きく変わることができている気がした。
明日からはまた、ダンジョン攻略だ。
けれど不思議とそれも嫌じゃない。というか、潜りたいと思っている自分もいた。
俺は自分の変化に妙な戸惑いを覚えながらも、王都をゆるっとぶらつくのだった――。