思わぬ欠点
止まっていると遭遇することはなかったが、歩いているうちと数分もしないうちに物音が聞こえてくる。
(よし、あそこだっ!)
このまま遭遇戦をするつもりはないため、なるべく足音を立てないように気をつけながら小走りになる。
そしてあらかじめ周囲を確認した時に目星をつけてあった大岩の後ろに隠れ、シャドウダイブを発動させる。
身体を影の中に沈めることのできるこの闇魔法は、影があるところであればどこでも隠れることができる。
そして影の中からでも、外を見ることができる。
俺は顔が出ないように気をつけながら、覗きを続けることにした。
洞穴の横幅はかなり大きく、前衛が左右から斬りかかれっても余裕があるほどのスペースがある。
そんな広い道にわずかに影が差す。
光の関係か影はどんどんと伸び、ローブの影は化け物のように大きくなっていった。
あれだけ大きくなるんなら、エルダーリッチの影の中に入ることなんかもできるかもしれない。
カタ、カタ……と歩く度に歯と歯のぶつかる硬質な音が聞こえてくる。
緊張の一瞬の後、その姿が視界に映った。
「……」
間違いなくエルダーリッチだ。
手に握っているのは……赤い宝玉。
ということは火魔法の使い手ということだろうか。
俺はドア設置の力を使おうとして、ふと思った。
シャドウダイブで影の中に入った状態でドアを設置すると、どうなるのだろうか。
実際にやってみると……ドアが設置できないことが判明した。
つまりシャドウダイブで影に入っていることがバレると……かなりピンチってことだ。
スニーキングには便利だと思ってたけど、いざ逃走するってなったら下手に使うより『自宅』を使った方が良さそうだ。
俺がバレないでくれ……と思っている間にも、エルダーリッチは歩みを止めていなかった。
エルダーリッチはグリムリーパーやヌルゾンビ、ソーサリーレイスなど今までにでてきたアンデッド達と比べるとその速度はずいぶんと遅い。
普通に歩いているのとそう変わらない速度だ。
ゆっくりとした歩みは、自信の表れなんだろうか。
エルダーリッチはそのまま歩き続け……俺に気付くことなく、視界から消えていった。
ふぅ……どうやら感知能力はそれほど高くはなさそうだ。
やはり気をつけるべきは風のエルダーリッチだけってことだろうか……。
その後もゆっくりと歩いて地図を作りながら、接近に気付いたら岩陰に隠れての観察を続けていく。
シャドウダイブはバレた時に自宅に逃げ込めないため、岩陰に隠れて様子を窺うやり方に変えた(ちなみにこれでも、エルダーリッチにばれることはなかった)。
バリエッタさんから見せてもらった地図は抜けこそ多いものの、ある程度階層のマップができているので、そこに追加で描き込んでいく形で完成させることができそうだ。
道中何度もエルダーリッチと遭遇したが、結局一体として俺に気付いた個体はいなかった。
その中には緑の宝玉の杖を持つ風のエルダーリッチもいたが、こちらに気付いた様子はない。
どうやらあのエルダーリッチはウィンドサーチを使うことはできないみたいだ。
エルダーリッチと鬼ごっこをするような事態は避けられて、一安心である。
皆ゆらゆらとどこかふらついた足取りで歩いているのは変わらないが、やはりその身体から発されるプレッシャーは圧倒的だった。
思えば似たようなのを、前にリッチを見た時にも感じてたな……もしかするとなんらかのスキルによる効果なのかもしれない。
よし、大分落ち着けてくる。
冷静に考えることができるくらいには、余裕も出てきてるみたいだ。
この第十階層は今までの階層と比べるとかなり広く、にもかかわらず個体数がかなり少ない。
そのため遭遇をするのは、およそ十分に一回ほどのペースだ。
どうやら二十分ほど立ち止まっても会わなかったのはかなり運が良かったらしい。
エルダーリッチは基本的に、同じルートをグルグルと徘徊している。
魔法が使えるんだから知能も高いものだとばかり思っていたが、その動きはかなり無機質というか、かなり機械的だった。
そして俺の予想通り、どうやらエルダーリッチは得意な属性を持っているらしい。
彼らが持っているワンドにはまっている宝玉は、個体によって色が違っていた。
俺が確認しただけで赤・緑・黄・青・紫の五色があった。
恐らくはそれぞれ火・風・土・水・闇だろう。
もしかするとまだ他にも種類があるかもしれない。
あのワンド、欲しいな……あれだけ強そうなエルダーリッチの持ち物なんだし、多分かなり強力なものだろうからね。
マッピングをしながら観察を続けることしばし。
エルダーリッチに関しては、見ているだけではこれ以上の情報は得ることはできなさそうだ。
よし、それなら次はいよいよ……エルダーリッチへの挑戦だ。