風
交感神経バリバリでささくれだっていた心を癒やすため、ゆっくりと時間をかけて半身浴をする。
今回はなんだか落ち着きたかったので、柑橘系の入浴剤も入れた。
風呂を洗うのがめんどくさいので、後でリフレッシュしてしまおう。
贅沢に風呂場にジュースを持ち込んで、少年漫画を二冊ほど読む。
そして無事ゆでだこになってから、ソファーにどっかりと座り込んだ。
自律神経の働きが元に戻ってきたことで、ちょっと余裕が出てきた。
母さんが引き出物でもらってきた高級タオルで汗を拭きながら、反省会に入る。
「しっかりドアを閉じることは今後の教訓にしなくちゃいけないな……」
俺の『自宅』の力の、新たに判明した事実。
それはこのギフトは俺に対して害意ある生物の侵入を拒むが……害意ある相手の攻撃は通すということ。
つまり自宅の中に逃げ込んでも、ドアを閉じ、自宅がしっかりと世界と切り離されるまで安心はできないということだ。
ギフトによって現れる自宅は、ドアを閉じるとすうっと消えていく。
その消えるまでの時間は、ドアは攻撃に晒されるのだ。
「まぁ何事も完璧ってことはないってことだよね。とりあえずドアさえ閉じていればなんとかなるだろうし」
エルダーリッチの閉じたドアに対する攻撃は、問題なく防ぐことができていた。
空を飛べるあいつの一撃をなんとか防げたんだから、恐らく少々のことではびくともしないようになっているんだろう。
もし壊されてもリフレッシュを使えばいいし、自宅があちらから消えて完全に隔離できるまで我慢すれば良い。
まさか本当に大して戦いもせず自宅に戻ることになるとは……。
いざとなった時にすぐに自宅に逃げ込む練習をしていて良かったと、心から思った。
「ただどうせあいつを倒さなくちゃいけないのは間違いない。レールガンでも一応ダメージは通ってたんだ。高LV魔法をぶち込めば一撃は無理でも、しっかり倒せるはず」
問題はあの速度だろう。
あれでは一発二発放ったところで追いつかれてしまう。
相手の魔法行使の速度はかなり速かった。
だというのにドアにかかっていた衝撃はかなり強烈なものだった。
近距離での魔法の打ち合いになれば、魔法を覚えてからまだ日の浅い俺の方が圧倒的に不利だろう。
熟練の魔法使い――バリエッタさんが言うところの魔導師と戦うくらいの覚悟で挑まなければいけない。
「にしても……はぁ、怖かった……」
ソファの上でぐったりとしながら、銀紙の包装を破り板チョコをかじる。
目を閉じれば、今でも鮮明に思い出すことができる。
空を飛んでやってくるリッチの姿……あれはトラウマものだ。
冗談抜きで死ぬかと思ったし。
どうすればあいつを倒せるだろうか。
今のところ出す速度と威力が最も高い俺のレールガンでもまったく効いた様子がなかった。
それならアンデッド特化がある光魔法を使ってみるべきか?
うーん……。
エルダーリッチの対策を考えるとなかなか頭が痛い。
あれをさくさくっと倒せるようになるようになるビジョンが浮かばないというか……。
けれどしばらく考えているうちに、俺はある違和感に気付いた。
「そうだ……なんであのエルダーリッチだけが、俺の接近に気付いたんだろう?」
ウィンドサーチを使った時、俺の近くにはあの個体以外にもエルダーリッチが存在していた。
けれどものすごい勢いで俺目掛けてやってきたあいつ以外のエルダーリッチは、俺が第十階層にやってきてもなんら反応を示していなかった。
「あいつだけが異常個体なのか……?」
あの個体だけ異常に索敵能力が高いだけ……いや、待てよ。
そういえばあの個体は、風を使って空を飛翔してたよな。
間違いなくあのエルダーリッチは、風魔法の使い手。
風魔法で索敵と言われて俺が思い出すのは、自身でも愛用して長いことお世話になっているウィンドサーチだ。
あのエルダーリッチも、ウィンドサーチのような索敵魔法を使っていたと考えるのがいいのでは……?
「だとすると、一気に難易度が上がるな……」
風で索敵をされて複数のエルダーリッチが近付いてくる可能性もあるし、戦っている最中に勘付かれてエルダーリッチに割り込まれる可能性も十分に考えられる。
そういえばあのエルダーリッチは、緑色の宝玉の埋まったワンドを持ってたよな。
もしかするとエルダーリッチは個体ごとに、持っている属性が違うみたいなこともあったりするのか……?
「なんにせよ、もう一度第十階層に挑もう。今のままじゃ、あまりにも情報が少なすぎる」
俺はしっかりと休憩を取り、美味しいご飯を食べてから、再度第十階層に挑むことにした。
ただ胃もたれしたり眠くなることがないように、量は控えめにしている。
今回の探索は、エルダーリッチを倒すためのものじゃない。
エルダーリッチの生態や戦い方に関する情報を一つでも多く持ち帰り、次回以降の参考にするのが目的だ。
こうして俺はこの『騎士の聖骸』にやってきてから初めて、スニーキングをしながらの探索に挑むのだった――。