エルダーリッチ
「オォ……」
やって来たのは第七階層に現れたリッチとよく似た見た目をした魔物だった。
羽織っているローブがより上等なものになっており、どこか風格のようなものを漂わせている。
そして杖の上部にある宝玉がリッチがこぶし大の大きさであったのに対し、こちらは赤ちゃんの頭くらいの大きさがある。
宝玉に合わせてか、杖のサイズも一回りほど大きくなっているようだ。
それによく見ると骨にわずかに肉がついていたりもするが……見た目上の違いはそこまで大きくない。
けれどその身体から発されるプレッシャーは、今まで戦ってきた魔物と比べても圧倒的なほどに強烈だ。
そして何より異常なことに――エルダーリッチは完全に宙に浮いていた。
そして風を身体に纏わせて、ものすごいスピードでこちらに接近してきている。
よく見るとその手に持つ杖についている緑色の宝玉が発光している。
もしかすると既に風魔法を使っているのか?
俺の知らない風魔法……もしかして、俺がまだ使えてない空を飛ぶ魔法か!?
だとするとあいつは既に風魔法をLV10まで使いこなしているってことになる。
俺と同等以上に魔法を使いこなせる相手か……。
相手の強大さを示すかのように、さっきから俺の頭の中になる何かが、さっきからしきりに警鐘を鳴らしている。
(――よし、逃げよう)
判断は一瞬だった。
こちらに近付こうとするエルダーリッチを目視しながら、即座に左手で『自宅』を発動させドアを開く。
そして既に右手にセットしている硬貨は、しっかりとエルダーリッチへ照準を定めていた。
「――レールガンッ!」
既に発動準備を終えていた俺は雷のラインを引き、小銭をエルダーリッチへと射出する。
最短距離で一直線にこちらに向かおうとしていたエルダーリッチに見事命中。
バキバキと音を鳴らしながら、そのまま肋骨を何本か砕いた。
「オオォ……」
攻撃はたしかに、ダメージを与えることはできている。
けど、それだけだ。
奥にある核は傷一つついておらず、薄暗いランタンのような光を発している。
エルダーリッチは折れた肋骨を気にするようなそぶりもなく、先ほどまでと大して変わらない速度でこちらへ向かって来ている。
俺の推測では、レールガンは魔法自体の純粋な魔法攻撃力に、飛ばす物体による物理的な攻撃力を加算して双方を参照にダメージ計算を行っている。
なのでエルダーリッチは防御力と魔法抵抗力が二つともかなり高いのは間違いない。
ああやって肋骨が消えても気にしてないってことは、闇魔法による回復もできると考えた方がいいだろう。
うん、今の俺じゃあ、このエルダーリッチを相手にしながらジャッジメントレイを使うための時間を稼ぐのは無理だな。
最低でも二重起動をもっと使いこなせるようにするか、LV10の魔法を瞬時に発動できるようにしない限り厳しそうだ。
「オォ……」
俺はすぐさま自宅の中に足を踏み入れた。
そしてドアを開いたまま、向こう側の階層を観察する。
既に俺の姿は見えていないはずだが、エルダーリッチはそのまま飛翔を続け、杖をこちらに向けて掲げていた。
杖の先にはめ込まれている緑色の宝玉が淀む。
それは緑一色のパレットの中に一滴の黒を垂らすかのようだった。
緑の中に混じる黒が踊り出し、そして淀んだ緑が黒い光を発する。
「オオオォォッ!」
怖気の走るような声を発しながら、エルダーリッチが魔法を構築し始める。
嫌な予感がした俺は、即座にドアを閉め鍵をかけた。
すると……ドドドドドドッ!
扉の向こう側から、重機を一斉に稼働させたようなとてつもない轟音が聞こえてくる。
衝撃を食らうドアが、明らかにたわんでいるのがわかる。
向こう側の光景を想像して、身体を冷や汗が伝った。
ビクビクしながらドアをキツく握った俺は……そのままドアが壊れることなく攻撃をしのぎきってくれたことでホッと安堵の息を吐き。
そしてそれ以降エルダーリッチの攻撃がやってこないことを確認して一安心できたところで……ずるずると玄関に座り込んでしまう。
「絶対……急に難易度上がりすぎだって……」
今の俺には、そう呟くのが精一杯だった。
どうやら『騎士の聖骸』は、この第十階層からが本番らしい――。