新たな敵
結局トレーニングルームで六時間ほど運動をした結果俺はくたくたになり、第九階層へ行くのは諦めることにした。
ランニング程度余裕だろと思っていたあの時の自分をぶん殴ってやりたい。
どうやらこのトレーニングルームの器具やマシーンの難易度は俺のステータスでギリギリできるくらいのところに調整してあるらしく、なかなか楽はできそうにない。
ちなみに運動しなくても上がったりしないかなとマシンの上で三時間何もせずにぼーっとしていたら、ステータスはまったくの変化なしだった。
しっかりと鍛えなければステータスは上がらない、ズルのできない仕様になっているようだ。
もう三時間トレーニングをする気力がなかったので、トレーニングルームを出て部屋のベッドに横たわる。
このまま眠ったら余っているMPが無駄になってしまうので、シミュレーションルームの増築のため注ぎ込んでおこうと思い光の板を出現させる。
「……んんっ!?」
違和感に思わず声が出る。
・トレーニングルーム(ステータス向上)
・シミュレーションルーム(戦闘技能向上)
下にある?????と同じようにトレーニングルームの文字も灰色になるかとばかり思っていたが、変わらず光ったままだったのだ。
好奇心の赴くままトレーニングルームに触れてみる。
『トレーニングルームを強化しますか? はい/いいえ』
はいを選択すると、画面が切り替わる。
『MPを注ぎ込んでください 充填MP 0/20000』
増築したトレーニングルームを更に強化ができるのか……多分だけど運動の内容がよりハードになる代わりに、ステータスの上昇値が2になったりするんだろうな。
正直こっちに魔力を注ぎたい気持ちもあるけれど、筋肉道を歩み始めたばかりの俺が下手にトレーニングルームを強化しすぎてもあまり意味がない気がする。
慣れるまでにはかなり時間がかかるだろうし、ここは当初の予定通りシミュレーションルームにMPを注いでいくことにしよう。
俺は解凍していたロールパンを食べながらMPを充填していく。
そしてきちんと歯を磨いてからMPを使い切り、いつものように気絶入眠をしてぐっすり眠るのだった――。
目が覚めてから、支度を調え、第九階層へと向かう。
身体がバキバキになっているかと思ったが、不思議と筋肉痛はやってきていなかった。
「よし、行こう」
階段手前に設置していたドアをくぐり、ヌルゾンビが現れる前に階段を下っていく。
ここから先は、バリエッタさんからもらった地図もかなり虫食いになっている。
俺自身がしっかりとマッピングをしながら進んでいかなくちゃいけない。
第九階層は、今までとは打って変わって広大な草原が広がっている。
上を見上げればそこにあるのは見慣れたつるつるの天井――ではなく、真っ黒な空だ。
夜空には月もなければ、星一つ輝いていない。
けれどなぜか少し先が見渡せる程度にほんのりと明るい。
ダンジョン特有の不思議現象が、今回はちょっと気味が悪く思えた。
第九階層は今までと比べてもかなり暗い。
もちろん事前に話は聞いているため、ぬかりはない。
「おー、結構明るい」
俺の首の動きに合わせて、光が先を照らしてくれる。
かなりの光度があるため、第八階層にいた時よりも遠くを見渡すことができている。
――現在俺は、自宅で眠っていた災害時用のヘッドライトつきヘルメットを被っているのである。
暗闇対策は万全なのだ。
照らしたいところをピンポイントで照らせないのがちょっともどかしいが、手が塞がることなく先を照らすことができるのでかなり便利である。
「えーっと、ここがこうなってて……」
俺は家でプリントアウトしたバリエッタさんの地図に新たに書き込みをしていく。
ここは階層自体が馬鹿でかい空間なので、パーセプションを使ってもあまり意味がない。
ゆっくりと歩いていると草原の中にいくつか井戸の跡のようなものや、石で区切られている竈のようなものがあった。
生活痕……なんだろうか?
それとも死後の世界でも生活ができるようにと作られているんだろうか。
副葬品があったり、こういった手の込んだ生活のための道具があったり。
見れば見るほど、このダンジョンが墓っぽく思えてくる。
もしかすると最下層まで行けば、この墓の主と対面したりできるのかもしれない。
のろのろと歩きながら、目印になりそうなものを書き足していく。
ウィンドサーチを使って敵の場所は把握できているため、地図作成に集中している間に不意打ちを受けるようなことはない。
なるべく敵を避けながら地図を作っていく……が、どうやら向こうがこちらに気付いたようだ。
急速に接近してくる個体がいる。
地図をポケットの中に入れ、臨戦態勢に入ると、俺のヘッドライトがやってくる魔物を照らし出す。
現れたのは、ふよふよと空を浮かんでいる紫色の幽霊――ソーサリーレイス。
見た目はレイスと変わらないが、こいつがバリエッタさんの騎士団を半壊させたというのだから、決して侮っていい相手ではない。
ここから先は、全ての魔物が魔法を使ってくる。
自分がどれだけ強くなろうが慢心せずに戦わなくちゃ……やられるのはこちら側だ。