魔導師
いつものように第一階層から戻り、バリエッタさんの小屋へと向かうことにした。
今までと同じ、ノックして勧誘だと思われて断られるいつものパターンだとばかり思っていたが、今回は事情が違った。
なんと俺が第一階層から出てこようとすると、既に全身武装のバリエッタさんが洞穴の前で待ち構えていたのである!
え、どういうこと?
もしかして『騎士の聖骸』の攻略が想定以上に早まっていたり……
「なんという魔力じゃ……じゃがわしは負けん! この騎士バリエッタ、たとえ死せずともその魂は天上に在りし陛下の御許に――」
「あのーすいませんバリエッタさん、自分です」
臨戦態勢のバリエッタさんに斬りかかられたりしないよう、事前に声を出しながらゆっくりと歩いていく。
影から出てくる何かにびくついていたバリエッタさんは、その正体が俺であることに気付き、目を見開いた。
「ま、マサル……?」
「はい、マサルです」
「……魔物に乗っ取られたりしているわけじゃない、よな?」
「まさか、この通り元気ですよ」
腕を曲げて力強さをアピールする。
この世界に来てから長時間の運動を繰り返してきたせいか、身体も以前と比べるといくらかしまっている。おかげで腕の力こぶがしっかりと浮き出てきた。
「お前さん、この短期間でどんだけ成長したんじゃ……わしはとうとうスタンピードが起きたんかと……」
「いやぁ、魔物を狩りまくっていたらガンガンLVが上がっちゃいまして……」
そう言って後頭部をポリポリと掻いていると、肩をバリエッタに叩かれる。
今までなら痛みに悲鳴を上げるくらいの手荒い歓迎だったが、LVが上がって防御が上がったからか、普通に受け止めることができた。
「なんにせよ……良く帰ってきた! 正直なところ一週間帰ってこなかった時点で、もうダメかと思っとったわい!」
小屋に戻り、椅子に腰掛ける。
バリエッタさんは陽気に笑い出しながら、ボトルを空けた。
その手には接合部を鉄で補強された木のジョッキが握られており、その中にワインをなみなみと注いでいく。
ジョッキの中身を凄い勢いで干していくバリエッタさんを見ながら、俺は思った。
ワインってそんなにグビグビ飲むものだったっけ……?
もしかしてこの世界のワインは日本のワインとは別物なのか……?
「それじゃあ聞かせてくれんかマサルよ、此度の探索の成果というやつを」
「えっと……はい、それじゃあまず第六階層から……」
俺はバリエッタさんに、今回の探索のおおまかな経緯を説明していくのだった――。
当然ながら『自宅』の話はせずに、使える雷魔法と光魔法だけでなんとかしてきたことを告げる。
どうやって第六階層や第七階層でゆっくり休憩してたねんというツッコミが入りそうだったので、そこはサンクチュアリを使ってなんとかしたと取れるような言い方をしてごまかしておくことにした。
「ふむ……なるほどな」
俺の話を聞いて、バリエッタさんが頷く。
我ながら自宅なしで説明するのはちょっと苦しい場面もあったけれど、とりあえずは納得してもらうことができたようだ。
もしかすると何かに勘付いているけれど、放置してくれているのかもしれない。
「なんにせよ、第七階層までなら問題なく攻略ができたと……」
「まあ、そうなります」
「そしてマサルはこの、とてつもない魔力を手に入れることができたというわけじゃな……」
「やっぱり、わかりますか?」
今の俺は、第六・第七階層で高効率の魔物狩りをしまくったおかげでLVがものすごい勢いで上がっている。
どうやら魔力感知のスキルを持っているバリエッタさんには、どれだけ俺が魔物を倒したのかがわかってしまうようだった。
「マサルは魔術師というだけのことはあり元から魔力が高いのはわかっていたが……そんな色は初めて見たの……」
どうやらバリエッタさんは魔力量をその人が発するオーラの色で見分けることができるらしい。
なので大雑把にしかわからないらしいんだけど……以前見た時は強力な魔物くらいの色だったが、そして今は未だかつてないような色になっているらしい。
何色なのかは、怖いから聞かないでおいた。
「そういえば前も気になってたんですけど……魔法使いと魔術師って何か違うんですか?」
「お前さん、それだけの腕があってそんなことも知らんのか……簡単に言えば魔法使いっちゅうのは魔法が使える人間のことで、魔術師っちゅうのは魔法を使いこなすことができる人間のことじゃ」
おおまかに言うと、LV1~3くらいの魔法が使える人が魔法使い、LV4~7くらいまでの魔法が使える人が魔術師というらしい。
その説明であることが気になってしまった俺は、思わず聞かずにはいられず、尋ねることにした。
「それなら、LV8以上の魔法が使える人はなんて呼ばれるんですか?」
俺の問いを聞いたバリエッタさんが、ワインを呷るのを止める。
ジョッキに注ぐのも面倒くさくなったからか、既に飲み方はボトルに直に口をつけての直接摂取に切り替えている。
彼はふいーっとアルコール臭い息を吐いてから、こちらを見る。
そしてその瞳で、酔っ払っている老人のそれとは思えないほどに澄んだ眼差しをこちらに向けてくる。
「――魔導師。達人級――LV8以上の魔法を使う人物は、その二つ名とは別に魔導師として崇拝され、恐れられる」
LV8で崇拝の対象なのか……とんでもない事実を聞いてしまった。
俺が使える魔法のLVを正直に言ったら、どっかの団体とかから祭り上げられること間違いなしだ。
内心でビビっている俺を見たバリエッタさんが、小さく笑う。
「……じゃからマサル、お前さんあまり人前でサンクチュアリを使えることを言うんじゃないぞ。間違いなく聖教に囲われて、籠の中の鳥として育てられることになるからの」
……そうだった!
俺さっき、『自宅』ギフトを隠すためにサンクチュアリ匂わせしちゃったんだった!
内心で冷や汗をだらだらと垂らす俺を見たバリエッタさんが笑いながら、「安心せい」と言って立ち上がる。
そして新しいボトルを手にし、コルクを噛んで顎の力で引き抜いた。
「人は皆事情を抱えておるもの。マサルに王国の事情を肩代わりさせているわしが、お主の事情を詮索するのは人道にもとるというもの。じゃからわしは何も聞かん。お主が『騎士の聖骸』の攻略に集中してくれるのなら、わしは――私は、今の自分にできる全てを使ってそれに報ることを、この剣に誓おう」
その姿は、まったくといっていいほど格好がついていなかったけれど。
彼を見て俺は不思議とカッコいいと、そう思ったのだった――。