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慎重に

ここからが新展開です!


 少し塗装の剥げたドアは、俺が通るとスッと音もなく消えていってしまった。

 後ろを振り返ってもそこには何もない。

 なるほど、自宅を出るとこうなるのか……。


 ちなみにもう一度呼び出そうとすると、問題なく自宅を出現させることができた。

 草原の中に自宅が建っているように見える様子は、非常にシュールだ。


 ステータスを見て確認してみると、自宅を呼び出すのに必要なMPは20だった。


 特に回数制限とかもないので、キツくなったり死にかけたりしたらすぐに自宅に引きこもろうと思う。


 なんならちょっと嫌なことがある度に自宅で英気を養うくらいのことをしてもいいかもしれない。

 引きこもりが突然異世界に飛ばされるわけだからな、慎重すぎるくらいでちょうど良いだろう。


 ちなみに今の俺の格好は、恐らくこの世界の標準からすると大きくズレているはずだ。

 一応それっぽい服を意識して、上は無地の白シャツ、下は色落ちしたダメージジーンズにしてある。


 寒いかと思い父さんのインバネスを拝借してきたが、季節が春だからか普通に暑い。

 けどわざわざ外套を置くために20ものMPを使うのもアホらしいし、ここは我慢すべきところだろう。


 ちなみに足を通しているのは、通学していた頃に履いてたスニーカーだ。

 通気性が良く薄く作られているので、歩いていてもまったく重さを感じない。

 定期的に防水スプレーをかけているため、汚れもほとんどついていない。


「おぉ……めちゃくちゃ緑だ……」


 そんなアホっぽい感想しか出てこないくらいに、俺は目の前の光景に飲み込まれていた。

 足の裏から感じる、大地のずっしりとした感触。

 さわさわと風でこすれ合う草の音、そして遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声。


 香ってくる、妙に青臭い匂い。

 そこに雨が降った時のような、土のような匂いも混じっている。


 日本に住んでいてはお目にかかれないような大自然だ。

 こうやって自然に包まれていると、いかに自分がちっぽけな存在なのかを思い知らされる。


 小さなことにこだわって家に引きこもってた自分がバカみたい……とまで、簡単に割り切れたりするほど単純でもないけれど。

 なんだか少しだけ、心が軽くなった気がした。


「にしても広いな……地平線の先までずっと緑だ……さすが異世界か……」


 異世界に来ても自宅に引きこもっていたせいで、明らかに多くなってきている独り言を呟きながら、周囲の様子を観察してみる。


 俺がやってきた草原はどうやらかなり広いらしく、左右を見渡しても終わりは見えない。


 というか……あれ?

 なんか俺、視力良くなってないか?

 遠くのものにもめちゃくちゃ簡単にピントが合うぞ。


 目を凝らすと、とんでもなく遠くの葉の葉脈まで見える。

 ギリギリ眼鏡をかけなくて済んでいた俺の視力は、自分でもびっくりするくらいに良くなっていた。

 多分だけど1とかじゃなく、2とか3くらいはあるんじゃないだろうか。


 それ以外にも、身体にいくつか変化があった。

 軽く身体を動かしてみると、なんだか俺が思ってたよりずいぶんと動きのキレがいいのだ。


「一ヶ月引きこもってたせいで敏捷が2も下がっているとは思えないくらい、身体がよく動くな」


 どうやら俺の肉体は、異世界にやってきたことでスペシャルなものに変わったらしい。


 人間辞めたり拳で岩を砕いたりはできなそうだけど、少なくとも五十メートルを六秒台で走れそうなくらいにはスペックが上がっている。


 あるいは神様が肉体を再構成してくれたおかげなのかもしれない。

 何から何までありがとうございます、神様。


 軽く空に祈りを捧げると、こちらに向けてサムズアップしている神様の幻影が見えた気がした。


「ブヒイイイイイッッッッ!!」


「――な、なんだっ!?」


 祈りの時間が終わり持ってきた菓子パンでも食べようかと思っていると、突如として大きな音が鳴る。

 思わず身を伏せながら、音源を探る。


 ……異世界に降り立った感動ですっかり忘れていたけど、ここは魔物の生息する剣と魔法の世界。

 危険度は現代日本と比べれば段違いなのだ。


 今の俺はLV1。

 もし『LVは100になって一人前なんですけど? LV1が許されるのは小学生までだよね~!』みたいな世界観だったら、いきなり詰んでもおかしくないのだ。


 視線が通るようにわずかに顔を上げると、思わず生唾を飲み込んでしまった。


「ブフウゥ……」


 遠くに見えるのは着ぐるみのように大きな豚の頭にものすごい体格の良い人間の肉体をくっつけたような見た目をしている、異形の化け物だった。


 あれが……魔物。

 聴力が上がっているせいか、息づかいまでしっかりと聞こえてくる。


 その見た目は、ファンタジー小説でいうところのオークにそっくりだった。


 にしても初めての邂逅は、人じゃなくて魔物か……。


 いざとなれば自宅に戻れるってことはわかっているんだけど、緊張で身体がガチガチになってしまう。

 気付けば手のひらに、ものすごい汗をかいていた。


 引くか、それとも戦うか。

 慎重に選ばなくちゃいけないな――。

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