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 まず最初に冷蔵庫を開ける。

 今日作る料理は既に決めているため、食材に向かう手に迷いはない。


 観音開きの冷蔵庫を開くと、右下の位置にあるチルド室。

 そこで今か今かと調理されるのを待っている神戸牛が今日の俺の昼ご飯だ。

 隣に置かれている牛脂と一緒に取り出し、そのまま冷蔵の調味料をいくつか見繕ってお盆の上に載せていく。

 コンロ脇の棚から塩とこしょうを取り出したら、次にシンクの下の物置棚を開く。

 中からホットプレートを取り出し、食器類一緒に居間に持っていけば準備は完了だ。


 電源を入れてから、温度のメモリを一番右まで持っていく。

 するとすぐに温かくなってきたので、その上に牛脂を置く。

 菜箸でちょちょいっとホットプレート全体に脂を広げたら、そのままジッと待つ。


 高温になるまで待っているのも暇なので、適当にお菓子でも持ってくる。


 小ぶりな辰屋の羊羹とポテトチップスを手に取り、そのまま飲み物も持っていく。

 今回の食事のお供は、2リットルペットボトルに入った緑茶だ。


 最近はいちいちコップを洗うのが面倒なので、ペットボトルに口をつけて飲んでしまっている。

 俺しか飲む人もいないしどうせ飲んだらリフレッシュを使うからな。


 居間に戻ると、既に鉄板が良い感じに温まってきていた。


 神戸牛のサーロインステーキのラップを剥いでいく。

 A5ランクの文字が俺の心を弾ませた。


 そのままホットプレートに乗せ、まずは軽く塩こしょうを振る。

 じっくりと焼いてからひっくり返し、裏面にも塩こしょうを振る。


 香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、腹がぐぅ~っと情けない音を立てた。


 まだだ、まだだぞ俺……今ッ!


 皿に載せたステーキをナイフで切り分け、口に運ぶ。

 口の中に入った神戸牛は、信じられないほどに柔らかい。

 歯を立てなくとも、舌と歯茎だけで断ち切れるんじゃないかと思えてしまうほど。


 老後歯が一本もなくなったら、和牛だけ食べて生きていきたい。

 そんな馬鹿なことを考えているうちに、口の中の肉は一瞬で溶けて消えてしまった。


「うまい……それ以外に言葉が見当たらないな」


 二口、三口、四口。

 何度も何度も切り分けては口に運んでいく。

 塩とこしょうという非常にシンプルな味付け故に、素材の味がモロに出る。


 肉質のやわらかさ、脂の甘み、入っているサシと赤身の絶妙なバランス。

 肉として完成されている。


 本当に舌が肥えている人間はサーロインではなく赤身肉の方が好きだという話だけど、やっぱり脂は人生を豊かにしてくれると思う。


 俺はまだまだ若いから、脂なんかあればあるだけいいと思っている。

 今まで一度も胃もたれとかしたことないし、まだ若い今のうちに脂の旨みを噛みしめておきたい所存だ。


「ちょっと味変と行くか」


 取り皿に焼き肉のタレを入れ、肉につけて食べる。

 フルーツを使った甘口のタレは和牛とは喧嘩せず、脂の甘みと上手いこと調和を取ってくれた。


 続いてつけるのはガーリックソース。

 手癖の悪い俺はそこに皿にニンニクチューブを使って追いニンニクをしてしまう。

 強烈なニンニクの香りに、思わず笑みが浮かんだ。


「おお、強烈な刺激……やっぱりニンニクは万能調味料だ」


 ニンニクみたいな薬味は臭み消しとして使うのが普通だろう。

 だがニンニク教の敬虔なる信者である俺は、たとえどんな高級食材にもニンニクをかけずにはいられないのだ!(中毒)


 ニンニクによる食欲増進効果により、ステーキをあっという間に平らげてしまった。

 150グラムのステーキ肉一枚だけだと、完全に腹を満たすことはできないんじゃないかって?

 ……大丈夫だ、問題ない。


「二枚目投入っと」


 ホットプレートの上に残った脂をキッチンペーパーで軽く拭き取ってから、用意していた二枚目のステーキを焼き始める。


 完全にニンニクになってしまった口をリセットするため、一旦緑茶を飲む。

 口直し代わりに羊羹を食べると、強烈な甘みに口の中が完全に羊羹になった。

 ……すごいな羊羹。


「食べ盛りだし、三枚目もいっちゃおうかな?」


 二枚目の神戸ビーフに舌鼓を打ちながら、皮算用を始めてしまう俺。

 だがそれも致し方ないことだ、だって美味しいんだもん。


 ちなみにリフレッシュに必要なMPは大きさで決まる。

 そのため2リットルの緑茶を新品に変えるより、神戸牛を再生産する方が消費MPは少なくて済むのだ。


 俺は二枚目の肉も食べきり……そこで箸を置いた。

 うん、二枚で十分満腹だな。

 このあとお菓子も控えてるし。


 使ったもの全部をリフレッシュするにはMPが足りない。

 俺はホットプレートをアルコール除菌してから食器類を洗い、一息ついてからポテチと羊羹を食べることにした。


 ちなみにテーブルの上には、皿洗いを終えた時につい目に入ったという理由でポテトにチョコがかかっているという背徳的な菓子も乗っている。


 ボリボリとポテチを食べながら、頬を緩ませる。

 この至福の時間は、たとえグリムリーパーでも邪魔することはできない。


「自分が食べたい時に食べたいものを好きなだけ食べれるって……なんて幸せなことなんだろう」


 俺はアリステラに来てから、前にも増して食のありがたみを感じるようになった。

 そして同時に、これだけの環境を整えてくれていた父さんと母さんに対する感謝の気持ちも……。


 引きこもっていた時は、子供なんだから親に甘えて当然だと賢しらなことを考えていたけど。

 もし地球に戻ることができたら、その時はきちんと謝ることができたらと思う。


「……」


 ポテチに伸ばしている手が止まった。

 両親のことを思い出し、少しだけしんみりとした気分になる。

 けれどすぐに頭を振って、追い出した。

 それを考えるのは、もっともっと後のことでいい。


「今は何より、『騎士の聖骸』攻略だ」


 俺はおやつを食べ終えてからゆったりと風呂に入り、そのまま眠る。

 そしてぐっすり寝て英気を養ってから、再び第六階層へと潜るのだった――。

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