答え
「『騎士の聖骸』の、地図を……?」
なぜ騎士だというバリエッタさんがダンジョンの地図を……と思った俺の顔を見て、疑問に思うのも当然じゃな、と頷かれる。
「実は『騎士の聖骸』はかつて何度か騎士団による攻略隊が組まれておる。グルスト王国の有史の中だけでも三回ほどな。そして最後の一回の攻略に参加したのが……」
「バリエッタさんというわけですか」
「然り。そして以後、『騎士の聖骸』の第六階層以降の話をするのはタブーになったのだ。独立独歩を謳う冒険者ギルドであっても、わざわざ王に刃向かって得することなど一つもない。故にギルドには第五階層までの地図しか公開されておらず、暗黙の了解で第六階層以降の素材は買い取りを行わないようになっているというわけじゃ」
なるほど……そんな裏事情があったのか。
そりゃあ新参の俺にメリッサさんが言いよどむのも納得である。
でもそれなら……どうしてバリエッタさんはずっとここに住んでいるんだろう。
てっきり隠遁生活を楽しむ騎士だとばかり思っていたけれど……どうやらそうではないみたいだし。
どうやらバリエッタさんは既に爵位こそ返上しているものの、冒険者登録などもしておらず。
今ではある程度残っている私財を使って、この小屋での生活を続けているらしい。
「わしがある程度教えられるのは、第八階層までじゃな。第九階層は虫食いの情報になるし、第十階層のことはほとんどわからないと言っていい」
『騎士の聖骸』へのダンジョンアタックが上手くいったのかどうか。
それはバリエッタさんの声色や、ギルドでまったく第六階層以降の情報が得られなかった事実と照らし合わせれば、わざわざ聞かずともわかる。
過去全ての攻略は全て――失敗に終わっているのだ。
「第六階層から先にいる魔物というのは、そこまで強いのですか?」
「ああ、このダンジョンはそこから強さが二段階ほど上がる。具体的なランクで言うのなら、そこから先は最低でもCランクの魔物しか出ないようになるのだ。更に進んでいくと、第九階層以降は全ての個体が魔法を使ってくるようになる」
「最低でもCランク、ですか……」
魔物の討伐推奨ランクというのは、パーティーで当たる場合の難度を指している。
つまりCランクの魔物というのは、Cランクの冒険者が集まったパーティーでようやく討伐ができるほどの強さ、ということだ。
ちなみにCランクは、依頼を高い達成率で受け続けたベテラン冒険者がようやく得ることができる。
ギフトやスキルを身に付けられなかった一般人が努力でいける限界が、Cランクなのである。
それに魔法まで使ってくるのか……。
「王国騎士団は誰もが複数のスキルを持つ一騎当千の強者揃い。けれどそんなわしらが大隊規模で挑んでも、第九階層以降はまともに探索することもできなんでな……」
どこか遠い目をして、窓の外の景色を見つめているバリエッタさん。
今は昼時で、空には太陽が浮かんでいる。
けれどそのまぶしさも感じていないのか、顔を陽光で白く染める彼の横顔は暗い。
「わしがここにいるのは、これ以上意味もない死人を出さぬようにするためよ。それにここが……あいつらと一番距離が近い」
どこか若返ったような顔をするバリエッタさん。
彼の見つめる先には、口を開いているかのように待ち受けている洞穴の姿があった。
『騎士の聖骸』……勧められたから来たものの、まさかそんなに色々と曰く付きの地雷ダンジョンだったとは。
強くなろうとは思っていたけれど……まず間違いなく、『騎士の聖骸』の第六階層以降はヤバい。こうやって詳しい事情を聞いたことで、俺の警戒センサーは完全にビンビンだ。
想像していたよりも、はるかに危険度は高そうだ。
どうしよう、さっきはああ言ったけどここは一旦別の場所に行って、もう少し段階を踏んでからここに来るべきか……?
でも『自宅』の力を使いながら力をつけられる人目の少ないダンジョンなんてものが、果たしてここ以外にあるのだろうか……。
俺が色々と考え込んでいる間に、気付けばバリエッタさんはどこかから取り出した酒を飲んでいた。
なんだか深みがありそうな匂いは、以前嗅いだことがあるワインのそれだ。
「まったく、陛下の言葉を守らん若造には困ったものよな」
「その若造っていうのは、もしかして……」
「もちろん現王のイゼル二世よ。どうやらあやつは陛下の忠告を無視して、またダンジョンアタックを始めるつもりらしいわい。なんでも新たに補充した強力な戦力を使うっちゅうことらしいが……まったく嘆かわしいことじゃ」
新たに補充した……強力な戦力?
何か嫌な予感がした。
でも、いや……そんなまさか。
内心の動揺を気取られないように、平然を装いながら問いかける。
「もしかするとそれって、こないだ召喚した勇者とかだったりするんですかね?」
それに対する、バリエッタさんの答えは……
「――まず間違いなくそうじゃろうな」
あまりにも、無情であった。