騎士バリエッタ
小屋の中は、想像していたよりも数段ほど整っていた。
石でできたテーブルの上には紐でくくりつけられている書類がいくつも束になっている。
そして少し離れた壁面にある暖炉は温かな火をパチパチと爆ぜさせながら、部屋の中の温度を熱すぎず寒すぎないように調整してくれている。
「すまんの、この年になると寒波がつろうてな」
「いえいえ」
促されるままに椅子に座る。
木製の丸椅子は座るところに革が張っていて、座っていてもお尻が痛くならなそうだ。
「それで、『騎士の聖骸』を第五階層まで踏破したということじゃが……」
バリエッタさんの目がキラリと光る。
何も嘘はついていないので、堂々と胸を張っておく。
すると俺の気持ちが通じたからか、ふむと一つ頷く。
「前より魔力も増えておるな。たしかにいくつもの戦いをくぐり抜けてきたのは間違いないようじゃ」
「スキルでそんなことまでわかるんですか?」
「まあわしくらいになるとこれくらいはお茶の子さいさいじゃよ」
バリエッタさんはそれだけ言うと、くるくると丸まっている紙のうちの一つを手に取った。
「そういえばお主、名はなんという?」
「マサルです」
「そうか……ではマサル、お前には第六階層以降へ足を踏み入れる覚悟があるということでいいんじゃよな?」
「それは……」
その先の答えがキーになる。そんな直感があった。
――既に調べていたから知っているんだが、実は冒険者ギルドには第六階層以降の地図そのものが存在していない。
なぜかはわからないけど、詳しい話を聞こうとしても、メリッサさんからははぐらかされてしまったのだ。
けれど目の前にいるバリエッタさんは、その口ぶりから察するに明らかに第六階層以降に足を踏み入れたことのある人物。
つまり俺がここから先に行くためには――彼に話を聞かせてもらう必要があるということだ。
ただ、バリエッタさんに問われて一つ思ったことがある。
俺には果たして、第六階層以降に行く必要はあるんだろうか。
第五階層を問題なくクリアできている時点で、冒険者として問題なく活動ができるくらいの実力はある。
今はお金がないからできていないけれど、ランクに見合った依頼を受けてしっかりとランクを上げていけば、ちゃんとお金も稼ぐことができる。
安定した生活を求めるなら……とそこまで思ってから。ブルブルと首を左右に振った。
(それじゃあ……ダメだよな)
この世界は、危険にあふれている。
街を出れば魔物や山賊はいるし、魔物の被害によって滅ぼされている街もいくつもあると聞いている。
勇者として世界を救うなんて大層な目的はないとはいえ。
それでも強さがあれば、俺の手の届く範囲で、誰かを助けることができるはずだ。
そう考えた時、頭にふと有栖川未玖さんの姿が浮かぶ。
――未玖さんは俺が唯一、高校で仲がいいと言えるクラスメイトだった。
彼女は俺が学校に行かなくなってからも、定期的に連絡をしてくれたし、一緒にご飯を食べに行ったりすることも少なくなかった。
家に来てくれたことだって何度もあったほどだ。
俺が心から気を許せるクラスメイトは、彼女だけだったと言っていい。
提出物や書類をわざわざうちにまで届けに来てくれるくらい、責任感が強かった彼女のことだ。
恐らくこの世界でも、誰かのために頑張っているに違いない。
彼女から受けた恩に報いるためにも、力が欲しい。
シンプルに、そんな風に思った。
「覚悟は――あります。俺には強くならなくちゃいけない、理由がありますから」
「その意気やよし。これだけ短期間で強くなったマサルなら、もしかすると……本当にやってしまうかもしれんな」
バリエッタさんは俺の方を見ながら、どこか懐かしいものを見るような顔をした。
彼は少し緩んだ顔をすぐに引き締め、自分の拳を胸に当てる。
質量を持った金属同士がぶつかる、重たい音が部屋の中を揺らす。
「では改めて自己紹介をしよう。わしの名はバリエッタ――バリエッタ・フォン・シュトラッセ。忠義を誓った主を失った、哀れな騎士。そしてこの世界でただ一人――『騎士の聖骸』の第十階層までの地図を持つ男じゃ」