試し
バリエッタさんと別れ、ダンジョンへと入っていく(ちなみにMPがもったいないので、トイレはちゃんと我慢した)。
「おお、ちょっとひんやりするな……」
中は洞穴のような空間になっており、足下は乳白色の石で舗装(でいいのかな?)されている。
左右は土でできているようで、触れると普通に掘ることができた。
発光する石が左右の土壁や足下に埋め込まれており、明かりを点けずとも少し先は見えるくらいの光量はあった。
通路の幅の広さは戦闘ができるくらいに広い。
少なくともアンデッドに囲まれたりしても問題なく戦うことはできそうだ。
「えっと次を右に進んで……」
『騎士の聖骸』は第五階層までは探索され尽くしており、地図も非常に安価に買うことができる。
もちろんメリッサさんのアドバイスで事前に購入している俺は、薄暗い中で目を凝らしながら地図と格闘して先を進んでいく。
すると俺の耳が、何かの足音を聞き取った。
ズリズリという、革袋を引きずるような音だ。
続いてやって来たのはとてつもない刺激臭。
死臭はほのかに甘いと聞くが、鼻腔を突き抜けた匂いはそんな生やさしいものではなかった。
生ゴミを更に何ヶ月も放置させて熟成させたかのようなヤバい匂いに、思わず胃の内容物を吐き出しそうになる。
「ウボオォ……」
やってきたのは動く死体の魔物――ゾンビだった。
得物も持っておらず、完全な無手。
非力なようにしか見えないが、魔力を利用することでその膂力は人間を超えているらしい。
厄介なのは強力な腕力と、食らえば身体が麻痺して動けなくなるという噛みつき攻撃。
おまけに身体の腐肉には腐食効果があるらしく、鉄の剣を突き込んだりすると耐久度が露骨に下がるらしい。
とにかく接近戦を挑みたい相手ではないということだ。
腐っている足を引きずっているからか、こちらにやってくる速度はそこまで速くない。
これならこっちに着くまでに十分に対処ができそうだ。
「ライトアロー!」
光魔法をLV2にすると覚えるライトアロー。
光の矢は音を置き去りにする……とまではいかずとも以前見たことのあるアーチェリーの矢のように進んでいった。
速度はギリギリ目で見ることができるくらい。知覚ができるので、弾速なんかよりは遅いようだ。
「ウ、オォ……」
ゾンビはライトアローの頭部に命中。
着弾すると、そのまま地面に倒れ込み動かなくなる。
念のためもう一発ライトアローを打っても、何も反応はなかった。
どうやら最初の一撃で仕留めることができていたらしい。
「よし、ライトアローでなんとかできるなら、MPの消費もかなり抑えられるぞ」
ライトアローに必要なMPは3。
俺のMPと自然回復量で考えれば、どれだけ連発しても問題ない。
そういえば、光魔法にはアンデッド特攻があるんだったっけ。
それなら他の魔法だとどうなるか試してみようかな。
進んでいるうちに遭遇したゾンビに、今度は火魔法を放つ。
「ファイアボール!」
ライトアローと同じ3MPで放つことができる炎の球がゾンビへと向かっていく。
速度はライトアローより少し遅いくらいだろうか。
周囲に着弾の余波でダメージを飛ばせて、火傷による継続ダメージも見込めるところが強みだと思っていたけど……アンデッド相手だとイマイチ実感しづらいな。
「オオォ……」
ファイアボールの場合でも一発で問題なく倒すことができた。
だけど倒すと同時に、あたりにとんでもない匂いが広がる。
「く……くさっ! めっちゃくさい!」
腐った肉で焼き肉パーティーを開いているかのような……絶妙に食欲をそそらない肉の匂いに、喉の奥の方まで酸っぱいものがこみ上げてくる。
……今後ゾンビ相手に火魔法は禁止にしよう。
俺はそう固く決意を固めてから、先へ進むことにした。
『騎士の聖骸』の中は案外広い。
外から見るとただの洞穴にしか見えなかったけど、明らかにあそこから見えていた横幅より広い空間が広がっている。
多分だけど、時空魔法か何かで空間を拡張しているんだろう。
地図がなかったらどうやって進めばいいのか……少し悩みどころではある。
特に問題なく戦闘を重ねていく。
相手が複数体の時の対応も決まってきた。
相手が二体だった場合はライトアローを連続して放ち、三体以上だった場合は少し威力の弱いライトアローを雨のように降らせるライトアローレインを使う。
これが一番MP効率と安全性を両立できる方法だ。
……え、火魔法?
使わないよ、あんなクズ魔法(暴論)。
俺が『騎士の聖骸』に入ってきたのは、午前八時前。
第三階層へ向かうまでの階段にやってきて小休止を取る時には、時刻は午後一時を回っていた。
地図はあるからもっとサクサクいけるだろうと考えてたけど、思ってたより時間がかかるな……。
経験値稼ぎと思ってサーチ&デストロイを繰り返したのが良くなかったかもしれない。
今のところ第一階層と第二階層のゾンビ相手にはまったく苦戦はしていないし。
これなら次はなるべく戦闘を避けて……いや、違うか。
そもそも俺はここに、自分の力を確かめるためにやってきたんだ。
無駄が多くても、とりあえず今の俺が使える魔法を確認しておくか。
今日一日は、効率はおいといて自分にできることを確認していくことにしよう。