『騎士の聖骸』
「ここが『騎士の聖骸』か……」
受付嬢のメリッサさんのオススメに従い、俺は不人気ダンジョンと名高い『騎士の聖骸』へとやってきていた。
王都のかなり郊外の方にあり、距離的にはギルドとは真反対の方角にある。
せっかく魔物を倒しても報告をしに行くまでに時間がかかるというのも、ここが不人気な原因なんだろう。
「しっかし……本当に人がいないな……」
人背一で初めて見るダンジョンは、俺が想像しているものとは大分違っていた。
モンスターがあふれ出してきたり、物品を隠し持っていったりしないように衛兵が監視をしたりだとか。
ダンジョンの周囲には冒険者を対象にした屋台や露店なんかがあって賑わっていたり、ダンジョンに挑みたいが人数が足りずに他の同業者を募っている冒険者がいたり……というようなこともなく。
衛兵もいなければ、冒険者も一人もいない。
いくらなんでもこんなんでいいんだろうか……と思いあたりを見回すと、よく見ると少し離れたところに古ぼけた小屋があった。
多分だけど、衛兵の詰め所とかだろう。
一応これから利用させてもらうわけだから、挨拶とかはしといた方がいいよな?
「ど、どうも~」
「なんじゃ、うちは雑誌の定期購読はお断りじゃぞ」
ノックをしてみると、中から普通に反応が帰ってくる。
少ししわがれた、おじいちゃんの声だ。
というか、この世界にも定期購読とかあるんだ……って、そんな場合じゃなかった。
「ダンジョンに入りたいので許可を取っておこうと思ったのですが……」
「……何じゃと?」
ドタドタと音が聞こえたと思うと、扉が開かれる。
やってきたのは、全身鎧を着込んでいるおじいちゃんだった。
その瞳は猛禽類のように鋭く、生えそろった白髪を一つにまとめて後ろに流している。
身に纏っている銀色の鎧はピカピカと綺麗に磨かれており、腰に提げているのは少し黒ずんだ鞘だ。
かなり使い込まれている柄から察するに、直剣を得意としているのだろう。
「お前さんが……『騎士の聖骸』にかね?」
こちらを見つめる視線は訝しげだ。
彼が顎に手をやると、手甲がガシャリと音を立てる。
得物も含めると総重量はかなりありそうだけど、まったく体幹がブレている様子はない。
全身から発している凄みから察するに、彼がこの『騎士の聖骸』の門番なのだろう。
「はい、ぜひ挑戦できればと思います」
矍鑠としているおじいちゃんに話しかけると、彼は頭からつま先まで俺の姿を見ていった。
「……まあ死に急ぎとかじゃあなさそうじゃな。お前さん、魔術師か?」
「はい、一応何属性か使えます」
「――ほう」
おじいさんがこちらを覗く目が、一瞬キラリと光ったような気がした。
その瞳の深い青に、なんだか自分の全てを見透かされているな気分になってくる。
「なるほど……お前さんかなりやれそうじゃな。それだけの力があれば、ソロでも問題なくいけるじゃろうな」
「一目見ただけで、そんなことまでわかるんですか?」
「当然じゃ、わしを誰じゃと思っとる。――騎士バリエッタじゃぞ」
「……すみません、聞いたことがありません」
「そ、そうか……わしもまだまだ頑張らないといかんな……」
少しがっくりした様子のバリエッタさんを慰める。
見た目からなんとなく想像はついていたけれど、どうやらバリエッタさんは騎士のようだ。
本人の口ぶりから察するに、かなり有名な人なのかもしれない。
「わしには魔力感知のスキルがある。なのでお前さんが若い見た目に見合わない魔力を持っとることがわかるんじゃよ」
なるほど、そんなスキルまであるのか。
……もしかすると鑑定スキルみたいなものがあって、俺の『自宅』のギフトまで丸裸にされるような可能性もあるかもしれない。
今までは強くなるためにと魔法のLV上げばかりしてたけど……一度この世界のスキルやギフトについてしっかりと勉強しておくべきかもしれないな。
『騎士の聖骸』でLV上げしながら、メリッサさんに色々と教えてもらおうかな。
「バリエッタさんから見て、俺って『騎士の聖骸』のソロ活動はできそうに見えますか?」
「第五階層までは余裕でいけるじゃろう。第六階層から先は……まぁお主の場数次第じゃろうな」
冒険者の中で魔法使いの数はそこまで少ないわけではない。
けれどソロで活動している魔法使いとなると、その数はガクッと減ってしまう。
魔法使いは火力だけなら近接戦闘職よりも高い。
けれど相手を倒せるような高威力の魔法を放つにはある程度時間がかかってしまうし、何度も魔法を使っていればMP切れになって気絶してしまう。
なのでソロでやっていくためには、魔法発動までの時間を自分で稼げる戦闘能力と、かつ戦いながらしっかりとMP管理ができるような器用さが必要になる。
前衛も併せてこなすことができる万能型の魔法剣士でもないと、魔法使いがソロでやっていくのは難しいのだ。
……ちなみにこれは全て、メリッサさんからの受け売りである。
パーティーを組んだ方がいいわよというお小言と一緒に、今朝色々と教えてもらったのだ。
「わかりました、頑張ってみます!」
「大したもんも出んから、無理して死ににいくような真似はするんじゃないぞ」
「ありがとうございます!」
バリエッタさんからのお墨付きももらえたので、早速『騎士の聖骸』へ挑んでみることにしよう。
初めてのダンジョン……なんだか緊張してきたな。
というか……どうしよう、緊張からかお腹が痛くなってきた。
ダンジョンに入ったら一旦自宅に戻って、トイレに行ってこようかな……。