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諦めない少女と○○ 4


【side 有栖川未玖】


 思えば最初は、単なる好奇心だったんだと思う。


 自分で言うのもなんだが、私有栖川未玖の人生は非常に順風満帆だった。

 オーダーメイドで家を建て、年に二度は家族旅行ができるくらいには経済的な余裕がある両親がいて。

 お父さんに似た頭脳とお母さん譲りの美貌を受け継いだおかげで、何不自由ない学生生活を送ることができていた。


 獅子側高校には、私と似たような境遇の人が多い。

 しっかりと塾に通わせて私立進学校に行かせることができるくらいに親に経済的な余裕があるとなると、その暮らしぶりというのは多かれ少なかれ似てくるものだからだ。


 だからだろうか、私はある日、クラスメイトの一人の男の子に興味を持った。

 その子は他の人とは違っていた。


 なんというか、どこか泰然としていて――いい意味で、あまり学生っぽくないのだ。

 彼にはお父さんの友人のように老成した達観のようなものがあって、それが当時の私には新鮮に映ったのである。


「ねぇ君、鹿角勝君……で合ってるよね?」


「うん、そうだけど」


 それが私と勝君の最初のコンタクトだった。









 成績がいいわけでも、運動神経がいいわけでもない。

 けれど聖川君のようなタレントのある人が沢山いる一年一組の中でも、勝君は不思議な存在感を放っていた。


 それがどうしてなんだろうと考える時間は、日に日に増えていった。

 そして私はその理由に気付いた。


 彼は――クラスの中にいる誰よりも自由だったのだ。


 休みたいと思えば学校を休み、サボりたいと思えば早退し。

 ぐっすり眠れたからと平気な顔をして、午後から登校してくる。


 さりとて時間にルーズなわけではなく、私と約束をしても時には必ず十分前には待ち合わせ場所にやってくる。

 彼は何者からも自由で、そしてだからこそ私とも気取らずに話をしてくれた。


 私はお母さん譲りの美貌のせいで、今でも男の子の視線というものに苦手意識を持っている。

 ギラギラとした視線を向けられるのが嫌で、中学の頃なんかわざと野暮ったくしていたこともあるくらいだ。


 そんな私に、勝君は自然体で話をしてくれる。

 普通女の子と話す時、男の子はどこかで格好をつけるものだ。

 けれど勝君はそういうことをしない。


 だから私も気取らずに、気張らずに、ありのままで話をすることができた。


 私は勝君が好きなライトノベルを読んでヒロインの健気さに涙して、勝君は私が好きな映画監督の作品を見て、そのノンジャンルっぷりに脱帽した。


 そんなことを繰り返しているうちに――気付けば、彼のことを好きになっていた。


 けれど彼は、どこまでも自由で。

 勝君はある日私に衝撃の事実を告げ、その宣言通りに高校に来なくなってしまった。


 その後も私は、提出物の提出や行事のお知らせなんかをするために、ことあるごとに勝君に会いに行った。

 何度かお家に行ったりしたこともあって、その時は門限になるまで話をしたっけ。


 あれ、でも私はどうしてこんなことを、思い出してるんだっけ……?













「……ここは……?」


 私……勝君の夢を見てたんだ。

 もうここ数ヶ月、見てなかったはずなのに……もうちょっと、見てたかったな。


 勝君の世界一格好いい顔を思い出し、自然と笑みがこぼれる。


 なんだか久しぶりに、ぐっすりと眠れた気がする。

 ここ最近は寝ても疲れが取れないし、気が休まる暇もなかったからなぁ。


 海の中をたゆたっているかのように、どこかぼんやりとした気分だ。

 けれど意識は水面を引き上げられるように、徐々に輪郭を取り戻していく。


 そして……完全に意識が覚醒した。


 そうだ、私……さっき、黒ずくめの男達に襲われて――。


「――っ!!」


 急ぎ腹部にヒールを当てながら立ち上がる。

 さっきまでの出来事を思い出した私は、即座に光魔法を放つための準備を整える。


 けれどそこに、私を襲った黒ずくめの男達の姿はなかった。

 あたりを見渡してみても、人影一つない。

 聖川君や御津川君の姿さえ――。


(ここは一体……どこ?)


 周囲を見渡すと、そこにあるのは――先ほどまでとそこまで変わらないように見える景色だ。


 薄暗い石畳の迷路のような場所に常に香ってくる腐臭……どうやら私はまだ、『騎士の聖骸』にいるらしい。


 何か手がかりはないかと思い、周囲の様子を観察する。

 すると私の足下に、見たことのない模様が刻まれていた。


(これは……魔法陣?)


 魔法陣というのは、簡単に言えば魔法的な効果を発動させるための紋章のようなものだ。


 なんでも魔力がない人や魔法の適正のない人でも、魔法のような効果を使えるようになる技術らしいけど……既に廃れたものだからと、基礎的な話しか教えてもらったことはない。

 こんなことになるなら、もっとしっかりと話を聞いておくんだった。


 魔法陣は既に効果を失っているらしく、光を失っていた。

 試しに魔力を流し込んでみるが、動かない。


 多分だけど、私はこれで転移させられたんだと思う。

 動かないってことは……これは受信専用で、戻ることはできないようになっているのかな?


 少し気にはなるけど、そんなことをしている場合ではないと気を取り直す。

 わかりそうにないこの魔法陣の仕組みや、あの襲撃者の正体といった疑問は後回しだ。


 今考えなくちゃいけないのは――どうやってこの場をしのぎきるかということ。

 ここが『騎士の聖骸』であるのはほぼ確実。


 そして私が送り込まれているという事実から推察すると……恐らくほとんど地図を埋められていない、第六階層よりも下の階層のどこか。


 助けを求めるために上に上がるか、助けが来るのを待ってこの場に留まるか。

 一体どっちにした方が……そんな私の考えは、一瞬のうちに霧散する。


(――なっ、何、これ……)


 あまりの寒気に、誇張抜きで一瞬意識が飛びかけた。

 吐き出す息が、白くなったかのような錯覚。

 身体の芯の方から来る震えに、かみ合わない歯がガチガチと音を鳴らした。


 当然ながら突如として気温が下がったわけではない。

 ただ、向こう側から一体の魔物がやってきているだけだ。


 人間には野生の頃から残る、命の危機に対するセンサーが残っているという。

 身体が五感の全てを使っても足らぬと言わんばかりに、私に警鐘を鳴らし続けていた。


「オオォォォ……」


 聞こえてくるのは冥府の底から湧き出してきたかのような、亡霊の恐ろしい鳴き声だ。


 人ならざるものの鳴き声は『騎士の聖骸』では何度も聞いたはずだ。

 けれど見通せぬほど先の暗闇からやってくる声は、それら全てとは文字通り格が違った。


 先ほどまでは芯の方から身体が冷えていたのに、今度は全身から脂汗が噴き出してくる。 私は明らかに異常になっている肉体に鞭を打ち、魔法を発動させた。


「――ッ! サンクチュアリ!」


 全ての魔なるものを弾き返す、聖なる結界を半ば無意識のうちに発動させる。


 このダンジョンに来てから何度も使っていたことで、発動まで身体が勝手に動いてくれるようになっていたことを、これほど神に感謝したことはない。


「オオオォォォ……」


 カタカタ、カタカタ……と何か硬いものが擦れ合うような音が聞こえてくる。

 汗を拭くことも忘れ、音のする方をジッと見つめていると……そこから一体の魔物がやってくる。

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