諦めない少女と○○ 3
【side 有栖川未玖】
『騎士の聖骸』――階段を下りていくいわゆる地下ダンジョンであるこの場所は、王国や聖教会にとっては長い間二つの理由から問題視されていた。
まず一つ目は、やはり郊外とは言え首都グリスニアの中に存在していることだ。
いくら建国以来一度も魔物が外に出てきたことがないとはいえ、迷宮都市でもないのに首都の中にダンジョンがあるというのは外聞が悪い。
イゼル二世としてはそれをなんとかしたいと長いこと考えていたようだ。
そして二つ目は、聖教会側の教義的な問題。
『騎士の聖骸』というダンジョン名が、聖教的に大変マズいらしいのだ。
聖教において、名前に聖と付く聖遺物は厳格に管理されている。
そしてその中に、聖骸なるものは存在しない。
聖教の教義を守るためにも、教会側は再三このダンジョンを攻略するべく王国に要請を出していたらしい。
けれど『騎士の聖骸』はとある理由から、ほとんど攻略が進んでいなかった。
だがここに、ちょうど特級戦力でありながらなかなか表立って使うことのできない、勇者という存在がやってきた。
王国と聖教会の長い調整の末、勇者召喚をされた私達は『騎士の聖骸』の攻略に駆り出されることになってしまったのである――。
『騎士の聖骸』はゾンビやレイス、スケルトンと呼ばれる不死者達――アンデッドと呼ばれている魔物達が出現するダンジョンだ。
その全貌は、まだほとんど解明されていない。
現在地図が作られているのは、第一階層から第五階層という極めて限定された場所のみ。
その原因は、このダンジョンがあまりにも旨みが少なく、そのくせ攻略難度が高すぎるせいで割に合っていないところにある。
アンデッドからはほとんど素材を取ることができず、またそのわりに恐慌や麻痺、狂乱の状態異常にしてくる敵も多いため危険度が高い。
実りがあまりにも少なく、かつあまりに長く入りすぎていると身体に染みついた死臭が取れなくなってしまうため、王都にあるにもかかわらず冒険者がほとんどいないのだという。
既に第二階層に入っているけれど、たしかに今のところ一人も人とすれ違っていない。
このダンジョンは、第六階層以降難易度が跳ね上がる。
その討伐難易度は、なんとかつて潜っていった王国騎士団が第十階層まで向かうこともできずに壊滅してしまったほど。
今から数十年は前のことらしいが、その一件以降先王は『騎士の聖骸』の第六階層以降に挑んではならないと厳命したのだという。
あのバカ王は、それを当然のごとく破ろうとしているわけだけど。
というかそんな強いアンデッドが大量に出現する場所に、まだ大してLV上げもしていない私達を放り込むだなんて正直どうかしていると思う。
無謀でしかないと思うのだけど、お偉いさん達からするとそうではないらしい。
アンデッド特攻を持つ光魔法の使い手さえいれば、このダンジョンの難易度は一気に下がる。
そして私達の中には、光魔法を使える人間が私を含めて四人もいる。
私達にとって、この『騎士の聖骸』はLVを上げるためのちょうどいい狩り場になるだろう。
どうやら聖川君はそんな風に言われて丸め込まれたらしい。
たしかに人がほとんどいないから勇者が秘かにレベリングをするのに最適という理屈はわかるけど、第六階層以降がどれだけ危険かもわからないのに挑むのは、かなりリスクが高いと言わざるを得ないだろう。
「くさい! くさいぞ和馬!」
「たしかに相当匂うね……でも我慢しなくちゃ、せっかくの実戦なわけだし」
「そ、それはその通りなんだが……ぐぬぬ……」
私達の前を歩いていくのは、前衛である『勇者』の聖川君と『剣聖』の古手川さんだ。
――今回の探索は、今の私達の最高戦力で固められている。
『勇者』の聖川君、その妹で『弓聖』の藍那さん。
帰ってきて早々連れ出された『覇王』の御津川君。
『剣聖』の古手川さんに『賢者』の御剣さん、そして『聖女』の私という六人パーティーだ。
近距離に遠距離が二人、オールレンジいける御津川君に支援役の私。
なかなかにバランスのいいパーティー構成のように思える。
ちなみに御剣さんが風魔法による索敵を行ってくれているため、私達は不意打ちを警戒することなくサクサクと進むことができている。
「――来るよっ! ゾンビが六体!」
御剣さんの言葉に戦闘体勢を整える。
いつでも回復を飛ばすことができるように構えていると、奥の方からズリズリと何かを引きずるような音が聞こえてくる。
音の次にやってくるのは、先ほどまでの匂いをかき消すほど強烈な腐臭。
「ウボォオオ……」
「ウボァアアアアアア!!」
やってきたのは全身を腐らせた人型の魔物であるゾンビだ。
目玉が飛び出ていたり脳みそが丸見えだったりと、その見た目はなかなかにグロテスク。
魔物としてはそこまで強いわけではないけれど、その牙には相手を麻痺される毒がある。
近付かれ噛みつかれてしまえば熟練の騎士でさえ動けなくなるというから、決して侮っていい相手ではない。
ゾンビのグロテスクな見た目は怪我のひどい患者を診てきた私にはそこまでではないんだけど、御剣さんと藍那さんはそこまで耐性がないようで、隣からえずくようなうめき声が聞こえてくる。
彼女達を守るように一歩前に出た聖川君が、手のひらを前に突き出す。
どうやら剣は使わず、魔法で処理をするつもりらしい。
「ホーリーレイ!」
聖川君が放つ白色光線は、光魔法のホーリーレイ。
威力的には同じレベルで覚えられる他の属性魔法には劣るけれど、ゾンビやレイスのようなアンデッド達に絶大な効果を発揮する。
「アガアァァッ!?」
「ウゴオッ!?」
ホーリーレイは四体のゾンビに命中した。
流石勇者と言うべきか、当たったゾンビ達の目は一瞬のうちに白く濁り、ただの死人へと戻っていった。
「晶、後は任せた」
「打ち漏らすなよ、たるんでるぞ」
御津川君が即座にフォローに入り、気付けばゾンビの目の前まで肉薄していた。
彼が背中に背負っているのは、自身の身長よりも大きな大剣だ。なんでも今回の遠征で倒した魔族の私物だったらしい。
かなり使い込まれているようで、握りの部分は茶色く変色しているし、刀身の部分にも無数の傷がついている。
いくつもの戦場を渡り歩いてきた凄みがあって、無骨さと機能美を兼ね備えている。
「フレイムタン」
そして私がちょっと考え事をしているうちに、二体の魔物は斬られ、燃え始めていた。
残るのは二体の死骸と、燃えさかる大剣を握っている御津川君。
どうやら今使ったのは魔法を剣に乗せる魔法剣だったらしい。
これは魔法のLVをかなり上げなければ使えない技なので、今の一撃だけで彼の火魔法がかなりのLVに達していることがわかる。
「くせぇな」
腐肉が焼ける匂いに顔をしかめているものの、剣を振るのにまったく躊躇をした様子はなかった。
戦場を駆けている間にレベルが上がったからか、以前と比べると心身共にたくましくなっているように見える。
私はゴリゴリに鍛えている人はあまり好きではないけれど、そういうのが好きな人からすればたまらないくらいに鍛え上げられていた。
「魔石の回収はせず、先に進もう。今回は効率重視でいく。可能であれば第六階層を一度見ておきたいからね」
聖川君の言葉に、皆で頷く。
魔物は魔石と呼ばれる魔力の籠もった胆石のようなものを持っている。
当然ながらゾンビにもあるのだけれど、基本的にゾンビの魔石は信じられないくらいに小さい。
サイズ的にはゴブリンの魔石より小さいらしく、売っても二束三文にしかならないらしい。
そもそも金銭的な援助は王国から受けることができるため、私達はゾンビの死体からの剥ぎ取り作業は無視して、先へ進んでいく。
私達がしなくちゃいけないのは未だ謎に包まれている第六階層以降への探索。
無駄にしている時間など、ないのだ――。
それからも私達の探索は特に苦労をすることもなく、進んでいった。
やはり地図があるのと、御剣さんの索敵魔法があるのが大きい。
ダンジョンの探索で一番問題になるのは、いつどこで敵に襲われるかわからない恐怖と、そのせいで休むことのできない状況によるプレッシャー。
けれど私達はその二つを解決することができる。
御剣さんの魔法によって前者を、そして私の魔法によって後者を確保することができるからだ。
光魔法がLV8になって解放されるサンクチュアリは、魔物除けの結界を張り出す魔法だ。
あらゆる魔物に対して効力を発揮するこの魔法さえ維持しておけば、奇襲をされることはなくなる。
古手川さんはもっと積極的に戦いたがっていたけれど、私や藍那さんを始めとする慎重派の意見によって戦闘は十分に余力がある状況で、かつ相手が戦える数の時にだけ行っていくようにした。
そのせいで最高効率とまではいかないけれど、身の危険を感じるようなこともなく探索を勧めることができた。
今回無事に探索ができることがわかれば、次回からは私達先行組が他のクラスメイトをここに連れて来てレベル上げをすることも考えている。
なので優先するのは速度ではなく、安全性と再現性だ。
古手川さんには我慢してもらうしかないのである。
第三階層からはゾンビ化した犬であるゾンビドッグと、肋骨の内側にある核を砕かなければ倒すことができない骸骨の魔物のスケルトンが。
そして第四階層からは状態異常攻撃を放ってくるレイスという死霊の魔物が出てくるようになった。
第五階層からは更にスケルトンの上位種であるスケルトンソルジャーが、他の魔物と組み合わせて出現するようになった。
スケルトンもスケルトンソルジャーも、倒すためには魔石と同じ役割を果たす核を壊さなくてはいけない。
そしてレイスは倒しても魔石を残さない。
なるほど、たしかにこれならこのダンジョンに挑む冒険者はいないだろう。
第六階層へと続く階段の前で、一度長めの休憩を取ることになった。
することもなかったので、とりあえず自分のステータスを確認しておくことにする。
有栖川未玖
LV10
HP 95/95
MP 65/87
攻撃 24
防御 59
魔法攻撃力 44
魔法抵抗力 44
俊敏 27
ギフト
『聖女』
スキル
光魔法LV8
水魔法LV5
魔力回復LV5
私がここにやってくる前は、ステータスの上がり幅を確認するために死にかけの魔物にトドメをさしたことしかなかったため、LVは2だった。
なのでこの六時間ほどで、LVが8も上がったことになる。
こんなことなら多少無理をしてでも、LV上げに参加できるよう要請すべきだったかもしれない。
ちなみに私のステータスの上がり幅は、LVが上がるごとに合わせて3。
私の場合は魔法攻撃力と魔法抵抗力が必ず1上がり、残るパラメータのうちのどれか一つが上がるような形だ。
また聖女として魔法を使い続けたことで魔法攻撃力、魔法抵抗力はいくらか数値が上がり、更に魔力回復もLVが5まで上がっている。
なので今では、あまり魔力切れを気にせず大魔法も使えるようになっている。
「よし、とりあえず第六階層に潜ろう。エレナに索敵をしてもらって、中で一番弱い単体の魔物を相手に一当て。とりあえずそれからのことはその後で……」
聖川君が最後まで言い切ることはなく、ピシリという音がその声を遮った。
そして……
パリイイイインッッ!!
窓ガラスを叩き割ったかのような、硬質な音が聞こえてくる。
それは何度も聞き慣れている、私が張っていたサンクチュアリが破壊される音だった。
青白い光を放っていた結界が、パラパラと音を立てて光の粒子へと変わっていく。
そして突如としてやってくる人影。
黒装束を着て、顔をしっかりと隠している。
すさまじい速度で、目で追うことすらまともにできない。
恐らくは、俊敏が違いすぎるんだろう。
完全にくつろいでいた状態で反応できたのは、御津川君だけだった。
「舐めた真似してくれんじゃねぇか……爆轟拳!」
彼の拳は、目にも止まらぬ早さでやってきた男達のうちの二人を弾き飛ばす。
けれど残る三人は仲間がやられてもその動きはまったく鈍らず、彼らはそのまま私へナイフを突き込んできた。
腹部から血を噴き出すかと思ったが……やってきたのは痛みではなく、抗いがたいほどに強烈な眠気だった。
「――未玖ッ! てめぇら……覚悟はできてんだろうなぁ!」
意識を失う寸前、御津川君の叫び声が聞こえたような気がした。