弟子
引きこもり第3巻、本日発売です!
「……へっ?」
「えーっと……なんでそういうことになるわけ?」
「それは、話せば長くなるのですが……」
リーリカさんはぐるりと周囲を見渡し、少しだけ言いづらそうにしながらこちらに近付いてきた。
そして小さな声で、
「可能であれば余人のいないところで、詳しいお話をさせていただければと」
「ん、わかったよ。魔族の人達とは俺も仲良くしてたいと思ってたし、後で時間を作るよ。多分これから忙しくなると思うから、ちょっと後になっちゃっても大丈夫かな?」
「はい、私達も数日はこの国に滞在しているつもりなので……」
「よし……アリシア、早速だけどちょっといいかな。王の即位に必要なものを用意して、禅譲と即位式を済ませてしまおう。後から色々文句とか言われないようにさ」
「えっと、正式な即位を行うためにはたしか、聖教の教皇による王冠の授与が必要なのですけど……」
「うーんなるほど、聖教による支配の正当性かぁ……」
中世くらいの文明度の国では、王がその国を支配する根拠を神に求めるところは少なくない。
王権神授は支配の正当性を主張するのにはいいかもしれないけど……この国の聖教って真っ黒なんだよなぁ。
未玖を暗殺しようとした奴らのお墨付きとか、必要なくないか?
……うん、ちょっと考えたけど、やっぱ必要ないね。
「聖教は入れずにやろう。略式でもきちんと禅譲がなされたってことに意味があると思うし」
「は、はい、わかりました」
「あ、それと俺はちょっと用事を済ませてくるよ。上手く行けばアリシアに箔がつくと思うから、期待して待ってて……未玖、この場の収集は任せた」
「無茶言うなぁ……貸し一だからね?」
そう言ってパチリとウィンクをする未玖に頷きを返し、俺はジョウントを発動。
周囲に人がいないことを確認してから、『自宅』のギフトを使いドアを開いた――。
俺がやってきたのは神聖エルモア帝国の帝城ノヴァーク。
会いに来たのはもちろん、この国の皇帝であるエミリアだ。
「おぉマサル、会いに来てくれたのか!」
「うん、今日はちょっと用事があってね」
俺が気楽に離すようになったことで、エミリアの側も前と比べるとずいぶんとフランクに話をすることができるようになった。
対等な友人関係と言ってもいいだろう。
なのでこういう政治的に大事な話を二人の関係に持ち込むのはちょっと無粋な気もするけれど……少なくとも今の俺には、こういった方面で頼める人物が彼女しかいない。
「真面目な話か? 別に構わないから、聞かせてくれ」
「うん、実はね……」
というわけで俺はここ最近頑張って動き回っていたその理由、グルスト王家と魔族の会合についての話を、段取りから結果に至るまでの流れを含めて話をさせてもらうことにした。
「なるほど、魔族との会合か……」
「うん、黙っててごめんね」
「いや、種族間問題はデリケートだからな。黙っているのも無理ないことだ」
「そういえば聞いたことなかったんだけど、帝国にも魔族っているの?」
「いるぞ。何体かは直接会話をしたこともある……まあそのほとんどが、こちらを見下していることを隠そうともしないゲスばかりだったな。対話ができる魔族というのは、正直かなり珍しい」
「なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱりそうなのか……」
「もちろん魔族の中には温厚な者もいるが、あまり表立ってそれを口にすることはないな。対魔王同盟は各国の利害関係や立場と強く結びついているからな。そこに亀裂を生みかねない行為はできないのが実情だ」
やはり俺が想像していた通り、リーリカとプリオラのような理知的でこちらに対話を求めてくるというケースは極めて珍しいようだ。
そもそも魔族達は皆LVが高く、魔法に関して高い素養を持ち、そして彼ら独自の文明を築き上げている。
そのため人間のことを自身の経験値の糧と思い、魔物のような扱いをしているらしい。
こっちも魔族のことを魔王の尖兵扱いしていたし、長いこと戦っているらしいからお互いの心証が悪いのも当然のことかもしれない。
「対等な対話ということなら、グルスト側でも色々な情報が聞けるだろう」
「あ、それなんだけど、なぜか流れで俺が彼女達の師匠になりそうなんだよね」
「一体どんな流れになれば、そんなことになるのだ!?」
「いや、こっちも何がなんだか……」
とりあえず返事は保留しておいたけれど、大して知りもしない俺に頭を下げるなんて相当の事情があるんだと思うんだよね。
考えられるのはやっぱり、魔王軍の派閥争い……とかだろうか。
彼女達がどんな事情を抱えているかはわからない。
けれど自ら率先して胸襟を開こうとする態度を見て、俺は彼女達は信頼に値すると思った。
だからきっと俺は全部聞いた上で、その話を受けることになると思う。
「マサルは優しいんだな……」
「優しいだけじゃないよ、イゼル二世なんかライトアローでハリネズミにしたしね」
「それもまた優しさだよ。誰かのために怒れることは、ある種の才能だと私は思う。私は自身の感情をコントロールする術を学び、そういうことができなくなってしまったから、なおさらそう思う」
「エミリア……」
少しだけ悲しそうな顔をする彼女を見て、言葉に詰まる。
王は孤独な生き物だ……以前物語か何かで読んだそんな一説が、ふと脳裏をよぎった。
この世界で王として生きていくことはきっと、とてつもない重責を負うことなのだろう。
俺には想像もつかないことだからこそ、なんと言えばいいかわからない。
「ふふっ、そんな顔をするな。お前はいつも通り、のほほんと美味しそうにお菓子を食べていればそれでいい」
「なんだよそれ……でも、それだけでいいならわかりやすくて助かるね」
なので俺は彼女の好意に甘えることにして、話をするついでに軽くおやつを食べさせてもらうことにした。
これが彼女の優しさだと思うのだけど、そう言っても本人は否定するだろうから何も言わないでおくことにする。
軽くお腹を満たして満足してから、今日ここに来たそもそもの目的を果たしていないことに気付いた。
俺が真面目な顔をすると、彼女も先ほどまでのにこやかな表情を消し一人の皇帝としてスッと真剣な表情を作った。
「で、私に何をしてほしいいんだ?」
「アリシアの後ろ盾になってくれないかと」
「ああ、いいぞ」
そう、俺がここにやってきたのは彼女にアリシアの即位を側面から援助してもらうためだった。
未玖を殺そうとし、彼女曰く国に根を張っている寄生虫である聖教。
これを使わずに王位継承の正当性を主張しておきたいけれど、それをするためにはやはり王権を主張するための何かが必要になってくる。
武力的には俺が後ろ盾になることもできるけれど、やはり支配や統治にはそういった即物的なだけではない権威的なサムシングも必要だ。
隣国であり対魔王同盟の盟主でもある神聖エルモア帝国、その皇帝であるエミリアによる王位継承の承認。
これは何より強いカードになってくれるはず。
「とりあえず準備ができたらエミリアを王国に連れて行こうと思う」
「それなら五分後でいい。馬車で向かえばいいのか?」
「……いや、魔法で連れてくよ。ただ企業秘密が多いから目隠しだけしてもらうけどね」
「神聖エルモア帝国の皇帝に目隠しをしろと……頭がくらくらしてきそうだ」
『自宅』を見せるわけにはいけないので、そこは我慢していただけると。
勇者受け入れの時といい彼女には色々と貸しを作ってしまっているな。
一体どのタイミングで返せばいいか……と考えた時に脳裏に浮かぶのはリーリカさんの姿だった。
……多分だけど魔族の側で、今何か問題が起きている。
だから彼らと領地を接し戦っている俺達人間側の国も、その影響を否応なく受けることになるはずだ。
(貸しを返すのは……そんなに遠い話の話じゃないのかもな)
そんな風に考えながら、俺はエミリアと一緒にグルスト王国へ向かい……そして無事アリシアの即位は認められた。
エミリアからの公的な承認を得た彼女に面と向かって反対意見を述べることができる者はグルスト王国の中にはおらず、彼女はアリシア一世として新たなグルスト王国の国王として即位するのであった……。




