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一人


「えっと、たしか……」


 俺は事前に知らされていた場所へ向かうため、渡された地図をにらめっこしながら帝都エルモアグラードの中を歩いていた。

 悩みながら歩くこと十分ほどが経ったところで、ようやく目的の場所が見えてきた。


「おいリク、こっちの建材まとめて持っていけ」


「っす!!」


 大量の角材を抱えながらえっちらおっちらと歩いているのは我らがクラスのムードメーカーである恩田君。

 周囲を見渡してみれば、彼以外にも何人かの男子生徒達の姿がある。


 彼らが着ている俺が彼らを連れて来た時の制服ではなく、こちらの異世界の労働者の標準装備である茶色っぽい感じのツナギだ。


「よし、小休憩だ!」


「ふぅ、相変わらず監督は鬼だぜ……」


「やっ、元気にやってるみたいだね」


「――って、なんでここに勝君が!?」


 俺が近付いているのは傍目に見えていたはずなのに、いかにも気付いた風を装って恩田君が驚いた表情をする。

 ここで働いている五人のクラスメイト達も、彼に連れられてぞろぞろとこちらにやってくる。


 ――そう、彼らは今ここで働いていた。

 恩田君達の仕事はざっくり言えば土建業。

 この世界では土魔法を使って家を建てることもできるしそうした方が丈夫にはなるらしいんだけど、魔法使いに家を建ててもらうにはかなりの時間とコストがかかる。


 そのためこんな風に一般的な家屋は未だ大工さん達によって作られている。

 恩田君達はここで見習いとして働きながら、大工としての仕事を学んでいる真っ最中だった。


「もう一週間だもんな……月日が流れるのは早いぜ」


「どう、仕事にはもう慣れた?」


「ん、まあな。勇者補正で力があるのが救いだわ」


 そう、クラスメイトの皆が帝国にやってきてから、もう一週間もの月日が流れている。

 最初はぶつくさと言いながら働き始めた皆だったが、やってみると案外楽しかったのか、不満を言ってくるような人もいなければ、働きたくないでござると不殺ならぬ不労の誓いを立てる人もいなかった。


 この世界にやってきた段階でギフトと成長補正がついているおかげで、俺達のステータスはたとえLVをほとんど上げていなくてもその辺の一般人よりは強い。


 なのでこういった力仕事であれば、力を発揮しやすい。

 どうやら彼ら、期待の新人としてかなり目をかけられてもらっているようだ。


 ちなみに彼らが働く職場は事前にエミリアのチェックが入っているので給金もやや高めで、労働環境もめちゃくちゃホワイト。


 宿代と三食のご飯代を出してもしっかりと貯蓄ができる程度の水準のお賃金をもらえている。

 なので最初は別のところで働くと言っていた人達も、一日もしないうちにこの職場に戻ってきていた。


 今ではクラスメイトの男子達は、御津川君を除いて皆この職場で働いている。

 アットホームで賃金の高い職場です!


「まあ、自分達が生きていくために必要な分くらいは自分で働かなくっちゃいけないよな。何せ俺らって、この世界じゃもう成人してる年齢なんだから」


 恩田君の言葉に、クラスメイトの男子達が頷いていた。

 彼らはわりとしっかりしているタイプなのでまずはこの帝国での生活で地盤を固めつつ、安定してきたらもう少しリスクを取って冒険者になろうという判断らしい。


 あ、ちなみに御津川君は例外だ。

 彼は既に帝国で偽名で冒険者登録をして派手に暴れ回っているらしい。彼を止めることは俺には不可能な気がしているので、もう好きにやってもらうつもりだ。


 成長補正があり強くなりやすいということは他のアリステラの人達にはないメリットだ。

 命の危険はあるものの、そちらで強みを発揮できた方が、最終的に成功はしやすいのも間違いない。


 基本的にあまり手出しはしないつもりではあるけど、いざとなったらパワーレベリングの一つや二つをする程度なら、俺としてもやぶさかではない。


「それじゃあ、俺はこのままあっちにも行ってくるから」


「おう、気をつけてな」


 恩田君達と別れ向かうのは、先ほどよりも中央へと近い帝都の中心部。

 小道を抜け大通りへと向かっていくと、どんどんと人通りが多くなっていく。


 昼前にもかかわらずずいぶんと混雑している、いわゆる目抜き通り。

 そこに面している一際ファンシーな見た目のお店が、俺の目的地である『ジンさんのパティスリー』だ。

 ガラス越しに見える、クラスメイト達の姿。

 その中にはいつもより少しかわいい系の服に身を包んでいる皆の姿があった。


「あっ、勝君!」


「やあ」


 クラスメイトの一人、未玖の友人である岸川愛理さんにに挨拶を返しながら中へ入ると、相変わらず店内はかなりの活気だった。


 『ジンさんのパティスリー』というのはその名の通り、店長であるジンさんが経営している焼き菓子のお店である。

 広々とした店内は一階で商品を買うことができ、二階に上がれば紅茶などを飲みながら買ったものを食べられるイートインスペースも設置されている。


 ガラス張りになって外からも店内の様子が見えるようになっており、その様子は日本のお店と比べても遜色がない。

 アリステラではあまり見ないほどに開放的な印象を受ける。


「おや、マサル様ですか」


「お久しぶりです、ジンさん」


 一人の紳士然とした老齢の男性――店主のジンさんと握手を交わす。

 彼は白髪をオールバックにして左右にピンと口ひげを伸ばしており、年齢を感じさせぬほどに背筋はしゃんとしていた。


「いやぁ、マサル様のおかげで稼がせていただいておりますよ……本当にありがたい限りでして」


 ジンさんは店名に自分の名前をつけるくらい自己顕示欲が高い人物だが、その腕はエミリアですら認めるところ。

 土地代が高いであろう目抜き通りに面している立地でも経営が回っているのは、彼のお菓子作りの腕と経営手腕の高さの成せる技である。


 俺は彼に頼む形で、この異世界で地球の洋菓子の再現をお願いしてもらっていた。

 といっても俺が作り方がわかるものなんてプリンとパウンドケーキくらいだしそこもかなりあやふやだったんだけど、そこは女子達が上手いことやってくれた。


 戦うのは苦手でもスイーツが苦手という女子は少なく、彼女達が熱意を持って試行錯誤をしてくれたおかげで、ついにドライフルーツを使ったパウンドケーキが製品化されたのである。


 おかげで売り上げががっぽがっぽらしく、以前あった時と比べても明らかにジンさんの期限がいい。


「さすが私……この調子であればすぐに支店を出すことも可能かもしれません……自分の才能が末恐ろしい……」


 めちゃくちゃ自画自賛しているジンさんに苦笑しつつも、ぺこりと頭を下げておく。


 俺が彼にレシピを渡したのは、アリステラでも美味しいスイーツが食べたいというのともう一つ、彼女達の面倒を見てほしいからということもある。


 女性のクラスメイトは合わせて六人ほどいるが、彼女達の中でLVを上げたり戦いを生業としたいと自分から手を上げたのは気合いの入っている工藤さん一人だけだった。


 となると、彼女達には働く場所が必要なことになる。

 けれどアリステラはわりと男尊女卑が強いというか、女性労働者の場合わりとセクハラとかも平気でされたりしてしまうため、Z世代である彼女達的にとても我慢ができる労働環境ではない。


「ふふふ……やはり流行の中心にいるのはいつも若い女性です。かわいい女性が接客をすればそれを目当てにやってくる女性が現れ、さらにそこから幅広い顧客を掴むことができる……」


 そう言って笑うジンさんが見ているのは、メイド服チックなこのお店の制服だ。

 あり合わせのメイド服にレースやらなんやらを足して、全体的にスカート丈を短くした、簡単に言えばメイドカフェのメイドさんのコスチュームのような見た目になっている。


 岸川さんの案で採用されたというこの服のおかげで、客足は採用以前より二割以上増えているらしい。

 制服を見るために冷やかしが来るだけでなく、制服を売ってくれという声まで上がっているんだとか。


「あ、店長、良ければ今度新作の焼き菓子の試作をしたいんですけど……」


「ええどうぞどうぞ、勇者様方のイノベーションは素晴らしい。もちろん当店のラインナップに正式採用された暁には、しっかりマージンはお支払い致しますので」


 その点ジンさんは良くも悪くも自分のことと自分の店のことにしか興味がないプロフェッショナルだ。


 おまけにこのお店は皇室御用達の看板を掲げているため滅多なことでヤバいお客さんも来ないし、彼女達も日本での知識を活かして忌憚なく意見を口にしたりできる非常に風通しのいい職場環境が構築されている。


 話を聞いてみると既に彼女達発案で複数の商品が採用されているらしく、たしかに以前来た時よりも売っている商品が美味しそうになっているのがわかった。


 ごろごろとしたアーモンドが入っているクッキーなんか、普通に日本と遜色ないレベルに見えるよ。


(以前エミリアと話していたようにゆくゆくは彼女達の誰かが店をやったり、あるいはジンさんのお店の支店なんかを任されたりするような未来が来るのかもしれないね)


 なんてことを考えつつ、皆に不満がないかなんてことも聞き取り調査をし始める。

 すると工藤さんがピシッと手を当てた。


「はいっ、そろそろうちも冒険がしたい!」


「えっと、もうちょっと待っててくれると。一応考えてはいるからさ」


「本当かぁ? 嘘つくなよな鹿角ぉ」


「ちょっ、嘘とか本当についてないから!」


 脇をつんつくする工藤さんの甘い香りに、思わず勢いよく後じさる。

 俊敏が高すぎるせいで、物凄い速度が出てしまった。

 ぶわっと周りの子達の前髪が浮くレベルである。


 基本的には調節できるけどこんな風に気を抜くとつい激やばステータスが表に出てしまう瞬間がある。

 凡人装い系やれやれ主人公力を演じるのは、俺には無理そうだ。


「とりあえず来週くらいになったら折を見て皆で行こうと思ってるから」


「えー……恩田とか下川とかと一緒にやんの?」


「もちろんそうだけど」


「男子の中にうち一人とか、絶対に嫌なんですけど」


「そんなこと言われても……」


 もしパワーレベリングをするのなら、不公平感が出ないように恩田君達とタイミングを合わせたい。

 でもたしかに男子生徒達の中で工藤さん一人という逆ハー状態だと、彼女は肩身が狭いかもしれない。

 ……工藤さんってそういうの、あんまり感じなさそうな気もするけど。


「と、とにかくその話はまた後でっ! それじゃっ!」


「あっ、逃げた! 待てよ鹿角ぉっ!」


 今は色々と各地を回って忙しいせいで、あまり適正な狩り場なんかも探せてない。

 少なくとも直近の最大の難所と思しき魔族との会合が終わったら、きちんと行うつもりだから、今は我慢してもらうことにしよう。


 こうして俺はそそくさと店を出てそのまま『自宅』のギフトを使ってグルスト王国へと向かう。


 あ、ちなみに未玖が同行していないのは、新しく帝国にやってきた人達の心のケアなんかもやってもらっているからだ。

 彼女には帝国の人達とクラスメイトの皆の間の潤滑油として頑張ってもらったりたまにエミリア陛下と話をしたりと、あちこちで動いてもらっている。


 そういったコミュ力強者にしかできないことは、彼女に任せることにしたのだ。

 だからその分、俺は俺にできることをしようと思う。

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