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未玖を王城に送り、俺はそのまま帝城へ。
今回はさっきと違い正門からは入らずに、ジョウントとシャドウダイブ、ダークオブザムーンを駆使してそのままエミリア陛下の居室へ向かう。
最初は会う度に帝城でいちいち手続きをしていたんだけど、細かい打ち合わせの度に毎回それをやっていては骨が折れるということで、俺限定で諸々をスキップして中に入る許可が出ているのだ。
ちなみに未玖がいるとダメでなぜか俺一人でという制約がついているが、その理由は謎だ。
魔道具の細かい性能も教えてもらっているため、ジョウントを使えば魔道具が発動することなく辿り着くことができる。
居室の前のドアに飛んでから、こんこんとノックをする。
反応がないのでそのまま入るとそこには……
「すぅ、むにゃ……」
机の上で突っ伏したまま眠っているエミリア陛下の姿があった。
ネグリジェを着ているが、その脇には大量の書類が積まれている。
私室ですら仕事をしているのか……ここまで多忙な陛下にわざわざ時間を作ってもらうというのは、なんだか申し訳ないような気分になってくるな。
「おやマサル様、お疲れ様です」
どうするべきか考えながら手前にあるソファーに腰掛けていると、ブランケットを持ってきた執事のトラクラさんがやってきた。
そのまま陛下の肩にそっとかけると、音もなく部屋を出る。
俺もそのまま彼についていくことにした。
部屋を出るとトラクラさんはそのままぴしゃりと腰を直角に下げ、
「すみません、陛下はお疲れのようでして。つい先ほどまでマサル様が来るからと張り切っていたのですが……」
「張り切って、あのネグリジェ……? いえ、大丈夫ですよ、また元気な時に来ますから」
「マサル様、一つだけ伝えておきたいのですが……」
トラクラさんは既に六十を超えているそうだが、未だ溌剌としていてその瞳はキラキラと輝いている。
彼はその瞳をこちらに向けながら、やさしく微笑んだ。
「この陛下のご様子をごらんになられても、会う頻度を減らそうなどとは考えないでください。陛下はマサル様の来訪を心待ちにしておられますので」
「はぁ、そうですか……」
なぜかはわからないが、俺はあの魔族を倒してからというもの、エミリア陛下に妙に気に入られている。
そもそも大国の皇帝相手に正式な手続きも通さずに会いに来ていいなんて、VIP待遇もVIP待遇、普通じゃあり得ない話だと思う。
そこまで何かをした覚えはないんだけどな……。
心の疑問が顔に出ていたのか、トラクラさんはそのまま顔の皺を深めながら、
「それはあなたが勇者様だからですよ、マサル様。エミリア陛下には対等に話のできる人間がほとんどおりません。ですが強力なギフトを持つというマサル様であれば、対等な付き合いができるかもしれない……恐らくですが陛下は、そんな風に考えておられるのでしょう」
「……そんな、流石に買いかぶりすぎですよ」
俺とエミリア陛下が対等?
ただ強くなっただけの引きこもりと女王陛下が対等なわけがないと思うんだけどなぁ。
なんにせよ、仲良くなってほしいというお願いなら別に断る理由もない。
エミリア陛下のことは嫌いじゃないし、それならこのまま定期的に彼女に会いに来ることにしよう。
これでクラスメイトの帝国移送は終わったから、次は残る王国のクラスメイト達の様子を確認してから魔族会議だ。
まだまだやることがいっぱいあるなぁ。
けどまあ、何もすることがないよりよっぽどマシだよね。
特にすることもないので、帝城ノヴァークの中を案内してもらいながら美術品巡りをすることしばし。
陛下の準備ができたと教えに来てくれたトラクラさんの案内に従い、俺はノヴァークの中にある庭園へと案内されていた。
既に外は暗くなっているが、魔道具であるランプが光を灯しているため、十分な明るさが保たれていた。
「さ、先ほどは恥ずかしいところを見せてしたな……」
「いえいえ、陛下がご多忙なことはよくわかっているつもりですから」
そういってぺこりと頭を下げるエミリア陛下。
寝顔を見られたことを恥ずかしがっているからか、陶磁のように白く滑らかな肌にはサッと赤みがさしていた。
先ほど見たネグリジェとは打って変わり、今の彼女は俺が初めて会った時のあのキリッとした女王様スタイルだ。
ただ先ほどあられもない姿を見ているおかげか、以前ほどの威圧感は感じなかった。
……これが、ギャップ萌え?(多分違う)
「俺が仕事を増やしちゃってますし、本当に気にしてないですよ。もしお疲れでしたら回復魔法とかかけましょうか?」
「む、それならお言葉に甘えさせてもらうとしようか」
回復魔法を発動させる。
陛下には力を見せているから今更な気がするけど、あんまり強すぎる魔法を使ってもあれかと思いとりあえずハイヒールを選択。
「くっ……これはっ……」
陛下の全身が光に包まれ、そして元に戻る。
「す、凄まじいな……身体が羽根のように軽い」
魔法をその身に受けたエミリア陛下の顔は、先ほどまでと比べるとずいぶんと明るくなっているように見える。
回復魔法だと精神的な疲労までは取れないけれど、肉体に蓄積されてきているダメージは治療が可能だ。
机に突っ伏して寝るような激務が続いていたし、身体が悲鳴を上げていたのだろう。
「ありがとう、マサル殿」
「いえいえ、これくらいでよければいくらでもやりますよ」
「そ、それなら定期的にお願いしてもいいだろうか? 正直なところ、うちの宮廷魔導師とも比べものにならないほどだ」
話をしているうちに恥ずかしさは消えたのか、陛下はいつもの調子に戻っていた。
彼女がパンッと手を叩くと、給仕の人達がテーブルの上にお菓子と軽食を並べ始める。
そういえばまだ夜ご飯を食べていなかったので、がっつり食べさせてもらおうことにしよう。
今日はお酒ではなく紅茶をたしなんでいる陛下と一緒に、白パンに色々な具材を挟んだサンドイッチを食べてお腹を満たす。
小腹を満たした後に食べる異世界印のスイーツは、相変わらず美味しかった。
エミリア陛下と定期的にお茶会をするようになって、俺は生クリームの偉大さを知ったね。
「ただ既にここまでレベルが高いとなると、スイーツ屋さんをやったりするのは厳しいかもしれませんね」
「何、マサル殿が店をやるのか?」
「ああいえ、俺のクラスメイト達が店をやったりするのはどうかな、と思いまして」
「む、なるほど、異世界の甘味か……たしかに気になるな」
既にお金なら十分すぎるほどあるので、俺が出資をして店をやるというのは正直なところありだ。
戦い以外でも転移者が有用なことも示せるしお金も稼げてまさしく一石二鳥だ。
「異世界にはどういうスイーツがあるのだ?」
「たとえばこういうケーキ一つを取っても、数え切れないほどの種類がありますね。上にイチゴ……フルーツをちりばめたり、ムースといって少し固めのクリームみたいなものやタルトなんかもありますし、あとカカオを使って少し苦味や深みのあるものがあったり」
「ほほぅ……面白そうだな」
「あ、あと和菓子なんかもありますね。お饅頭あたりならこの世界でもわりと作りやすいんじゃないのかな」
自分の頭の中にあるアイデアを出していくブレインストーミング感覚で、エミリア陛下にこちらの世界のスイーツ事情について説明していく。
こうして考えてみると、砂糖の高さに目をつぶれば、こちら側でも再現できるものは多いように思える。
戦いが嫌と言っている女子達にもできることが、見つかったかもしれない。
これは明日にでも、さっそく話を通すべきだろう。
「……殿、マサル殿、大丈夫か?」
「えっ!? ……あっ、はい、大丈夫です。ちょっと考え事をしていまして」
「なるほど、私も似たようなことになるから気持ちはよくわかるぞ」
どうやら一人で考えに没頭してしまっていたらしい。
薄く笑うエミリア陛下にこちらも軽く謝ってから、改めて茶会を楽しむことにした。
俺が地球の会話をし、エミリア陛下が帝国やこのアリステラの話をする。
もう何度目になるかわからないけれど、話していて話題が尽きることはない。
最初はおっかなびっくりだったけれど、今では陛下の勘所もある程度は掴めたように思える。
「この度は改めて、ありがとうございました。陛下が動いてくれて、本当に助かりました」
話が終わり茶菓子もちょうど食べきったというタイミングで、改めて頭を下げる。
つい忘れそうになっていたけれど、今日ここにやってきたのはこの感謝の気持ちを伝えるためだ。
「いや、いいのだ。帝国の……ひいては対魔王同盟のことを思えば、ここでマサル殿に恩を売ることには千金にも等しい価値がある。何かあった時は……ぜひともお願いするぞ」
「はは、お手柔らかに……」
そろそろ眠たくなってきたし、疲れているエミリア陛下のところに長くいてもあれだろう。 今日からは俺も、クラスメイト達が落ち着くまでは宿暮らしを始めるつもりだ。
皆が寝静まるより早く帰らなくちゃいけないので、そろそろお暇させてもらうことにしよう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
その場を去ろうとする俺に、エミリア陛下が声をかけた。
何かと思い顔を上げると、彼女は拳を握ったり開いたりしてから、覚悟を決めたような顔をしてこちらに視線を向けてくる。
「よければ一つ、頼みを聞いてくれないだろうか?」
「えっと……はい、自分でできることであれば」
「もしよければ私的な場では私のことを、エミリアと呼んでくれないか?」
「……」
もっと重ためなお願いかと身構えていたので、想定外の言葉に一瞬フリーズしてしまう。 だがちょっと冷静になって考えてみると、これもこれで結構重たい頼みな気もする。
けど……俺の脳裏に、先ほどのトラクラさんの言葉が思い浮かんだ。
ひょっとすると彼女は、寂しいのかもしれない。
帝国の皇帝として君臨する彼女の孤独を和らげる一助になれるのなら……。
それに本人が言っているんだし、問題はない……はずよね?
「わかったよ、エミリア……これでいい?」
「う……うむ! 良きに計らえ!」
タメ口で話したらなぜか畏まられてしまった。
それがなんだかおかしくて、プッと噴き出す。
するとそれに釣られて彼女も笑い、二人で笑いながら別れた。
なぜかはわからないが、気付けば私的な場ではエミリア陛下とタメ口で話すことになってしまった。
少し恐れ多い気もするけれど……その分なんだか彼女との心の距離が近づいた気がして、悪くはないと思う俺なのであった……。




