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諦めない少女と○○


【side 有栖川未玖】


 ――私達一年一組がこの世界に勇者として召喚されてから、早いもので半年の月日が流れていた。


 私達が転移してきたのは秋だったから、本当であればもう二年生に上がることができていたはずだ。


 けれど私達の時は止まったままで、元の世界に戻ることもできず、このアリステラで暮らしていくことを余儀なくされている。 

 表立って動くすら、できないまま……。




「聖女様、ありがとうございます!」


「いえ、お大事にしてくださいね」


 ぺこりと頭を下げる利発そうな男の子に、笑顔を向けながら手を振る。

 男の子は顔を赤くして、風のように部屋を出て行ってしまった。


「ふぅ……」


 魔法を使うのはMP的に問題はないけれど、精神的な疲労というのはどうしても溜まっていく。


 そして私の光魔法は傷や病気を治すことはできても、溜まった精神的な疲れを取ることはできない。

 魔法のある異世界といっても、案外ままならないものなのだ。


 グッと背筋を伸ばして、手を上に突き出すように腕を伸ばす。

 頬を優しく叩いて、気合いを入れ直す。


「それでは次の方、どうぞ!」


 私のギフトは『聖女』。

 これは簡単に言えば、光魔法の効果が増大し、習熟度が増しやすくもなるというギフトだ。


 光魔法には攻撃用のものが少ないため、私の純粋な戦闘能力はそれほど高くはない。

 けれどそれでも、問題はなかった。


 私の役目は勇者になって世界を救うこと……ではなく、聖女様として皆を癒やし笑顔を振り撒くことだったからだ。


 他の皆は盗賊退治や魔物討伐に向かいLVを上げているというのに、どうして私だけ……と、クラスメイト達を見ると理不尽を感じずにはいられない。



 なんでも聖女というのは王国において、勇者と同じくらいの高い価値を持っているらしい。


 王国が抱えている聖教において聖女は神の代弁者として伝えられていて、そのせいで私は人にあがめられたり傅かれたりするような日々を送るようになってしまった。


 光魔法の練習になるのはいいんだけれど、治す相手を自分で選ぶことすらできないというのはなかなかにままならない。


「はい、これで大丈夫ですよ」


 今回の患者の傷はかなりの重傷だったため、光魔法がLV6になってから解放されるオールヒールを使って患部を治してみせた。


「お抱えの光魔法使いも皆が匙を投げたというのに……聖女様、ありがとうございますっ!」


「いえいえ。光魔法で継いだ骨が元の骨と馴染むには少し時間がかかりますから、一週間ほどは絶対安静にお願いしますね」


 冷静に患部を観察し治療を終えた私は、以前より上がらなくなった口角を無理矢理上げて、顔に愛想笑いを貼り付ける。


 自覚はあるけれど、私は日本にいた時よりもずっと、笑うことがなくなっていた。

 当時どんな風に笑っていたのか、今ではもう思い出すこともできない。


「それでは次の方……」


 私は教会が選定した患者を呼び、再び光魔法をかけていく。


 こんな生活を続けてきたことで、私の光魔法は既にLV8にまで上がっていた。


 今は骨折であれば、それが複雑骨折だろうと陥没骨折だろうとたちどころに治すことができる。

 LVが9に上がれば部位欠損を治すことができるようになるという話らしいので、今の私の目標は一刻も早く光魔法のLVを上げることだ。


 本来ではあり得ない伸び率ということらしいけれど……私としてはまだまだ納得はいっていない。

 だって私は……勝君を生き返らせなくちゃいけないんだから。






 私も含めた一年一組の皆は、勇者用に新たに建てられたお屋敷で共同生活をしている。


 男子用と女子用で合わせて二つ建てられているんだけど、その位置はかなり宮殿に近く、他の人から見ると離宮か何かに見えているはずだ。

 建っている場所も、国王であるイゼル二世の私有地ということだし。


 外観から内装まで明らかにお金がかかっているのがわかり、私達が想像していた一般家屋とはかけ離れたとんでもなく豪華な仕上がりになっている。


 どうやら以前作ろうとして頓挫していた離宮の設計図やら石材やらを持ち寄って作ったものらしく、急ピッチで建設をしてくれたこともあって工期は一ヶ月もかかっていなかった。


 魔物被害がひどくてまともに食べることができないような人が出てきているというのにで、こんな下品なものを建てようとしていたという事実には、正直呆れるしかない(ちなみにだが私の国王や第一王女ミーシャへの信頼は、日々ストップ安を更新中だ)。


 屋敷へ戻り自分の部屋に帰ってきてから、堅苦しい修道着を脱ぎ捨てる。

 聖女のお勤めをしている間は、聖教の人間に仕立てられた専用の修道着を着なくちゃいけないのでとにかく肩が凝る。


 マッサージをしてから買ってきてもらったチュニックとズボンに着替える。

 時刻は午後五時半。

 今から夕食までのたった一時間が、今の私が本当の意味での自由な時間だ。


 そう思うと先ほどまで張り詰めていた気が、ふっと一瞬で抜けてしまう。

 姿鏡の向こう側にいる私が、その顔をくしゃりとゆがめるのが見えた。


「……勝君」


 ――結局勝君の行方は、半年経った今でもわからないままだった。


 私のたっての願いということで教会は動いてくれてはいるけれど、ただ聖女として人を癒やしているだけの私では、せいぜい数人を動かすことが関の山。

 各地から定期的に情報をもらってはいるけれど、今のところまったくと言っていいほどに進展はない。


 王国が本腰を上げて捜索に入ってくれれば話は変わったかもしれない。

 けれどそうはならなかった。

 ……あの国王はまともに、勝君を探そうとはしなかったからだ。


 そんなことは金の無駄だと、まともに取り合ってすらくれなかった。

 自分は美人の側室や妾を遊んで、好き放題放蕩三昧をしているくせに。


「勝君……」


 ミーシャが勝君は既に死んでいると断定しているのも悪い方に働いたんだと思う。

 状況証拠だけで勝君は召喚の際の事故で死んだと判断された。


 そして勇者召喚がそれほど危険なものであったという事実を隠すために、勝君の存在は最初からなかったことにされてしまった。


 三十一人いたはずの一年一組の集団転移。

 その結果異界からやってきた勇者の数は、合わせて三十名。

 それがグルスト王国が出した公式の見解だった。


 そして皆も、それに追随した。

 自分が正しいと信じて疑わない聖川君は、王様の心証を悪くするわけにはいかないと私を説得しようとした。

 御津川君は、他人に興味がないと不干渉を貫いた。


 クラスの中で、私だけが猛烈に抗議した。

 それでも、何も変わらなかった。


 ――皆が勝君の存在を抹消したあの日あの瞬間から、私はたった一人だ。

 一人ぼっちで、戦い続けている。


「勝、くん……」


 日本の頃に使っていたものと比べるとくすんでいる鏡に触れる。

 心の奥底から湧き上がってくる感情に、気付けば拳を握っていた。


 勝君の血まみれのパジャマを抱きしめながら慟哭したあの日、私の涙は涸れた。

 だから私はもう何があっても、泣いたりしない。


 今必要なのは、泣いて誰かに縋ることじゃない。

 そんな弱い人間に、私はなるつもりはない。


 必要なのは――強さだ。

 決して諦めず、最後まで己を貫き通すだけの、意志の強さだ。


「大丈夫、勝君。私は、私だけは……絶対にあなたのことを、忘れないから」


 ゆっくりと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから立ち上がる。


 どれほど考え事をしていたのだろう。

 時計を見れば、時刻は既に午後六時を回っていた。

 六時半からは夕食の時間だ。


 皆の前では、いつもの有栖川未玖でいなくちゃいけない。

 もし明日勝君がここにやってきても問題なく生活が送れるよう、彼の居場所を作っておかなくちゃいけないもの。


 少しだけ赤くなった目を水で冷やしてから部屋を出る。

 去り際、姿鏡に映る自分を見つめると、その姿はいつもの有栖川未玖にきちんと戻っていた。

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