エミリア女帝の憂鬱 後編
あとがきに大切なお知らせがあります!
ぜひ最後までご覧ください!
【side エミリア】
マサルの第一印象は、そうだな……いかにもひ弱そうな少年、といったところか。
グルスト王国の特使を名乗る彼はあまりにも頼りなく、その隣にいる女性の方がよほど強かそうな気配を出している。
けれど話をしているうちに、私はマサルの異常性に気付いた。
彼は私に頭は下げる……だが、それだけなのだ。
本来であれば抱くような敬意、下手をすれば一族郎党を皆殺しにされるのではといった恐怖……本来皇帝と謁見する際には抱くであろうそれらの感情が、マサルからは完全に欠落していた。
王を王とも思わぬ人物。
なるほど勇者のことの真偽はおいておくとして、彼は危険だ。
下手をすればグルストの破壊工作の線も考え、私は子飼いの密偵を派遣した。魔力感知すらもすり抜けられる、我が国一流の諜報員達は……しかし全員が、任務を果たすことができなかった。
マサル達は気付けばどこかに消えていき、そして気付けばまたどこかに現れているのだという。
諜報員が出してきた報告から推察できることは、彼が時空魔法の使い手……それも極めて技能レベルの高い達人ではないだろうかというのが私の見立てだ。
時空魔法使い自体は、我が国にもある程度の数がいる。
けれど彼らはせいぜい、アイテムボックスを使って荷物持ちができるようになる程度。
遠くの場所に一瞬で転移する瞬間転移の魔法を使うことができるような人間は皆無である。
というかそのレベルで時空魔法を使える人間など、有史以来果たして何人もいない。
寓話で語られる大賢者やかつて終焉を払ったとされる大魔導師、瞬間移動を使えるのはそういったいるかもわからない伝説上の人物ばかりである。
彼の持つ力を理解したことで、私は方針を変更することにした。
マサルが勇者であることも、もはや疑う必要もないだろう。
それだけの力を持っているのならそんなすぐにバレるような嘘をつく意味がない。
(欲しいな……)
マサル・カヅノは危険だという思いは一層強くなったが、彼が極めて得がたい人材であることもまた事実であった。
正直なところ瞬間移動の魔法の使い手は喉から手が出るほどほしい。
その規模のほどは知らぬが、時空魔法の高レベルの使い手は極めて強力だ。
時空魔法のレベルが上がれば上がるほど、アイテムボックスに収容できる量も増えていく。
それが一体どれだけのことか!
砦で籠城をする兵達の下へ支援物資を届けるのは至難の業だ。
砦を囲む兵達の間をくぐり抜けさせることは不可能であり、結果として彼らを助けるためには外にいる魔族達を倒すための戦力をぶつける必要がある。
けれどもしマサルであれば、その問題を一瞬のうちに解決できる。
彼が砦の中に直接転移して、物資を補給してしまえばいいからだ。
彼の存在は、現在行われている魔族との防戦一方の戦いを根幹から一変させるだけのインパクトがある。
危険なことは承知な上で、私はそれでも彼の力を利用したい。
あちらはグルスト王国の勇者を帝国に連れてきて保護したいようだが……正直マサルの力が手に入るのであれば、多少王国と揉めようが十分におつりが来る。
故に私は自分を最も高く売ることができるタイミングで、あちらの要求を飲むつもりだった。
……しかし彼の力は、私の想定のはるか上を行っていた。
なんとマサルは我が城の中に潜伏していた魔族を見事見つけ出し、そして私の目の前で倒してみせたのだ。
魔族の中には変装に優れた種族もいるのは知っていたが、まさか王城の中まで入れるほど能力が高いとは……もし気付かぬまま数年も過ごしていたと思うとゾッとする。
下手をすれば魔族の牙は、私の喉元に届いていたかもしれない。
けれど、そうはならなかった。
彼に言われるがまま外に出れば、あれよあれよという間に全てが終わったからだ。
突如として上空に現れた魔族とマサル、そして魔法を連続して放つ空中戦に地上に降りてからの捕縛。
赤子の手を捻るように魔族を倒すその手腕は、正しく物語の中に出てくる大賢者のようであった。
彼が使うことができるのは空間魔法だけではない。
マサルは雷魔法に関してもかなりの使い手だった。
世界広しといえど、ライトニングで魔族を倒すことができる雷魔導師は彼だけだろう。
……下手をすれば、レベル10までいっているのではないか?
ありえないことだとわかっているが、そんな風に考えてしまうほどに強力な魔法だった。
訂正しよう。マサルを引き込めるのならおつりが来る……どころではない。
恐らく今後……マサルの存在が戦の趨勢を決めることになるだろう。
たとえ私が頭を下げようが、彼を味方に引き入れるべきだ。
私は魔族の捕縛後すぐに、彼の願いを全て聞き入れることにした。
彼の願いがあまりにも控えめなのは、我が国にとって果たして幸いなことなのだろうか。
なんとしてでもこの国に根を下ろしてもらいたいものだが……何か手はないものか。
別に私が立候補してもいいのだが……二十五を超えた私は世間で見れば行き遅れの類い。マサルが興味を示すようなことはないだろう。
となると貴族家の人間達から嫁候補を募らせるか……。
けれどマサルやその恋人であるミクの不興を買わないようにしなければならない。
焦らずじっくりと取り組んでいくことにしよう。
彼らにとって大切な勇者は、我が国が丁重に出迎えることになるのだから時間はある。
マサル達の人となりを知るためにも、ゆっくりと進めていくのがいいだろう。
まずは明日あたり、茶会にでも誘ってみることにしよう。
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