エミリア女帝の憂鬱 前編
【side エミリア】
神聖エルモア帝国。
かつてはこのエルデンウッド大陸の全てを手中に収めていたとされる由緒正しい歴史ある国。
その国王として君臨することが私の仕事だ。
エルモアは比較的男尊女卑のない国ではあるが、それでも女王の数はさほど多くはない。
おまけに私が支持基盤を盤石にするためにも、色々と苦労があった。
幼い頃から、私は先王であるお父様からかわいがられてきた。
自分の容姿が優れていたから……ではない。
お父様はそんなもので目を曇らせるほど、愚かな統治者ではなかった。
私がお父様から直々に手ほどきを受けるようになったのは、純粋に自分の子供達の中で、最も私の能力が高かったからだ。
「ジゼルは平時なら賢王としてたたえられただろう。だが昨今の情勢では、やはり荒事に秀でた人間でなければ難しい。ドロテアが優しかったからか、私の子供達はどうも争いごとが苦手な子が多くてな……」
私は一度、お父様からそんな風に弱音を吐かれたことがある。
私の目の前で彼が弱音を吐いたのは、人生でたった一度。
だからそれ故に、強く印象に残っていた。
強く在れ。
私は父が臨んだとおりの、強き王になることを誓った。
神聖エルモア帝国の国力は、他国と比べると高い。
けれど帝国は他国を侵略しない。なぜかと言われれば、その理由は二つ。
まず第一に、神聖エルモア帝国にとって今の大きさがちょうどいいため。
以前、まだ帝国が大陸を股にかけた大国だった頃、王の目は隅々まで行き渡っていなかった。
結果として各地の勢力が独自の戦力を持ち始め、結果として分離独立に繋がっていったという経緯がある。
今力任せにグルスト王国を始めとしたいくつかの国を併合すること自体は、問題なくできるだろう。だがそんなことをしても、管理が行き届かなければ意味がない。
それなら国家経営はある程度コンパクトにまとめてしまい、帝国の経営に専念した方がよほどマシなのだ。
そして二つ目に、人間同士で争っているような暇がないということもある。
我らの北の領土は、魔族達が暮らしているとおぼしき魔境と地続きになっている。
おぼしき、というのはその先にあるのが深い森や断崖絶壁なせいで、私達自身の目で直接確認することができていないためだ。
魔族には非常に好戦的な者が多い。
もちろん中にも例外はあるけれど、少なくとも私達が今まで接してきた魔族達はほとんどが話のできないような者達ばかりだった。
魔族達は損得など考えず、ただその力を振るい凶悪な被害をもたらす。
彼らへの対応に忙しい私達に、人間相手に何かをしている余裕なんてほとんどないのだ。
だから私はとある報告を聞いた時も、努めて何もなかったかのように振る舞うことにした。 たとえそれによってどれだけ怒りを覚えていたとしても、だ。
――グルスト王国が代々口伝で伝えられていた、勇者召喚の儀を行った。
他の人類国家に何一つ断りを入れずに、だ。
あの国に勇者召喚のやり方に関する書物が残っていること自体は知っていた。
けれど私はそれをさほど問題視はしていなかった。
勇者召喚とはおとぎ話の類い。最後に行われたのも、伝承にしかないようなはるか遠い昔の話だったはずだ。
だから私はそれほど前の定かでもない情報を信じてはいなかった。
――勇者召喚の儀が成功したという、その報告を耳にするまでは!
下手に波風を立てないよう、人類皆で協力し合わなければいけないこの時に、あの国は一体何をやっているというのか!
グルスト王国は我が神聖エルモア帝国といくつかの未開拓の領域を挟んで接している中規模の国だ。
前王はまだマシだったが、最近になって王位を継いだイゼル二世はかなりのぼんくらだった。
以前は行ってくれていたはずの支援を出し渋ったりと、協力的な姿勢がまったく見られないのにはイラついていたが、今回ばかりは私も限界を超えそうだ。
恐らくグルストは、対魔族の人類連合の旗頭になろうとしているのだろう。
私達が抜かれればそのまま魔族達が自分達の国を襲うということは、まったく考えもしていないらしい。
勇者を効果的に運用してくれるというのなら、別に主導権なんぞくれてやっても構わない。
彼らの東部の領地はある程度魔境と接している。そこを攻略しそのまま東進してくれれば、私達が争っている魔族達の側面をつくことができるしな。
だから主導権争いをしている暇があるなら、さっさと戦線を押し上げてくれと思うのだが……彼らは勇者をたった一人を除いて前線に派遣せずに、大切に子飼いにしていた。
一体なんのために勇者を召喚したのか。
意味がわからず困惑していたが、あまり派手に動くつもりもなさそうなので、私は一旦全てを棚上げにすることにした。
そして再び魔族を相手取る準備を行い始めた頃……私の下にある来客があった。
やってきたのは、三十人呼び出されたはずの勇者の三十一人目を自称する謎の男。
聖教の聖女であるミク・アリスガワを引き連れた彼はその名をマサル・カヅノといった。
そしてそれが、今後も付き合いの長くなるマサルとの、最初の邂逅であった。
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