反応
俺達は神聖エルモア帝国の皇帝であるエミリア陛下と、再び謁見することになった。
特別大使という役割は、何度も使えるようなものではない。
あまり派手に動きすぎて王国に気付かれたら色々と面倒なことになるしね。
なので今回で、しっかりと話を決めきるつもりだ。
彼女からすると、話し合いはあの一度で終わっていると考えているらしく、謁見の申し出をしてから会えるようになるまでは、十日近い時間が必要だった。
そして呼び出されたのも、以前話をした謁見の間ではなく、帝城ノヴァークの一室だ。
「今回はあくまでも非公式な会見、ということになっています。二人からしてもその方が都合がいいでしょう?」
「ご厚情に感謝を」
軽く頭を下げながら、今一度状況を整理する。
俺達の現在の目的は、勇者達を帝国側で受け入れてもらうことだ。
このままグルスト王国に留まっていれば、クラスメイトの皆が危ない。
未玖を暗殺しようとするようなやつが内部にいるし、なんせ王様はあの馬鹿王イゼル二世は勇者達のよってそう遠くないうちに使い潰されることになる。
もちろん帝国に亡命したところでどうなるかはわからないけれど、王国にいるよりはずっとマシなはずだ。
現状、俺達の取れる手立ては多くない。
陛下にダンジョンを踏破したなどといっても信じてもらえるとは思えないし、『俺達強いですよ!』と騎士団相手に戦闘能力を見せつけたところで、そんな脅迫じみた真似が上手くいくとは思えない。
それをなんとかするために俺が持ってきた手札。
こいつが上手いこと効果を発揮してくれるといいんだけど……。
「陛下、単刀直入に聞きたいのですが。俺達が王国と険悪になるリスクを負ってでも必要な人材だと認めていただけることができれば、ご助力をお願いすることはできるでしょうか?」
「それは――確約は致しかねます。以前も言いましたが、今は人間の国同士で争うだけの余裕はないのですよ」
「では争いにはならないようにしてみせます」
「もし戦争になったらどうします?」
「そうならないように最善を尽くします。俺達には――それができるだけの力がありますので」
「ほぅ……そこまで言うのなら、見せてみてください。あなた方勇者の、可能性とやらを」
どうやら既に、俺達の正体が勇者であることには気付いているようだ。
まあここまで必死になって勇者達を亡命させようとしてれば、そりゃあ気付くよね。
もっとも、さすがに俺も未玖も死んだとされているということまでは知らないだろうけど。
それでもやることは変わらない。
用意していたカードを切るタイミングは、今をおいて他にない。
「俺達がどれだけやれるのか、デモンストレーションで示すことができたらと思うのですがいかがでしょうか?」
「いいでしょう、騎士団長でも呼んでくればいいですか?」
「いえ、陛下の許可さえいただければ、この帝城に巣くう悪魔を相手に力をお見せいたします」
「帝城に巣くう……悪魔?」
こてんとかわいらしく首を傾げる陛下。
そうやってしていると普通のかわいらしい女性に見え……っていたたたたっ!?
隣を向けば、俺のお尻をつねりながら満面の笑みを向けている未玖の姿があった。
色目を向けたりしたわけじゃないのに……判定がちょっと厳しすぎないかな?
えへんと咳をして、気を取り直してから告げる。
「はい、陛下。実はこの城に――魔王の手先が入り込んでおります」
俺の魔力感知は人と魔物、そして魔道具を区別することができる。
そして俺は以前、帝城で魔物の反応と人間の反応を同時にさせている何かを見つけた。
この正体には、既に予測がついている。
恐らくこいつは、帝城に潜伏している魔族だろう。
人と魔物両方の特徴を併せ持っているとなると、それしか考えられない。
魔族は全員が優れた魔法の使い手だけど、個体差もかなり大きいらしい。
恐らく帝城にいるのは、隠密や擬態なんかに特化している個体なんだろう。
魔力感知で反応を確かめたところ、魔力量はリッチより多かった。
エルダーリッチを倒しまくっているので麻痺しているけれど、普通の冒険者では束になってかかっても倒せないくらい強力な反応だ。
こんな化け物を帝城の中に野放しにするわけにはいかない。
というわけで俺達は陛下の許可を得て、早速動くことにした。
陛下と未玖には帝城にある練兵場で待機してもらい、護衛兼監視の騎士に連れられて王城の中を回る。
まずは魔力感知を使い、対象の居る場所を探ることにした。
風魔法と違って魔力のない反応は探れないし対抗策もいくつかあるらしいけど、その分相手に気付かれにくいというメリットがあるからね。
今はウィンドサーチよりこっちの方が有用だ。
魔族らしき反応は、使用人達にあてがえられた一室にあった。
俺はその部屋へとずんずん突き進んでいき、そしてノックをする。
「一体どちら様でしょうか?」
がちゃりとドアを開けて出てきたのは、一人のメイドだった。
頭から角が生えているわけでもなければ、肌が青色だったりするわけでもない。
どこからどう見ても、ただのメイドにしか見えない。
ただ魔力感知は間違いなく、彼女が魔物だと示している。
なので俺はこいつで合っているのかという騎士に軽くうなずくと、ガシリと彼女の手を握った。
そしてそのまま、魔法を発動させる。
「ジョウント」
瞬間、視界が切り替わる。
やってきたのは……練兵場の上空二キロ地点。
眼下にはこちらを見上げているエミリア陛下と未玖の姿が見える。
さて、俺の推測が正しければ――。
「……」
俺と一緒に落下していくメイドさん。
高空から落下していても、まったく声を上げることはない。
そこまで怖がっている様子もなかった。
このままいけばそう遠くないうちに地面に激突し挽肉になるというのに、いやに落ち着いている。
その様子を見て俺は、自分の推測が間違っていないと確信した。
先ほどまでただの人にしか見えなかったメイドさんは目を見開きながらこちらを見つめると――そのままこちらに襲いかかってきた!