その名は
ここから先、神聖エルモア帝国と記されている看板を超えると、そこは明らかに異国であった。
まず最初に感じたのは、街道への力の入れようだ。
グルスト王国では街道は以前、まだ王国ができるより前にできたものをだましだまし使っていた。
けれど神聖エルモア帝国の街道は明らかに補修がなされており、コンクリート舗装とまでは行かなくとも切り出した石を丁寧に敷き詰めて作られていた。
「これ、王国そもそも相手になってないよね?」
「戦争したら、帝国があっという間に王国を蹂躙しちゃいそうだよね」
未玖の言葉に頷きながら、はるか先まで続いている石道を見つめる。
魔物被害があり人間同士で結束しているから地図が今の形になっているだけで、もし魔物の恐怖がなくなったら王国なんてぺろりと平らげられてしまうだろう。
王国は帝国に領土的野心がないからあぐらを掻いているのか。
ただ帝国の方も、戦争をするつもりがないのにどうしてこれほど街道をしっかりと整備しているんだろう……それだけ国力の差があるってことなんだろうな。
細かく越境を監視してはいないらしく、国をまたいでも即座に兵が飛んでくるということはなかった。
俺達は最寄りの街には立ち寄らずにそのまま抜けていき、最西の街より一つ東に行ったパイラネルの街に入ることにした。
そっちの方が国境沿いの街より監視は緩いかな、と思ってね。
素人の浅知恵だけど、案外こういうのの積み重ねが後になって効いてきたりするものさ。
中へ入るとまず最初に厳重なボディチェックをされた。
ただ王国と違い色々な思想が発達しているからなのか、未玖のボディチェックを担当するのは女性兵士だった。
ちなみに俺はスケルトンナイトの剣を、未玖はスケルトンプリーストの杖を手にしており、身に付けているのは道中仕立ててもらった革鎧だ。
下手に目立つつもりもないので、大した素材も使っていない安物をそのまま身に付けている。
「帝国には何しに?」
「もちろん、仕事を探しにさ。冒険者は帝国に来れば食いっぱぐれないと聞いてね」
俺の言葉に真面目そうな顔をした衛兵が頷いた。
王国と帝国では、国土が何倍も違う。
つまりはそれだけ多くの場所を魔王領と接しているということであり、戦端の数も規模も王国とは桁が違うということでもある。
「たしかに冒険者は食いっぱぐれないぞ。前線で生き残れるなら引退できるくらいの金はすぐに稼げるし、そうでなくてもただでさえ人手は足りていないからな」
衛兵の言っていることは誇張ではない。
帝国は王国より、冒険者をはるかに優遇しているからだ。
俺達はそれを、パイラネルに入ってすぐに知ることになる――。
「泊まってくれた冒険者には、特別サービスで水桶を無料で提供するよ!」
「おっ、あんちゃん達冒険者か。どうだい買ってかないか、サービスするぜ?」
俺と未玖は、しきりに声をかけられる現状に驚きながら顔を見合わせる。
基本的に冒険者というのは、治安の悪化を引き起こしかねない荒くれ者達だ。
そのためグルスト王国において、冒険者というのはあまりいい顔をされない。
生活のために必要だからいるのは仕方ないが……という感じで複雑な視線を向けられることもしばしばだった。
けれどどうやら神聖エルモア帝国では、そうではないらしい。
「すごい歓迎されてるみたいだね」
「うん……不思議な感覚だ」
とりあえずまずは情報収集に努めることにした。
すると帝国の、王国とは全然違う事情がある程度わかるようになっている。
国境を越えて動くことができる冒険者というのは、いわば他国から持ってこれる戦力兼肉壁だ。
治安維持の問題はあるが、それも前戦に送ってしまうのならあまり関係はない(冒険者関連の補助金のシステムなんかもあるようで、街全体が冒険者に優しくしているのも、治安維持には一役買っているみたいだ)。
帝国では前線に向かう冒険者の報酬がエグいことになっている。
大金が稼げるなら、冒険者達は死地に飛び込んでいく者も多い。
そのため帝国では、一稼ぎしてから冒険者稼業を引退して始めた店屋というのがかなりの数存在していた。
見ると露店には強面のおっさん達や古傷を持つ者も多く居る。
強面のおっさんのやっているクレープ屋や、隻腕の女性がやっている宿屋等々……面白いのは、王国とは違って純粋な人族以外の人達も多いことだ。
基本的にグルスト王国は、単一の人間種によって作られた国家だ。
けれど神聖エルモア帝国にはエルフやドワーフといった亜人が数多く存在している。
そこら中に獣の耳をつけた獣人達がいるし、トカゲのような顔をした蜥蜴族なんて種族もいた(ちなみに彼らにリザードマンに似ていると言うのは禁句らしい。どうやら人間で言うところの、猿と同一視されるような感じらしい)。
帝国は王国とは違い、実力があれば種族には関係なく重用する気風がある。
他国に居る力のある冒険者達も、最終的には待遇のいい帝国に集まってくるらしい。
「でも逆に、これだけしないと勝てないってことでもあるよね……」
「魔王軍って、一体どれくらい強いんだろう……」
自分達へと扱いが良くなったのは素直に嬉しい。
けどそれは裏を返せば、魔王軍というのは王国なんてプチッと潰せるような巨大国家がここまでなりふり構わなければ勝てない相手と言うことでもある。
今後のことを考えて少し暗い気持ちになりながら、一度宿に戻ることにする。
北へ行って一度前線を確認してもいいかもしれない……そんな風に思いながら夕ご飯を食べていると、真剣な表情で考えていた未玖さんが顔を上げた。
「勝……もしよければ、一度王国に行けないかな? 御津川君に話をするのもそうだけど、もしできるようなら王国に連絡を取ってほしい人がいるの。その人は――」
彼女の口から出てきたのは、俺の知らない、けれど重要人物であることがすぐにわかる人物だった。
「アリシア・フォン・グルスト……グルスト王国の第二王女よ」
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