表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15

6 エドモンは城を追われて魔物の化身となる

 翌朝のベッドで寝息をたてるジュリーを、彼女の夫デズリーと、治癒師のカランが見守っている。ランドは昨夜の出来事をその2人に話してあった。


 ランドは、エドモンに突きとばされたジュリアス男爵を介抱し、ジュリアスと協力してジュリーをこの寝室まで運んでいた。そのジュリアスは、いまは二日酔いと打撲で自室に寝込んでいた。


 カランの診断では、ジュリーの体内の病毒はとくに増えていないという。エドモンに再感染させられる前に阻止できたようだ。しかし――。


「この屋敷で療養していたら、エドモンがいつまた接触しようとするかわかりません。警備の厳重なサイジュベル城に、奧さんと避難されてはどうですか」


 ランドは、夫のデズリーにそう提案した。


 カランも、ランドと同じ意見だった。


「わたしは、サリーお嬢さんの目の治療で雇われています。ジュリー奧さんの看護のため、デズリー邸にとどまっているわけにはいきません」

 

「わかりました。侯爵の庇護をうけられればありがたいです」


 デズリーは、商売を部下にまかせサイジュベル城に避難したい意向だ。


「あの――」サリーが寝室の戸口にすがりつくように立っていた。「エドモンが……お兄さまがお姉さまに接触したというのは本当ですか」


 ――しまった。耳ざといサリーに立ち聞きされたらしい。ランドは自分のうかつさを悔やんだ。


 正確には、ジュリーがみずからエドモンに会いに出かけたのだ。サリーはエドモンをかばっているふしがある。ここは事実を話すべきだとランドは判断した。


「本当です。わたしは、月明かりに照らされたその男の顔を見ました。お姉さんが浜辺で会っていたのは、間違いなく、あなたの義理の兄のエドモンでした」


 エドモンと鉢合わせたジュリアス男爵もそれを認めているのだ。


「嘘です」サリーの目に涙がたまっている。「そんなの信じません」


 サリーが廊下に消え、荒あらしく階段を上がる音が続いた。


 サリーとエドモンにはなにか関係があるのではないかとランドの疑いは高まった。警備の厳重なサイジュベル城にエドモンが忍びこめたのも、サリーが城内に手引きしていたからではないか。その場合には、こんどこそエドモンを取りおさえてやる。ランドはそう決意した。


「おや、奥さんが目を覚ましたようです」


 カランがさっそく診察にあたった。ジュリーはまだぼんやりしているようだが、カランの問診に受け答えできるまでに回復していた。


 ランドは、エドモンとの密会めいた行動についてジュリーにたずねた。


「深夜にエドモンと会っていたというんですか。そんなはずがありません」


 そう否定したジュリーがとぼけているようには見えなかった。なにも覚えていないらしい。浜辺に向かうジュリーの足どりは夢遊病者のようだった。


 デズリーは、妻の言葉を信じていいか迷っているらしかった。義理の兄との密会など思いもよらないのだろう。


 朝食のあと、2台の馬車に分乗してサイジュベル城に向かった。ランド、ジュリアス男爵、カランの乗る馬車のうしろに、サリーとデズリー夫妻の馬車が続いた。ランドのふところでは、チビットがもぞもぞ動いている。


 昨夜、チビットはサリーの寝室の天井で張り込んでいた。サリーに変わったことは起らなかったとランドに報告している。


 昼食は途中の馬車宿ですました。その席で、カランが、目の治療に必要な『癒しの水』が足りなくなったと言いだした。それを調達してサイジュベル城に向かうから先に行ってほしいという。


 それはサリーに処方し、彼女の目が光りに反応するようになったあの液体だろうとランドは察した。身分の詐称を見破られたくないランドにしても、カランが別行動をとるなら、それにこしたことはない。


 一行は馬車宿にカランを残して出発した。馬車の走る街道ぞいの森のかなたに、マディラ山の陥没した山容がのぞいている。3か月前に噴火した山はいまだに噴煙をたなびかせていた。


             サリー・サイジュベル


 馬車にゆられながら、その想いはエドモンにあった。


 エドモンとお姉さまが密かに会っていたなんて、でたらめもいいところだ。ランドール伯爵はエドモンに間違いなかったと言っていたけれど、そう断言できるほど伯爵はエドモンを見知っていない。


 ジュリアス男爵はサイジュベル城を何度もおとずれていて、エドモンとは面識がある。けれど、夜道でぶつかった相手の顔をはっきり見ていないはずだ。男爵の見間違いに決まっている。


 たとえエドモンだったとしても、密会だったはずがない。あの夜のお姉さまはふらふらと歩いていたという。眠りながら歩行する病気があるそうだ。『枯れ死病』の後遺症でそんな症状があらわれたに違いない。


 エドモンは、ふらつきながら海に向かうお姉さまを見つけ保護しようとしていた。それを逢引きだなんて、下世話な言いがかりだ。


 誰がなんと言おうと、わたしはエドモンを信じます。


 わたしの肩に、お姉さまの頭がもたれかかってきた。治癒師の治療によって、お姉さまの病状は快方に向かっているという。それでも、体調はまだ万全じゃないのだろう。このまま完治してほしい。


 あの治癒師の腕は本物のようだ。そのぶん治療費も高い。お姉さまの夫は、治癒師の請求額を工面できるだろうか。お父さまに金銭援助をお願いしたほうがいいんじゃないだろうか。


 治癒師は、わたしの目の治療には『癒しの水』が必要だと言っていた。その薬にも費用がかかる。わたしは光りを感じられるようになったけれど、お姉さまの病気を治すほうが先だ。わたしのために大金を使わないでほしい。わたしは今のままでなんの不自由もないのだから。


                  *


 馬車宿で用事をすませたカランは、乗馬を借りて『癒しの森』に向かった。森にかかったエルフの結界魔法をやぶり、人間の目にはうつらない『妖精の小道』を進む。異変はすでにあらわれていた。


 小道の左右の樹木がすっかり枯れていた。灰をかぶって黒く変色した腐葉土を、乗馬の足が踏む。すえた臭いがあたりにたちこめている。


 カランは木に馬をつなぎ、枝だけになった藪にわけいった。『癒しの水』の採水地の岸辺に出て、カランは愕然となった。かつて泉がわいていた場所には、ひびわれた岩床が広がっているだけだった。


 もしやと思っていたが、実際に泉が涸れているのを見ると、自分の目が信じられなかった。今まで一度だって涸れたことはないのだ。


 これもマディラ山の噴火が原因なのかもしれない。マディラ山からこの森には、常に風が吹きおろしている。森に広がる腐葉土に大量に混じっていた灰は、そのときの火山灰に違いない。


 カランは、ふところから取りだした『癒しの水』の小瓶を見つめた。四分の一ほどしか残っていない。どうしたものかと思案にくれた。


 ようやく、うなずいた。『癒しの水』を水増ししよう。目の治療にはそのぶん時間がかかるが、このさいそれはしかたない。


                  *


 サイジュベル城の城門を馬車がくぐると、ランドはすぐ下車した。出迎えた門衛に、門の出入り状況についてたずねた。


「魚と野菜の行商人が来て、帰っていっただけです」


「そうか。見知らぬ人物はもういっさい通すな。扉のかんぬきは閉めておけ」


 ランドは門衛にそう念をおした。


 ランド、サリー、デズリー夫妻、それにジュリアス男爵は中庭を城館に向かった。玄関ホールに入ると、サイジュベル侯爵が大階段をおりてきた。ジュリーが1人で歩いている姿に、侯爵の安堵はひとしおの様子だ。


「カランって治癒師が3時間あまりでジュリーさんの病気を治したんですよ」


 ジュリアス男爵がそう伝えると、サイジュベル侯爵が感激に身をふるわせた。


 あとでたんまり治療費を請求されるだろうとランドにはわかっていた。


 ランドは、ジュリーを『枯れ死病』にしたのは、エドモンの吹きこんだ毒が原因だったとカランの診断を説明した。デズリーとジュリーの夫妻を城で保護したいと頼むと侯爵はすぐに承知した。


「エドモンが城内に侵入できないよう戸締りを厳重にしてください。城の兵士も各所に配置しておいたほうがいいでしょう」


「あいわかった」とサイジュベル侯爵が意気込む胸をそらした。「エドモンにはやはり魔物の血が流れておったんだな」


 いえ、とランドの見解は違う。


「領内に『枯れ死病』がはやりだしたのはここ最近です。エドモンがこの城で暮してきた4年間には流行していません。『枯れ死病』の大もとになった魔物は別にいるんです。エドモンは、城を追放されたあと、その魔物にとりつかれたんじゃないでしょうか」


「わしにはあいつが大もとに思えるがね」


 侯爵は、サリーに手を出したエドモンに心証を悪くしているようだ。


「それでは」とランドは反論した。「エドモンの魔性の血は、彼の母親のアディラさんから受けついだというんですか」


 サイジュベル侯爵がうなり声をあげて言葉につまった。


「閣下とアディラ夫人とはかつて結婚を誓いあった仲でした。身分の違いがその2人をひき裂きました。しかし、19年の時をへて、こうして再びむすばれたんでしょう。その恋女房が魔性の女だったというんですか」


「そうは思いたくない。では、諸悪の根源が別に存在するのだな」


「わたしはそう考えています。エドモンは何者かにあやつられているんです」


「あいわかった」サイジュベル侯爵がランドの両手をつかんだ。「わしは心強い味方をえた。ランドール伯爵、ともにその魔物と戦おうぞ」


 ランドはいつしか魔物退治を引きうけることになっていた。チビットとゴーラとも、あとで相談しないといけない。


 イエイツ司祭はどうしているだろう? ランドはサイジュベル侯爵にたずねた。


「司祭なら昼過ぎに教会に帰ったよ。いつまでも教区を留守にできないそうだ」


 『枯れ死病』の脅威が城に迫っているのを恐れて逃げだしたんじゃないか。ランドはそう疑ったが、足手まといがいなくなったのは助かった。


 自室にはゴーラが待っていた。ランドは、ふところから這い出したチビットをまじえ、作戦会議を開いた。まずは自分の見解を話した。


「じゃあ」とチビットが口を開いた。「エドモンをあやつって『枯れ死病』をまきちらしてるやつが別にいるわけね」


 ランドはうなずいた。「エドモン単独の仕業じゃないと思うんだ」


「だったらなんだな」とゴーラが疑問をはさんだ。「その病毒を体内にもっているエドモンは、どうして平気でいられるんだな」


「それはわからない。エドモンが魔物にとりつかれたさい、なにがあったのか、その経緯はわかっていないんだ」


「いずれにしろ」とチビット。「エドモンは、ジュリーを再感染させようとして失敗している。また狙ってくるはずよ」


「ジュリーだけじゃない。エドモンは、妹のサリーの寝室にも侵入している。サイジュベル姉妹の2人とも警戒する必要がある」


 ランドはサイジュベル城の警備を厳重にさせた。魔性の存在と化したエドモンが、いかなる手段で城内に侵入してくるかはわからない。今夜は、サイジュベル姉妹を同時に見張る必要があると意見が一致した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ