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3 仮面舞踏会に鎧武者のゴーストが現れる

 カラン・セシル・ヴァールが、サリーの目の治療のためサイジュベル城をおとずれた。カランはランドの一行(パーティ)を見知っている。ランドたちの正体を見破れば、懸賞金の30000ゴールドを目当てに、ハイランド王国に密告するだろう。そのカランが、今宵の舞踏会に参加するという。


 ランド、チビット、ゴーラは自室に戻って相談しあった。


 イエイツ司祭は、自分は踊れないからと昨夜のうちに辞退を表明していた。ランドたち全員が不参加ではおかしいだろう。


「サイジュベル侯爵に、仮面舞踏会を提案してみたらどうだろう?」


 ランドはそう切りだした。


 3人とも貴族の扮装をしているが、カランと近づきになったさい、かつての仲間だと気づかれる恐れがある。仮面はその危険を低くしてくれるはずだ。


 問題はゴーラだ。ゴーレムの岩の体と、粘土の関節は隠しようがない。ゴーレムだからといって『お尋ね者のゴーラ』とは限らないが、カランにその素性を疑われるきっかけになるかもしれない。


 ランドとチビットは、ゴーラは舞踏会に出ないほうがいいと意見が一致した。


「それはあんまりなんだなあ。『王様』を引き当てたのはおいらなんだなあ」


 ゴーラがだだをこねはじめた。


「しょうがないじゃない」とチビットが説得する。「あたしらの命がかかっているんだから我慢しなさいよ。あんたは噴水の女神と踊っていなさい」


「うへえ、彫像は踊れないだなあ。ずぶ濡れはもう嫌なんだなあ」


「カランは、噴水のあんたをじっと見つめていたじゃない。2体あるうちの1体の像がいつのまにか消えていたら、あの精霊使いに怪しまれるでしょう」


 チビットにそう押しきられた。


 そのあと、ランドはサイジュベル侯爵に会って仮面舞踏会を申し出た。侯爵は、それは面白いと乗り気になり、参加者にそのむねを通達してくれた。


 玄関ホールの柱時計が午後5時の時鍾を鳴らした。ランドは儀礼用のかつらをかぶり、目もとを隠す仮面をつけ、玄関ホールに下りた。コートの内ポケットには、チビットが身をひそめている。


 ランドは玄関ホールの大階段の下を通り、城館とL字につながった別棟のドアを開けた。控えの間からダンス会場にふみいった。


 ダンスホールは縦に長い石造りの平屋で、中庭に面した壁には、長方形の窓の穴がいくつもあいている。反対側の壁面には、長剣や戦斧、メイスなどが飾られている。舞踏会場の奥には、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロを手にした8人の私設楽団がひかえていた。


 シャンデリアの数十本のロウソクがふりそそぐ光りの下で、仮面をつけた男女のグループが談笑している。そのなかに、サイジュベル侯爵らしき人物を見つけた。侯爵が話している相手は、その整った横顔から、仮面をつけていてもカランだとランドにはわかった。


 ランドに気づいたカランが歩みよってきた。正面で向かいあうと、仮面の穴ごしにカランの目が細められた。


「どこかで、お会いしませんでしたか」カランがていねいにたずねてきた。


「いえ、お初にお目にかかりますな」ランドは作り声で答えた。「仮面舞踏会ですから、名のりあうのはご容赦ねがいます」


「それもそうですね」カランが、からからと笑った。


 軽快なメヌエットが聞こえてきた。楽団の演奏が始まり、舞踏会の開始を知らせる。カランが踊りの輪にくわわった。ランドは中庭とは反対側の壁によりかかり、ダンスの様子をながめていた。


 サリー・サイジュベルが、縮れた赤毛の小太りの青年と踊っている。青年は20才くらいだろうか。黒いフロックコートと白いブリーチーズは立派だが、踊りのほうはお世辞にもうまいとは言えなかった。


 その青年紳士にくらべ、サリーの軽やかなステップは見事なものだった。ドタドタと尖頭靴をもたつかせるパートナーを、逆にリードしている。彼女の目が見えないとは信じられないほどだ。


 ランドは、サリーのペアを目で追いかけていた。サリーが足を止め、ランドのほうに顔を向けた。お相手の青年になにやらたずねているようだ。ランドール伯爵について話題になっているのだろうか。


 サリーがパートナーに頭を下げ、ランドに向かって歩きだした。


 ランドは、サリーの歩行を助けようと壁から体を離したが、その必要はなさそうだった。サリーがこちらに顔を向けながら、輪になった何組もの踊り手を、すいすいかわしてやって来る。


「目が見えているようですね」ランドはサリーに賞賛の言葉をかけた。「あなたはここまで誰にもぶつからなかった」


「音ですわ。ステップをふむ足音で人々の動きがわかります」


「なるほど。あなたが『何も不自由はない』と言っていた意味がわかりましたよ」


 視線のさだまらないサリーの水色の瞳がランドに向けられている。その言葉が彼女の強がりなのは理解していた。


「ドゴーラ男爵はどうされたんですか」とサリーが聞いた。「男爵のダンスのお相手をさせていただけるはずでしたよね」


「ところが、男爵は陶器の人形を食べて腹をこわしてしまったんです」


「それは大変。『王様ゲーム』の趣向が男爵をご病気にしてしまったんですね」


「心配はいりません。ドゴーラ男爵の胃袋は頑丈ですから」


「では、ランドール伯爵がわたしのパートナーになってください」


「いや、わたしは狩猟ばかりしていて、ダンスのほうはまるでいけません」


「大丈夫ですわ。わたしがリードしますから」


 ランドはサリーに手をとられ、踊りの輪のなかに連れこまれた。


 弦楽八重奏のかなでる軽快なメヌエットに合わせ、ランドは見よう見まねで踊ってみる。サリーの足をふまないよう、足もとに注意をはらうので精一杯だった。


 ランドのわきを、カランとそのパートナーがかすめすぎる。金色の髪を背中で束ね、くるりくるりとターンするカランのダンスは慣れたものだった。


「あなたのお美しさを永遠のものにしたいとは思いませんか」


 カランのセールストークが聞こえてきた。おおかた、大地の精霊の力で美容を保てるとでも話しているのだろう。


「まあ、本当ですか」と20才くらいのお嬢さまはまんざらでもなさそうだ。


「痛い」サリーが声をあげた。ランドは慌てて退いた。


 カランに気をとられ、サリーの足を踏んでしまった。ランドはすぐにわびると、自分にはダンスの相手はつとまらないと、ここで辞退した。


                  *


 ゴーラは自室で暇をもてあましていた。舞踏会が始まって1時間がたつ。本当ならサリーお嬢さんと踊っていたはずだ。自分は『今宵の王様』だったのに――。ゴーラは会場の様子が無性に知りたくなった。


 そうっと部屋を抜け出し、大階段をおりてその下に入った。重厚な鉄扉がゴーラの視界にはいった。好奇心にかられ、その扉を開けて踏みいった。


 薄暗い小部屋の壁にそって、まがまがしい影が並んでいる。しだいに闇に目が慣れてきた。洞窟育ちのゴーラは、ほんのわずかな光りでも物が見える。その半月型の目に映ったのは、古い武具の数々だった。


 奥の壁ぎわの架台に、鉄の甲冑のひとそろいが飾られている。これは格好の仮装道具だと、ゴーラはその場で小躍りした。


 コートを脱ぎすて、さっそく装着にかかる。肩あてや鉄靴、手足をおおうパーツはサイズが合わなかった。胸甲を取って試してみる。胸と背中のプレートをつなぐベルトがとどかなかったが、なんとか着れた。


 こんどは、顔を隠すのにかんじんな兜を取りあげた。これは頭にしかのらなかった。そのとき、木馬にかぶせられた馬用の鎧にゴーラは気づいた。馬の顔おおいなら、ごつい頭部にも合いそうだ。


 兜をかぶる。がちょん。鎧武者の仮装を完了した。


                  *


 午後7時をまわり、舞踏会はそろそろお開きの時刻だった。


 ランドはあれからダンスに参加しなかった。武器や盾が飾られた壁の前で、いまはサイジュベル侯爵の武勇談を聞いていた。


「この屋敷にゴーストでもとりついていれば、わしが退治してやりますよ」


 かか、とサイジュベル侯爵が大笑した。


 ごう、と石壁の窓から突風がふきこみ、天井のロウソクの明かりがめまぐるしく揺れた。つぎの瞬間、ダンスホールの中心にシャンデリアが落ち、あたりが暗くなった。暗闇のあちこちから悲鳴があがる。


「明かりを持て」とサイジュベル侯爵がどなった。


 がちょーん、がちょーん。重おもしい音が響いた。


 しんと静まりかえった室内に、男女の怖気づいた囁きが広がっている。ぎいい、と鉄扉の開く音がした。怪しい足音は、ダンスホールのまんなかに進んでくる。


「照明はまだか」ほどなく、パッと明かりがついた。


 女性の悲鳴がいっせいにあがった。従者がかざしたランタンの明かりのなかに、ランドは世にもおかしなものを目にした。


 それは甲冑のブレストプレートを身につけ、ごつごつの手足をむきだし、馬をかたどった大きな兜をかぶっている。


 ギギギと馬面の兜がきしみながら回りだす。その首が止まった。ふたつの穴からのぞく視線が一点をとらえる。その先には、なにが起きているかわからずおびえるサリーが、カランのそばに立ちすくんでいた。


 鎧武者が一礼した。サリーに手をさしのべ、ガチョン、ガチョンと向かってくる。迫りくる足音に、サリーが悲鳴をあげた。


「おのれ、ゴースト」サイジュベル侯爵が壁から戦槌を取った。それを振りあげ、馬面の鎧武者におどりかかった。


「うへえっ!」甲冑の化け物が叫び、ボコン! 兜のてっぺんに戦槌が叩きつけられる。その反動で、サイジュベル侯爵がはじきとばされた。


 まわれ右した鎧武者がたまらず逃げだした。


 ガチョン、ガチョン、ガチョン。


 ランドにはそのゴーストの正体がわかっていた。なんとかしないと――。


 さらに追いかけようとするサイジュベル侯爵をランドは呼びとめた。


「閣下。サリーお嬢さんが気をうしなっています」


 カランの腕のなかに、頭をたれたサリーがよりかかっていた。


 サイジュベル侯爵が娘の姿に気をとられているすきに、鎧武者がダンスホールを出ていく。バタンといきおいよく鉄扉が閉まった。その向こうで、ガチャン、ガチャンとなにやら騒がしい。


 サリーをカランにまかせ、ランドとサイジュベル侯爵はホールの出入り口に向かった。鉄扉は、外側になにかがつかえて開かなかった。ランドは侯爵と力を合わせ、重い扉をずり開けていく。


 舞踏室の外に出ると、甲冑の胸あてと、くぼんだ馬の顔おおいが脱ぎすてられていた。中身はもぬけのからだった。背後の戸口からは、ダンス客の恐怖におののく顔がのぞいていた。


 玄関ホールの大階段の下あたりで、ごつい影が動いた。


「おのれ、ゴーストめ。わがはいが退治してやる」侯爵がいきりたった。


「違うんだな。おいらなんだな。ちょっとトイレに行きたかっただけなんだな」


 コートを引っかけただけのゴーラが、腹の具合が悪いのだと話している。


「これはドゴーラ男爵。怪しい物の怪の姿を見なかったか」


「おいらはなんにも知らないんだな」ゴーラがぶるぶると首をふった。


 戦槌をぶら下げたサイジュベル侯爵が、物の怪を取り逃がしたかと、顔をまっ赤にして悔しがっている。


「いいではないですか。ゴーストくらいがいたほうが、城に箔がつきます」


 ランドの言葉に、「それもそうだな」と侯爵は納得したようだ。


 すました顔でとぼけているゴーラに、ランドは片目をつぶって見せた。


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