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13 マディラ山の魔物がついにその正体を現わす

 ランド、チビット、ゴーラは、木立が長い影をおとす、庭園の石畳を走りぬける。花壇のなかにジュリーが突っ立っていた。並木道の先の木立のあいだからは、鎧兜の兵士の群れが垣間見える。


 まっ赤な夕陽にそめられた石造りの礼拝堂は、30人以上の城兵に取りかこまれていた。礼拝堂の玄関ポーチでは、丸太をかかえた4人の屈強な兵士が、扉を打ち破る準備をしている。


 この礼拝堂のなかに、サリーをさらったエドモンが立てこもっているのだ。ランドは強行突入の心構えをした。


 兵士が丸太の一撃をくらわそうとしたとき、ポーチの両開き扉がおもむろに開きだした。敷居に姿を見せたのはエドモンだった。人間の姿形をしているが、その凶悪な瞳は赤く燃えあがっていた。


「チビット、増強魔法(エンチャント)だ」


 エドモンが魔物の化身ならば、通常の武器が利かない可能性がある。


 丸太をかかえた4人の兵士が、エドモンの胸に向かって突撃した。はじき飛ばされたのは兵士のほうだった。


 地面に尻をついた兵士がおののいている。礼拝堂を包囲した城兵も恐れてうしろに下がりだす。エドモンが玄関ポーチにふみだした。立ちはだかる背後の堂内には、サリーが捕らわれているのだ。


 ランドは素早く兵士の前に出ると、たて続けに弓を射た。魔力をおびた2本の矢を胸にうけたエドモンが、恐ろしい叫び声をあげた。その体がよろめきひざまずく。ランドは次の矢を手に取った。


 エドモンが憎悪に燃える顔を上げた。やおら立ちあがった体がふくれあがり、身につけたチュニックを引き裂く。がっちりとした岩盤のような胸に、ごつごつと岩のような手足が突きだした。いまや3メートル以上の巨体となり仁王立ちするエドモンの姿は魔物と化していた。


 岩の頭に5本の短い角を生やし、落ちくぼんだ眼窩の目を燃えあがらせ、耳まで裂けた口でせせら笑う。その容貌は悪魔そのものだ。エドモンが契約を交わした相手は、こいつに違いない。


 魔物が、厚い岩盤の胸に突き刺さった2本の矢を引き抜いた。その傷口から蒸気がふきだし、溶岩のような血が流れだした。


 玄関ポーチから、4人の兵士が悲鳴をあげて逃げだした。


 やにわに魔物の頬がふくらんだ。ランドはとっさの判断で横にころがった。つぎの瞬間、魔物の口からマグマが吐きだされた。ランドのいた足もとの地面が溶けだし、熱い蒸気があがった。


 岩石の足をふみしめ、魔物がポーチの外に出てきた。城兵の集団が恐怖の叫びをあげ、並木のあいだに散り散りに駆けこんでいく。


 ランドは、守備力のあるサイジュベル城にいったん退却したほうがいいと判断した。灼熱の溶岩を浴びせられたら、命がいくつあっても足りない。魔物が追ってくれば、堂内のサリーからも遠ざけられる。


 ランドはゴーラをうながし、敗走する兵士のあとを追った。礼拝堂の敷地と庭園をわけるケヤキの列に駆けこむ。背後の幹が燃えあがった。魔物の吐きだした溶岩が燃えうつったのだ。


 庭園の芝生のまんなかでは、兵士の群れが立ち止まり、うしろを指さして声をあげていた。ランドはふりかえった。


 いまや並木全体が延焼していた。葉むらから勢いよく炎と黒煙があがっている。夕空をいっそう赤くそめた光りのなかで、何本もの幹のシルエットがゆれている。そのなかを身の丈3メートルを超す影が進んできた。


 ランドはその場に立ちつくしていた。かたわらではゴーラが戦槌をぶら下げている。ランドは、『時空の大樹』からもらった『破砕』の槌があればと悔やんだ。岩の怪物をその魔力で粉々にできたはずだ。


「下がって」ランドの頭上をチビットがホバリングしている。


 呪文をとなえるチビットの体が銀色に輝きだした。そこから直径10センチほどの火の玉が、燃えひろがる木立に光のすじをひいて飛んでいく。


 魔法の火球が、魔物のゆらめくシルエットに命中した。ランドは固唾をのむ。つぎの瞬間、大爆発が起きた。爆風が襲いかかり、大地が大きく揺れる。ランドはたまらず芝草の地面に伏せた。


「どひゃあ」チビットが飛ばされ、「うへえ」ゴーラが尻もちをついたようだ。


 宿神をめぐる冒険から1年がたっていた。その間に経験をつんだチビットは、『火球(ファイヤーボール)』の魔法を習得したようだ。ずっと使いたくてしかたなかったのかもしれない。


 地響きがおさまった。立ちこめる土煙のなかでランドは顔を上げた。


 燃えあがっていた木々は、爆風によって、その炎とともに跡形もなくなっていた。黒焦げになった大地の向こうに、灰色の礼拝堂がむきだしになっている。岩の怪物の姿は影も形もなかった。


「やったぞ」と歓声があがった。兵士のある者は拳をふりあげ、ある者は手を叩き、なかには手をとりあい勝利を喜ぶ者もいる。ランドの横をそろって駆けぬけていく。戦果を確かめたいらしい。


 兵士の勝どきが、ぴたりと止んだ。木立のあった焼け野原の30メートルほど手前を、城兵の集団が遠巻きにしている。どうしたのかとランドはいぶかった。


「あの化け物よ」頭上でチビットが叫んだ。「黒い地面がもりあがって、そこからあいつが這い出してきた。地中で『火球(ファイヤーボール)』をやりすごしたんだわ」


 やはり、地面と同化できたのか、とランドは自分の推測を確認した。


 居並ぶ城兵の鎧の背中ごしに、3メートルの巨体が立ちあがった。5本の角のある頭をもたげ、赤い目をらんらんと輝かせている。


 怪物が岩石のような両肩を見せてかがみこんだ。いったい何をしようとしているのか。ランドの位置からは兵士が邪魔で見えなかった。


 どん! と地響きをたてて大地が突きあげられた。つぎの瞬間、城兵のあいだに、巨大な地割れがはしった。地面の崩れた裂け目に、兵士の半数が悲鳴とともにつぎつぎ滑りおちていく。


 迫りくる幅5メートルのひび割れを、ランドはとっさによけた。その裂け目は、尻もちをついているゴーラに向かっていく。「うへえ!」


「ゴーラ」ランドは救出に走った。


 ゴーラをのみこもうとした亀裂は、その直前で止まった。ゴーラの投げだした足先の、芝草の地面にひびが入っている。その場所に片手をついてしゃがんでいるのは精霊使いのカランだった。


 腕一本で巨大地割れをくい止めたカランの力に、ランドはあらためて感嘆した。カランの背後には、サイジュベル侯爵とジュリアス男爵もいた。3人とも有事を聞いて駆けつけたのだろう。


「世界最高の、大地の大精霊使いをとうとう必要とする事態になりましたね」


 カランが手についた土をはらって立ちあがり、えらそうにうそぶいた。


 自信満々で、いばり高ぶり、金にしか興味がなく、報酬のためには平気で仲間を売るカランだが、ランドはいまほど彼を心強く思ったことはない。


 目を細めたカランの表情は険しかった。


「マディラ山の噴火が、あの怪物を地中から解き放ったんです」


             エドモン・サイジュベル


 しだいに意識が戻ってきた。体のあちこちにじんじんと鈍痛をおぼえる。この痛みはどうしたんだろう? ぼくの身になにがあったんだろう?


 ハッと思い出した。ぼくになり代わった悪魔が、サリーをさらったんだ。彼女を奪いかえそうとして、あいつに投げとばされた。


 ぼくはゆっくり体を起こし、あたりを見まわした。枯れた噴水のそばに倒れていた。芝生の向こうの花壇からここまで20メートルはある。あの悪魔の恐ろしい力に身の毛がよだった。


 それよりサリーだ。彼女を取り返さないと――。


 庭園の向こうの並木のあいだから、礼拝堂を包囲した何十人もの城兵がうかがえる。あの悪魔がサリーを連れこみ、立てこもっているに違いない。ぼくは体の節ぶしの痛みをこらえ走りだした。


 大勢の悲鳴が聞こえた。樹木のあいだから兵士が散り散りになって逃げてくる。ぼくは木陰にうずくまり、逃走する彼らをやり過ごした。そのとき、並木に火の手があがり、左右の木に燃えひろがりだした。


 ぼくは木々の延焼している部分を迂回し、礼拝堂の前に出た。玄関ポーチの外に、あの悪魔が仁王立ちしていた。ぼくは、地面から突きだしたあいつの顔しか見ていない。全身をあらわにした身長は3メートル以上もあった。そのまがまがしい姿に、ぼくは震えあがった。


 怖気づいてる場合じゃない。サリーを救い出さないと。彼女は礼拝堂のどこかに捕われているはずだ。ぼくは勇気を奮い立たせた。


 あの悪魔がおもむろに動きだした。逃げた兵士を追い、炎に包まれた樹木のあいだに悠然たる足どりで入っていく。


 いまがチャンスだ。ぼくは礼拝堂の壁面にはりついた。縦長に空いた窓からのぞいた堂内は薄暗く、なかの様子はわからなかった。幅20センチほどしかない窓からはとても侵入できない。


 ぼくは急いで玄関ポーチにまわった。左右に開けはなたれたままのドアから、礼拝堂のなかに飛びこんだ。


 ほの暗い堂内はがらんとしていた。礼拝用のベンチがなくなっている。夕日が斜めに差しこむ身廊の先に、ぽつんと祭壇がうかびあがっていた。ベンチはそのうしろに乱雑に積み上げられてあった。


 サリーの姿は礼拝堂のどこにもなかった。ぼくはベンチの山に近づいた。納骨堂に下りる階段がそれでふさがれていた。


 あの悪魔は、サリーを地下に閉じこめたんだ。ぼくは怒りがこみあげると同時に、下り口をおおいつくした障害物に途方にくれた。


 礼拝者の席は、身廊をはさんで左右に6脚ずつ、合わせて12脚あった。城兵が礼拝堂を包囲するまでの短時間に、あの悪魔はそれを1人で積み上げたのだ。あいつの怪力をあらためて実感した。


 サリーは地下で恐怖に震えているに違いない。彼女は納骨堂から手探りで脱出しようとしたはずだ。階上からは、ドシンドシンとベンチを重ねる音が聞こえてくる。サリーは絶望にうちのめされただろう。そんな彼女の気持ちをおしはかり、ぼくはいたたまれなくなった。


 ふさがれた階段口に大声で呼びかける。「サリー」


 くりかえし声をはりあげているうちに、心もとない返事があった。


「エドモン、そこにいるのは本物のもののエドモンなのね」


 サリーの声だ! ぼくの胸は喜びにふるえた。気力がいっきにわいてくる。彼女は、ぼくが偽者(にせもの)じゃないかと半ば疑っているようだ。


「もちろんだよ。その証拠に、いまからサリーを救いだすからね」


 ぼくは、高く積まれた12脚のベンチの山を見あげた。うかつに取りのぞこうとすれば、上から崩れてくるだろう。階段を転がりおちていくかもしれない。納骨堂のほうに下がっているようサリーに注意した。


 ベンチの重なりぐあいを見きわめ、安全そうな一脚を慎重に引きずり出す。ガタンと上部がゆれて、ぼくの心臓は縮みあがった。


 あの悪魔だったら、こんな障害物なんか簡単に片付けられるだろう。そうはいかないのが、ぼくが本物である(あかし)だ。


 不意に、すさまじい轟音とともに礼拝堂が激しく振動した。ぼくは立っていられず、その場に倒れこんだ。見上げるベンチの山がなだれを起こした。とっさに祭壇の陰に転がりこむ。ガラガラと崩れ落ちる音が響くなか、ぼくは床に這いつくばって神の加護を願った。


 揺れはほどなくやんだ。遠く庭園のほうから歓声が聞こえてきた。いったい、なにが起きたんだ? ぼくはいぶかった。地震にしては短すぎる。まるでなにかが大爆発を起こしたような――。


 サリーは無事だったかと心配になった。


 ぼくは祭壇のうしろから這いだした。なだれこんだベンチが、納骨堂に下りる階段口の周囲に散乱していた。下り口はいぜん埋もれていたけれど、その障害物を取りのぞく手間は少なくなった。


 散らばったベンチを乗りこえ、階段口の手前にうつぶせると、大声で呼びかけた。階下からサリーの返答があり、ぼくは安堵の胸をなでおろした。


「エドモン、どうしたの? いまのはなんの音? 礼拝堂でなにがあったの?」


「わからない。なにかの爆発で、階段をふさいでいた障害物の山がなだれを起こしたんだ。ぼくは無事だった。おかげでサリーを救出しやすくなったよ」


 もう少しの辛抱だから、とサリーを安心させ撤去作業にとりかかった。


 ドンと床が突きあげられ、ぼくは思わず尻をついた。地響きと振動が続いている。戸外がにわかに騒がしくなった。庭園でなにが起きているんだ? 作業は、はかどらない。ぼくは立ちあがり、ベンチの撤去に専念した。


 階段口をふさいでいた障害物をようやく取りのぞいた。納骨堂に下りる階段が、暗い深淵にのみこまれている。


「サリー、いますぐ迎えに行くからね。暗いから気をつけ――あっ!」


 階段の一段目を踏みはずしそうになった。


 サリーの心配する声が階下から聞こえ、ぼくは「大丈夫だ」と答えた。


「エドモンは無理しないで。暗闇なら、わたしのほうが慣れているから」


 ほどなく、しっかりした足音が階段を上がってきた。


 ぼくは、階段口に姿を見せたサリーの手を取った。彼女のわきに腕をまわして持ち上げると、礼拝堂の床でくるくる回った。ぼくの首にすがりつく彼女の笑い声が堂内に明るく響いた。


 ぼくはサリーを下ろし、祭壇の前に立たせた。


「ぼくは本物だと、いまここで誓うよ。2人の結婚を神さまに許してもらうんだ。華やかな花嫁衣裳はとても望めないけれど」


「そんなものいらないわ。エドモンが隣にいてくれるだけで充分よ」


「わかった」ぼくの胸は興奮で高鳴った。


 サリーと向かい合わせになると、彼女の両肩に手をおいて続ける。


「健やかなるときも、病めるときも、これからどんな運命が2人にふりかかろうとも、サリーを生涯愛し、ぼくの妻とすることを誓います」


 サリーの顔がぱっと輝いた。「わたしもエドモンを――」


 頭上で、みしみしと嫌な音がした。影にこごった天井の梁がいびつにゆがんでいる。度重なる振動に、横木が耐えられなくなっているんだ。


 木材の折れる音が響き、屋根が崩れ落ちてきた。ぼくはとっさにサリーをかばい、ともに床にふせた。とたんに、ものすごい衝撃がおそいかかってきた。


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