第四星 還り逝く泣樹
フロスメンダーチウムの厄介な所はその毒と再生能力にある。切り落とされた枝は毒が消えずに残り、足場を無くしていく。戦っている最中に枝を踏んでしまい、毒に蝕まれて死んでしまう事例は幾つもあった。
それならば燃やしてしまおう、と思うかもしれない。しかし、燃えると毒の煙が発生する。それを吸い込んでしまえば人間は呆気なく死に至るので火を使うのは禁忌だ。
そんな性質かあるので、火炎系能力者から忌み嫌われている。
……これだけを聞くと倒すことはできなさそうだが、奴には弱点が存在する。それが魔核だ。
奴の魔核は樹冠と幹の間の辺りにある。それを狙って僕は走っているのだ。
枝が伸びてきて襲いかかってくるも、剣を振るって切り裂く。僕でも奴に接触すると危ないので足下に注意して進む。
シュルシュルシュルッ……シュッ!
枝が縮んだと思ったら、一気に伸びて放たれた。奴の硬く柔らかい枝はそう簡単に切ることができないので、大抵のハンターはこの技で命を落とす。
ただし、僕には通用しない。簡単に枝を切り落とせるからな。
「“星月流剣術――流れ星”」
流れる水のような一閃で防御、からの反撃。それにより、奴は枝の大半を失ってしまい、数瞬間は攻撃も防御もままならなくなった。
反撃によって起きた奴の隙をついて魔核を破壊しようとしたその時、僕は攻撃をやめて後ろに飛び下がった。
……ここで討伐してしまえば甚大な被害が出る。
今までに奴の性質を語ったが、中でも厄介なのは「泣樹の嘆き」と呼ばれる技だ。
それは奴が死んでから発動する。詳細は長いので語らないが、森の近くで人通りも少ない道路といえど、発動させては甚大な被害が出るということだけは言っておこう。
被害が出ることは避けなくてはならない。星月の掟にも関わることだしな。
「玲奈、仕切り直しだ。負担が掛かると思うが、あの特殊技能を使って奴を森に誘き寄せてくれ」
「はいっ! 承知いたしました!」
後方にいる玲奈に指示を出しつつ、奴の猛攻から耐え抜く。枝を切っては再生していくので、回収しなければならない枝が大量発生する。早めに魔核を叩かなければ……。
「いきます。『花顔雪膚』!」
特殊技能を発動させた玲奈は森に向かって走っていく。その速さは世界五輪大会に出る陸上選手と肩を並べられるほどだ。
もちろん、世界五輪大会では特殊技能の使用は禁止である。今の玲奈はきっと特殊技能を使っているので、正確に言えば「オリンピックに出る陸上選手と肩を並べられる」という表現は間違っているのだが、今は別にいいだろう。
道路に深く根を下ろしていた奴は根を縮めて引き上げ、玲奈の後を追って行った。……僕のことを無視して。
これが玲奈が持つ特殊技能の中の一つ『花顔雪膚』の力だ。簡潔に言うと、対象の意識を己に向ける能力である。
恐ろしいのは、僕や父上であっても逃れることができないことだ。『花顔雪膚』を使われると、強制的に意識を向けなければならない。その上、玲奈がいつもより数割増しで美しく見えるので、堪ったものではない。
……そろそろ頃合いか。奴を仕留めに行くぞ。
目を凝らして森の奥(100m以上離れている)を見ると、奴が玲奈を追っていた。だが、遅いので全く追いついていない。
そんな奴に対し、僕は詰めの一手を放った。
「“星月流剣術――穂垂星”」
***
「はぁっ、はぁっ」
私はフロスメンダーチウムから逃げています。幸いなことに、フロスメンダーチウムの進行速度は遅かったので私でも余裕がありました。
……ご主人様がいる方向を眺めましょう。
ご主人様ならきっとあの技を使って仕留めにきます。決着は一瞬の内に終わってしまうので、しっかりと目に焼き付けなければなりません。
事前に視力と聴力は上昇させているので、ご主人様の御姿がはっきりと見えます。息遣いも聞こえますし、あの技を使う瞬間を見逃すことはないでしょう。
一方でご主人様は剣を鞘に納め、右足を前に出しました。それから、剣の柄に手を掛けます。
私の予想通り、あの技を使うようですね。このままだと耳が壊れてしまうので聴力を落としましょう。
「“星月流剣術――穂垂星”」
その瞬間、大地が揺らぎ、轟音が響きました。フロスメンダーチウムを見てみると、樹冠と幹の間の辺りに穴が空いています。
これが意味することは、フロスメンダーチウムの討伐が完了した、ということです。
「玲奈、後始末をするぞ」
「ひゃんっ!」
急に御姿を見せたご主人様に驚いて変な声を出してしまいました。は、恥ずかしいです……。
***
奴は魔核を貫かれた直後に、緑色の林檎のような実を辺りに落とした。それは地面に接触した瞬間に弾け、中身と種子を飛び散らすことで子孫を残そうとするためだ。
これを「泣樹の嘆き」と言って、厄介なところは後始末に非常に手が掛かること。それも付着した毒は時間が経つと、しばらくの間消えなくる。
なので早く始末しなければならない。タイムリミットは10分ほどだ。
急いで玲奈がいるところへ向かい、用件を伝える。
「玲奈、後始末をするぞ」
「ひゃんっ!」
後ろから声をかけると、玲奈が可愛い声を出した。……非常に良い、ではなく、珍しいな。
はっ! そんなことを思っている場合ではない。早く後始末をしなければ……。
*
「危うく間に合わなくなるところだったな……」
「そうですね……」
はぁ……。どうしていつも肝心なところでミスをするのだろう。
「す、すみません!」
僕と玲奈の前で土下座をしているのは東雲綾乃。長い黒髪をストレートにしており、紫色の着物を着た6歳の少女だ。
「綾乃さん、土下座はやめてください。ご主人様も私も困っています」
「は、はいっ!」
土下座をやめて立ち上がる綾乃。次にとる行動は何となく予想できる。どうせ頭を90度に下げるのだろう。
「すみませんでしたぁっ!」
案の定、勢いよく頭を下げた。角度は90度よりも深かったが。
「謝罪の気持ちはもう伝わったからやめてくれ。何とか間に合ったわけだし」
「いえ、全ては私のせいであんなことになったのですからやめません!」
はぁ……。変なところで頑固なのは困るな……。間に合ったから大丈夫だと言っただろうに。
後始末に使う道具を運ぶためにヘリコプターで来たが、そのヘリコプターを墜落させてしまってもう一度やって来たことは気にしていないし、道具を崖に落としてしまってまた来なければならなくなったことも気にしていない。
その影響で後始末に1時間以上かかったのも気にしていないのだ。気にしていないと言ったら気にしていない。
……綾乃のあの特殊技能があったから怒っていないというわけではないからな。それがなかったときでも怒ってはいないはずだ。あの特殊技能がなかったら全然間に合わなかったとしてもな!
「ご主人様、綾乃さんの行動が原因で被害額が100億円近くになっているのですが、大丈夫でしょうか?」
「……この件は会議で話し合われる予定だからその時に色々と決まるはずだ」
「ひゃ、ひゃくおくえん……。すみません、すみませんでしたぁっ!」
「大丈夫だ。100億円くらいなら大した処罰は下されない。流石に1兆円だと厳しい処罰が待っていると思うが」
これを機に反省をしてほしいものだ。いつも問題行動を起こしているからな……。
「ご主人様、時間があまりないのでお急ぎになられた方がよろしいかと……」
「そうだな。現在は12時だし急ごう」
僕と玲奈はヘリコプターに乗る。
「ま、待ってください!」
……綾乃のことを忘れてた。
「ヘリコプターに乗りたいのなら僕のバイクを持ってきてくれ……いや、やっぱり僕が持ってくる。玲奈、綾乃の監視を頼んだ」
「承りました」
「何で私に監視が必要なんですか!?」
僕は急いでバイクの回収に向かった。
カクヨム様にある近況ノートに、和風美少女の「東雲綾乃」のイメージ画像を載せました!
URLを貼っておくので、是非見てください!
https://kakuyomu.jp/users/nulla/news/16817330663837540155