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一緒に心中

作者: 村上

 もういいや。

 そう思ったら、真夜中に車を走らせていた。

 生きていてもしょうがない。

 早く死んだ方がマシだ。

 何かの糸が途切れたしまった。

 何かではなかった。

 生きていたいという思いが消えて無くなった。

 少し遠いがこの辺りでは、自殺の名所、とまではいかないものの、たまに人が飛び降りることがあるという、山の中にある渓谷に架かる橋へと向かう。

 あそこなら、どうやったって、死ねるだろう。

 なるべく確実に死にたい。

 死にたくなった人が考えることは、皆同じなのだ。

 秋になれば、それなりの紅葉が綺麗だが、今は夏。しかも、熱帯夜だ。

 まして夜中となれば、誰もが行く理由なんて無い。

 死にたいと思う人以外は。

 自分以外には、誰もいない山道を車を走らせる。

 三十分もすると、目的地付近に到着する。

 数台しか止めれない駐車場に車を止める。

 車を放置することになるが、別にいいだろう。

 死ぬ人間が、死んだ後のことを気にしなくても。

 一部のそれなりの財産がある人間や死んだ後まで世間体みたいなものを気にする人間だけだろう。

 自分みたいな人間は、そこまで考慮する必要もないだろう。

 橋の上には、薄暗い街灯が幾つか等間隔に並んでいる。

 今日は新月。晴れているのに、夜空は暗い。

 橋の真ん中付近、渓谷の一番深い場所を目指す。

 街灯の僅かな光に吸い寄せられる蛾のように、ふらふらと歩いて行く。

 ありえない人影があった。

 幽霊とか、地縛霊とか当たり前のように信じない人間だ。

 これから死ぬ人間が、そんなこと気味悪がったり、怖がったりしてもしょうがないのだが。

 欄干の上に一人の制服姿の少女が立っていた。

 足は生えているだろうか。

 生えている。

 それどころか、歩いていた。

 それも不安定な歩き方をしていた。

 わざと大きく脚を上げて、大股で。

 一歩、また一歩と不安定な足取りで歩を進める。

 絶妙なバランス感覚だった。

 自分だったら、すぐに谷底に落ちていただろう。

 そうして、もう少しだけ明るかったら、スカートの中身が完全に見えていただろう。

 そういうことじゃない。

 邪念を振り払う。

 渓谷に落ちたら、彼女が死んでしまう。

「お、おいっ! やめろっ!」

 思わず、声を上げていた。

 少女が気づいて、こちらを見る。

「危ないじゃないか」

「おっさん、近づいてきたら、飛び降りるよ」 

「わ、わかったから。近づかないから……」

 言いながら、止めようと歩み寄ってしまう。

「あー、だから、近寄って来ないでっていったのに……」

 といって、少女は飛び降りた。

 橋の上に。

 両足で俺のすぐ目の前に着地した。

「こっち側にね」

 と言って、小悪魔的な笑みを浮かべる。

 まんまと引っかかった。

 腹が立つ。

 大人を馬鹿にしやがって。

 というか、本当に人間だろうか。

 人間かどうか怪しい。

 幽霊に足が無いと誰が決めた。

 しかし、こうして会話が出来ている。

 だとすれば、やはり人間なのか。

 経緯はどうあれ、橋から落ちることは阻止できた。

「どうしてあんな歩き方をしてた? まるで試してるみたいだった」

「よくわかってるじゃない。そうよ。試してたの。あたし、どっちに落ちるんだろうって……」

「でも、向こうに落ちたら……」

「そうね。死んでいたね」

「そうだよ。どうして?」

「どっちでもいいかなって思って」

「え?」

 少女が何を言っているのかわからなかった。

「だから、どっちでもいいかなって……死んでも生きても。自分の意識じゃどうにもならない何かに、預けてみたくなったの」

「……なるほど」

 妙に納得してしまった。

 俺はどうしても、死ぬなら死ぬ。

 生きるなら生きる。

 そう、偏った考えをしていた。

 死のうと思えば、死んでいたし、生きようと思わなければ、生きてはいけないと思っていた。

 そんなことはないのか。

 確かに、生きていても、そのうち死ぬ。

 生きたいと思っても、どうせ、そのうち死ぬ。

 生きようと思わなくても、生きているし、死のうと思っても、現段階で生きている。

 死んでも生きてもどっちでもいい。

 そういう発想が無かった。

「まぁ、邪魔されたけどね」

 本当にどっちでも良いのだろう。

 心の底からそう思ってる口調だった。 

 まだ若いのに、そんなこと考えているのか

 いや、逆に若いからそうなのか。

「でも、おじさんは……」

「おじさんってなぁ」

 つい、言葉を遮ってしまう。

 そういう所が自分はよくない。

「何さ?」

「……まだ三十代だぞ」

「女子高生からみたら、十分、おじさんだよ」

「そうだな」

「おじさんもそうなんでしょ」

「そうって……」

「こんな時間にここに来る理由なんて一つしかないでしょ」

「……そうだな。俺は死ににきたんだ」

「それなのに、あたしが死ぬかもしれないって思うと止めるんだ。不思議だね」

「………………」

 確かにそうだ。

 自分でも死にに来たのに、誰かか死にそうになっていると、ついに止めてしまう。

 不思議なものだった。

 やはり死ぬのは、一人で死ぬのが一番なのだ。

 だからこそ、死ななかった少女に声を掛けていた。

「なぁ、一緒に死なないか?」

 言った。

 言ってしまった。

 普通に告白するよりも恥ずかしい。

 ある意味、愛の告白だ。

 多分、僕の顔は真っ赤になっている。

 普通に告白するよりも恥ずかしい。

「やだよ」

 彼女が即答する。

「だよね」

 俺は諦めて、車に戻ろうと、背を向ける。

 今から死ぬ気にもなれなくなった。

「ねぇ、さっき、なんて言ったの?」

 背中から、声を掛けられる。

 もう一度言うか、どうか迷う。

「一緒に死ねたらいいよねって言ったんだ」

「……いいわよ。一緒に死にましょう」


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