向こうには何がいる?
私は、昔から『ドアの向こう側』が怖かった。
ドア——。それは区切るもの、隔てるもの。
リビング、トイレ、洗面所・・・。どんなに小さな家にも絶対あるドア。その代表例といえばやっぱり玄関だろう。家の中にある他のドアとは違う、外界と自分の空間を分けるドア。外と中を隔てる一番重要なドア。
私が一番怖いドアは、玄関だ。
私は単身者向けの4階建てマンションの1階、その角部屋に住んでいる。玄関は右開きで、中から開けると左側に他の部屋と廊下が、右側は磨りガラスの窓がはめ込まれたコンクリートの壁になっている。
ドアを開けると、その右側に私からは見えない空間ができる。私はその空間が嫌いだ。
玄関を開けるとき、いつも躊躇する。ドアの後ろに、ドアを開けた反対側の空間に誰かがいるのかもしれないと疑心暗鬼になっている。ドアスコープを覗くことすら怖い。誰もいないことを確認するために覗けば、少しは安心できるんだろうけど嫌だった。
こんなことがあった。
梅雨入り前の少しベタつく夜、私はゴミを出そうと玄関に向かっていた。
時刻は24時を過ぎていて、他の住民は寝静まっている。住民専用ゴミ捨て場はマンションを出た所にあった。
オートロックなので鍵を持ち、玄関前にまとめておいていたゴミ袋を手にする。
サンダルを履き、鍵のツマミをカチャリと開ける。
あとはドアを開けるだけで、外に出れる。
開けるとまず、顔だけ出して左側を確認する。時間も時間なのでもちろん誰もいない。廊下の照明が切れかかっているのか、チカチカとしているのが気になるくらいだった。
ドアを閉めて、視界の端に映る右側になにもいないことに安堵する。
ゴミを捨てて部屋に戻ろうとさっき来た道を戻る。
さっきとは逆で、部屋を前にすると右側が廊下、左側にぽっかりと空いた空間ができる。
部屋を出るときほどの怖さはないが、やはり不気味に感じてしまい早く中に入りたいのでドアを手早く開けた。
ドアを開けた、その刹那。
視界の左端に白いものがうつった。
ギクリとして横目で左を見る。
なんてことはない、磨りガラスの窓の向こうに人がいただけだった。目鼻立ちがはっきりとしていて、茶髪の女の人だとわかった。
横を向いた女性の顔。赤い口紅を引いているのか、唇が目立つ。
壁の向こうは細い歩道になっており、近隣の住民が通り抜けるのによく使っている。
きっと女の人も近所の人で、たまたま通っただけだろう。
その証拠に、その女の人はゆっくりと左から右に向かって消えていった。
怯えたのがバカみたい——。
そう思い肩から力を抜いて部屋に入っていった。
次の日、マンション横の歩道を歩いていると奇妙なことに気づいた。
私は女性にしては背が高めで174センチある。
その私が、例の窓に頭が届かないのだ。
私よりも頭二つ分くらい上に窓がある。
男性でも届く人はそうそういない。女性ならなおさら・・・。
そういえば、この窓に人影が映るのを見たのはあれが初めてだ。
磨りガラスなのに、しかも夜で、切れかかった照明で薄暗い中、髪の色までわかるものなのか——。
やっぱり私は、玄関の向こうが怖い。
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