セックスから始まる恋愛はアリですか? 8
翌朝である。
俺は同衾していたミュリアニの口づけで目を醒ました。
「おはよ。敬一。昨夜もステキだったわよ」
「ああ。おはようミュリ」
なんかこそばゆい。
せまっくるしいシングルベッドが、こういうときは嬉しいね。
「そろそろ起きないと」
「それなんだけどさ。今日は有給をとろうと思うんだ。一緒に買い物にいかないか?」
「なにその自由な会社」
くすくすと笑う。
病欠以外での当日欠勤というのは、あんまり褒められたことじゃない。
けど、昨夜のミュリアニの戦いを見ていて思ったんだよ。
あの爺さん以上の強敵が出てきたら、ちょっとやばいぞって。
スウェットにサンダルじゃあ、ミュリアニだって動きにくい。ちゃんとした服と靴を用意しないと。
あと、魔力の補給だってしたほうが良い。
完璧に、とはいかなくても、なるべくその状態に近づけないと。
いつもいつも楽勝な敵しか現れない、なんてわけはないんだから。
「なんか、すごい考えてくれてるんだね。敬一」
ぎゅーっと抱きついてくる。
「というのが口実で、じつはミュリとデートしたいってのが本音。今日休みを取ったら三連休になるしな」
「それを言わなかったら、株が爆上げだったのに」
よせやい。
言わなかったら、気を使わせてしまうじゃないか。
「しまった。なにで機嫌をとろうかな」
「カニ?」
「肉で」
「よし。とられてあげよう」
許されたらしい。
ていうか、たぶんミュリアニは俺の内心なんて読めているんだろうね。
海千山千の夢魔だもの。
それでも花を持たせてくれる。
いい女だなあ。
「でも利息はいただくのだ」
謎の宣言をして布団の中に潜っていく。
俺の身体にちろちろ舌を這わせながら。
朝からえろえろっすね!
ミュリアニさん!
会社に有給取得の連絡を入れておく。
世の中には、この段階で嫌味を言ってくる会社もあるらしい。ブラック企業ってやつだ。
そもそも、有給休暇は労働者の権利なので、べつに理由すら述べる必要なんかない。
俺だって私事都合と言っただけである。
たしか理由を言わせるってこと自体がパワハラなんじゃなかったかな?
次に出勤したとき上司にお礼をいうなんて話もSNSで見たことをあるけど、すごいよな。
当然の権利を行使しただけなのに、お礼を言わなくちゃいけないとか。
や、もちろん言いたいなら言って良いんだよ。
まさに気持ちの問題だからさ。
言うべきだと自分は思うってのと、それを他人に強要するってのは、まったく別次元の話なんだよ。
「おまたせー」
パソコンの画面に表示された情報をぼーっと眺めていると、シャワーを終えたミュリアニが戻ってきた。
タオルで髪を拭きながら。
何度見ても素晴らしい身体である。
黄金分割法で配置されたような見事なプロポーションも、不思議な光沢をもった黒髪も、紫がかった瞳も、ぷっくりとした唇も。
まるで異性を惹きつけるために存在しているようだ。
「事実、そういう生き物だからね。私たち夢魔は」
手放しの称賛に、ふふーんとポーズを決めるミュリアニである。
ぷるん、と、ふたつの乳房がたわわに揺れる。
やばいね。
またしたくなっちゃうね。
ともあれ、夢魔にとっての栄養源は精気だ。それはもちろん食べ物から摂ることもできるし、昨夜みたいに発散されているものを吸収することもできる。
けど、もっと効率が良いのは、情交によって直接取り込むこと。
「ぶっちゃけ、中出し最高」
「女の子がそんなセリフを吐くんじゃありません」
あけすけすぎるミュリアニをたしなめたりして。
でも、そういうことらしい。
精液を膣で受けることによって、精気を百パーセント取り込むことができる。
「不思議なものよね。栄養的にはたいしたもんじゃないのに」
パンツを身につけながら笑う。
うーむ。もうちょっとデザイン性のあるやつを買うべきだったかも。
実用一点張りの綿パンというには、なんぼなんでも色気が無さすぎだ。
精液に象徴される生命エネルギー、というのが、精気の正体なのだという。
生きる! という意志の力だから、戦闘中なんかも吸収しやすいんだってさ。
でもやっぱり性交による吸収が効率良いから、夢魔は異性を惹きつける姿に進化していった。
姿形だけでなく、声も所作も。
「このあたりは人間のメスも同じなんだけどね」
「そりゃたしかに」
ずぼっとスウェットを頭かかぶり、さらさらの髪を掻き上げる。
色気もへったくれもない服装なのに、すごいきれいだよな。
「ほれほれ。見とれてないで敬一もシャワー浴びちゃいなさいな」
しっしっと追い立てられる。
俺は犬か。
金曜日の街は、どことなく浮ついた印象だ。
明日が休みだと思えば気持ちも明るくなるのだろう。もちろん世の中には土日が休みでない人なんていくらでもいるだろうけど。
「まずは服と靴を買おう」
「そうねー けっこうさっきからちらちらと胸に視線が集まってるし」
にししし、と、笑うミュリアニ。
知ってるよ。
だからこそ早急にブラジャーを着用してもらう必要があるんだって。
恋人をえろい目で見られて嬉しい男なんて、いるのかもしれないけど、きっと少数派なんだから。
「ネトラレに興味がある人は、じつはけっこういるらしいけどね」
「俺はやだよ。ネトリもネトラレも」
「ねっとりなら好きなクセに」
「なんでもそっちに繋げてしまうのはおやめなさいな」
空いている右手で、ちょすちょすと頭を小突いてやる。
くすぐったそうにミュリアニが目を細めた。
ちなみに左手は、普通に手を繋いでいるためあんまり自由には動かせない。
ふふん。
どうよ。
俺は勝者だ。
恋人と手を繋いでデートだぜ。
道行く男どもの視線がざっすざっすと突き刺さるけど、痒い痒い。
耳に心地良し敗者の嘆って感じだ。
気分は藤原道長である。
「どんなのがいいかな?」
「量販店の安いやつでいいわよ。私たちの本領は服を脱いでからだし」
夢魔だから。
全裸が最も強いらしい。魅力的にも戦闘力的にも。
「ゆーて、彼女に良いベベのひとつも買ってやれなかったら、俺に甲斐性がなさすぎるってもんだからな」
「えっち」
「なんで!?」
ベベってのは着物のこと。昔は子供に赤い着物を着せていたから、紅々って言葉が縮まってべべになったと言われている。
驚く俺に、にまぁ、と、ミュリアニが笑う。
「方言ね。女のあそこのことよ」
「知るかーっ!!」
ほんっとに! ほんっとに、なんでもかんでもそっちに方面に結びつけるのはやめなさいって。
わいのわいのと騒ぎながら街を歩く。
立派なバカップルですね。
結局、ミュリアニが買ったのはごくありふれたデニムと、涼しげな白いトップスだった。
もちろん靴も下着も買いましたよ。
これでやっと人心地ついた感じだよ。
俺の気分的にね。
あとは、予備も何着か買っておく。着たきり雀ってわけにもいかないから。
「なんか散財させちゃったわね」
「問題ないさ」
独身三十男なんて、たいして金の使い道があるわけじゃない。それなりの貯蓄はあるのだ。
高級ブランド品をねだられるならともかく、格安量販店の服でぶーぶー文句を言うほど、俺は偏狭じゃないさ。
「このあとどうする? 映画でも見るか?」
デートだからね。
「ふーむ。映画館の暗がりは悪くないわね」
「うん。映画はやめておこうか」
だめだ。
こいつをそんなところに連れて行ったら、なにをするか判ったもんじゃない。
間違いなくスクリーンを見つめるどころじゃなくなる。
「カラオケとかどうよ」
「ん。密室ね」
「これもだめか……」
なぜだ。
なぜ日本には、えろいことができそうな場所がこんなに多いのだ。
「ここは若者らしく、タピオカミルクティでも飲みに行きましょ」
「おうふ……難易度が高いのがきたな」
女子高生たちの間で流行しているとかいうアイテムだ。
三十になった俺には、まるでエベレストのように高いハードルである。
でもまあ、興味はないわけじゃないんだよな。
SNSでもけっこう騒がれてるし。
カップルなら、なんとか買えないこともない、かもしれない。
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