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はじめてできたカノジョがサキュバスなんてアリですか?  作者: 南野 雪花
第1章 セックスから始まる恋愛はアリですか?
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セックスから始まる恋愛はアリですか? 6


 ごほんと咳払いして、話の軌道修正をする。

 事が男女間の話になったら俺は分が悪すぎるもの。

 昨日まで恋愛経験ゼロの童貞だったんだからさ。


「さっき言ってた、魔術結社と聖堂騎士団だっけ? それはなんなんだ?」

「かいつまんで言うと、悪魔の力を利用しようって連中と、悪魔を滅ぼしちゃえって連中ね」


 うん。

 かいつまみすぎ。

 ぜんっぜんわかんない。


「俺でも犬でも判るように言ってくれ」

「わんわん」

「すみませんでした。犬語は判りません」

「じつはいま高速言語を使ったのよ。わんわんの中に十五万文字の情報を詰め込んだわ」


 なんて無駄に高性能なんだ。

 格の違いを見せつけられたぜ。


「魔術結社は、ロンドンに本拠地があって世界塔とも呼ばれてるわ。ようするに魔法使い(メイジ)たちの総本山ね」

「まず、魔法使いが実在するってのが驚愕だけどな」


 俺は軽く頭を振った。

 夢魔のミュリアニが実在するんだし、悪魔や天使だって存在するってきいたばっかりだけど、三十年間つちかってきた常識の鎖は、そう易々とは断ち切れない。


 でもまあ、いるんだろうね。

 たぶんずっと昔から。


「そう。すごい大昔は魔術によって世界は支配されていたのよ。それに対抗するために科学が生まれたの」


 ミュリアニの説明だ。

 まあ日本だって、占いで政治の方針が決められてたらしいしね。

 邪馬台国とかの時代は。


 そんな不確かで曖昧なものじゃなくて、科学的な根拠に基づいて考えられるようになったのなんて、ぶっちゃけ明治になってからだ。

 つまり百五十年くらいしか経過してないのである。


 人類の歴史って考えたら、もうつい最近っていっても過言じゃないだろう。


「世界を支配するほどの力はなくしてしまったけど、魔術大系は連綿と続いてるし、いろんな形で各国の上層部に食い込んでるわ」


 かつては宮廷魔術師とかだったが、現在では政治家の秘書とか高級官僚とか、そういう形で国政に影響を与えてるんだそうだ。

 怖ろしいですねえ。


 で、その魔法使いたちの力の源がなにかっていえば、悪魔との契約だったりする。

 いかに上手く契約して力を借りるかってのが、何千年にも渡って研究されているらしい。


「ほら、私たちって嘘はつかないし騙しもしないけど、けっこう玉虫色の言葉とか使うしね」


 誤解や曲解の余地がある言葉、というやつだ。


 人間は悪魔の力を求め、少しでも多く引き出そうとする。

 悪魔は人間の精気を求め、少しでも多く奪おうとする。


 虚々実々の駆け引きや交渉がおこなわれるらしい。


「なんとも心温まる関係だな」

「だから、彼女になってくれなんて願いは、ちょっと前代未聞よね」

「いやぁ」

「褒めてないわよ?」


 なんてこった。


 ともあれ、魔術結社(メイジソサイエティ)と悪魔たちは共生関係ともいうべきで、べつに敵対はしていない。


 敵対しているのは聖堂騎士団(クルセイダーズ)

 これは本拠地がヴァチカンらしい。

 つまりカトリックの総本山である。


「唯一神を奉じる連中の勢力ね。神っていうか高次元生命体なんてものがいるかどうかは私たちも知らないんだけど、天使は実在してるから」


 信仰は揺るがないんだそうだ。

 こいつらは天使たちの先兵として、この世にはびこる悪しき者どもを滅ぼそうと闘争している。


 話を聴くだけで、めんどくさい連中だってのは判るわ。

 アストラルの住人たちに正邪の別はないって、聴いたばっかりだしね。


 そもそも人間にだって正邪の別なんかない。

 良い奴もいれば悪い奴もいる。良い奴だって悪いとこがあるし、悪い奴だって善行をおこなうこともある。

 そーゆーもんだ。


「だいたい、何をもって正義とするかなんてのも、時代や政治形態でも変わるしな」

「そゆこと。普遍的な正義なんて物質界にもアストラル界にもないのよ。でも、それを求めて戦うってのは、べつに軽蔑することじゃないわ」

「おや? 敵対してるのに否定しないんだ?」

「そりゃそうよ。自分たちとは違う価値観を持っているからって否定していたら、最終的に自分以外は全否定よ」


 くすくすと笑うミュリアニ。

 まったくその通りだと思うけど、ずいぶんと成熟した考え方である。


 身近なところだとSNSなんかで、他人の失敗やミスを、まるで鬼の首を取ったような勢いで責めたてる連中がいるが、あれは結局、自分以外の存在を認められないからおこなっているわけだ。

 そういう考え方もあるよねって思ったら、わざわざ突っかかる必要なんかない。

 そいつらに比較したら、ミュリアニの考え方はずっとずっと大人である。


「あれは単なる遊びで暇つぶしでしょ。べつに真剣に相手を憎悪しているわけでも、矯正しようとしてるわけでもないわよ」


 直接には相手が見えないし、反撃で殴られることもないから、面白がってやっているだけ。

 自分の氏素性が判るような状態だったら絶対にやらない。

 だからこそ卑劣だし、薄汚い行為なのだが。


「それにまあ、怒りでも恨みでも良いんだけど、そういうのを抱いてる人って美味しいのよね」

「へ?」


 美味しいってなにが?

 なんかものすごい怖ろしいことを言ってない?


「勘違いしないでね。ほんとに食べるってわけじゃなくて、精力(エナジー)をいただくって意味だから」

「より悪くなったよ!」


 悪魔を殺そうと襲いかかってくる連中である。

 捕まえで犯しちゃっても問題ないでしょって笑ってるよ。

 やだこの人しゅごい怖い。


「なにをいまさら。私たちの夢魔の行動原理は性欲よ」

「う、浮気しないでね? なるべく」

「契約だからね。敬一が恋人として私を愛してくれているかぎり、私も敬一を愛するわよ」


 ふふーんと胸を反らしてる。

 安心して良いんだか不安になればいいんだか判らないよ。


「でもまあ、少しは判ってきたかな。悪魔のこと」

「それは重畳(ちょうじょう)だ。だが、あまり深入りすると戻れなくなるぞ。小僧」


 唐突に、声が割り込んだ。





 ぎょっとする俺の前方、二十メートルくらいの場所に老人が立っている。

 あの占い師だ。


 いまのいままで、まったく気付かなかった。

 いつだ? いつからいた?


 知らず、頬を汗が伝う。


「爺さん……なんでここに……」

「釣り銭を渡そうと思ってな。さすがに一万円はもらいすぎだからのう」


 ひょひょひょと笑う。


「いちまんえん! もったいない! そんだけあったら焼肉いけるじゃん!」


 ショックを受けた様子のミュリアニ。

 あんたはちょっと黙っていなさいって。ややこしいことになるから。


「釣りはいらねえ。とっときな」


 ベンチから立ちあがった俺はミュリアニを守るように立つ。

 人生の中で言ってみたいセリフ、トップテンに入る言葉を投げつけながら。


 得体がしれないけど、さすがにこんな枯れ木みたいな老人に腕力で負けるわけがない。

 殴り合いのケンカなんかしたことない俺でもね。


「勇ましいことじゃが、実力差も判らぬか。小僧」


 次の瞬間、同時にいろんなことが起こった。


 老人の姿が消えたと思ったら目の前に現れる。

 二十メートルの距離を一瞬でゼロにして。


 強烈なボディブローが襲う。

 防御も回避もできず棒立ちの俺。


 妙に間延びした時間。

 腹に拳が突き刺さる寸前、老人が吹き飛ぶ。


 マンガみたいな勢いで。


「私の恋人に手を出したら許さないよ。聖騎士(クルセイダー)


 ミュリアニが仁王立ちしていた。

 全部見ていたのに、俺の脳はすべてを理解することができていなかった。


 なになに?

 何が起きたの? いま。


 爺さんが殴りかかってきて、それをミュリアニが蹴り飛ばした。


 起きたことをそのまま述べればそんな感じ。


 でも、二十メートルを一瞬で踏破できる人間なんているわけがないし、それに反応して迎撃できる人間だっていないだろう。

 後者は人間じゃなくて夢魔だけど。


「悪魔め……」


 罵りながら、むくりと老人が起きあがる。


 おいおい。

 あんな勢いで吹き飛ばされてノーダメかよ。


 最近のご老体は強いでござるなあ。

 などと、緊張感のないことを考える。


「サンダルだったから、うまく力が入らなかったかも」


 ぷらぷらとミュリアニが右足を振っている。


 まったくそういう問題じゃないと思うんだ。




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