セックスから始まる恋愛はアリですか? 5
うまい。
ラーメンとは、罪深いほどに美味いものである。
こってりとしたスープに分厚いチャーシュー。でろっでろの背脂。
こうでなくては。
あっさりとした昔風の東京ラーメンも悪くないけど、それを好むのはもうちょっと年輪を重ねてからでも良いだろう。
「ゆーて、べつに食べ物の好みは変わってないんだけどな。子供の頃から」
ずぞぞぞとすすった麺を、二、三度の咀嚼で飲み下す。
この喉ごし、たまらんなー。
「案外そんなものよ。さすがに中高年になると、身体が脂を受け付けなくなってくるらしいけどね」
じつに幸せそうに食べるミュリアニが説明してくれた。
美味しそうに食べる女性って魅力的だよね。
むしろ大人になるというのは、好きな食べものが増えてゆくことだという。
たしかにそうかもしれない。
子供の頃は苦手だったワサビとか、ウニとか、たまねぎやピーマンとか、ごく普通に食べられるようになった。
そりゃあ俺だって人間だから、苦手な食べものの一つや二つはあるけどね。
「がっつり食べられるってのは健康な証拠よ」
「違いない」
「焦がしにんにく追加する?」
「それはいらない」
なんにでも適量ってものがあるんですよ。ミュリアニさん。
スタミナをつければ良いってもんじゃないのです。
「私は今夜も十二回くらいウェルカムなんだけど」
「それは俺が死んでしまうんじゃないか?」
やだこの娘。しゅごい怖い。
最後の一滴までスープを飲み干し、俺は満足の吐息をはく。
やっぱり誰かと一緒に食べると美味しいね。
一人じゃこれないから。
こういうところ。
「いやいや。ラーメン屋くらい一人で入れるでしょ」
「コミュ障なめんなよ」
「だったら牛丼だってダメじゃん」
「あれはいいんだよ」
我ながら謎理論だ。
というより、俺は入ったことのない店に入るのが苦手なのである。
誰かが一緒なら大丈夫だし、今日のラーメン屋だって何回か来店したら一人でもこれるようになるだろう。
「テリトリー意識ってやつね」
「そうなのかな?」
「多かれ少なかれ持ってるわよ。人間だけじゃなくて私たちもね」
くすくす笑いながら、ミュリアニも匙を置いた。
彼女もきれいに完食である。
さて、腹もくちくなったところで、難しい話に移行しますかね。
さすがにこればっかりは先延ばしにできないし。
俺は伝票を手に取った。
先延ばしにもできないけど、ラーメン屋で話す話題でもないしね。
ぶらぶらと腹ごなしの散歩がてら、公園にでも寄って帰りますか。
「屋外プレイ? ばっちこいよ」
「OK。ちょっと落ち着きたまえ」
なんで出会って二日目で、そんなマニアックな方向に走らなくてはいけないのか。
俺の性的趣向はもっとずっとノーマルだ。
「そっちじゃないとすると、例の占い師の話?」
「その二択なのか」
やべえ。
ミュリアニが計り知れない。
さすが悪魔っ娘。
「それもあるけど、ミュリのことをもっと詳しく知りたいかな?」
「もうだいたい知ってるじゃない。私の身体」
OK。
そういう意味ではないのです。
あなたの性感帯とか、そういう情報が欲しいわけではないのですよ。
小さな児童公園。
置き忘れられたような遊具たちが、寂しげに佇んでいる。
膨らみはじめた桜の蕾が、月の光を浴びて白く浮かぶ。
「順番に話していった方が判りやすいかしらね」
とん、と、何かの動物を模したベンチ腰掛けミュリアニが微笑した。
なんだろう。
これほど月光が似合う女性を、俺は他に知らない。
現実は言うに及ばず、ドラマやアニメでも。
「そうだな。まずは悪魔ってのがなんなのか、軽く説明してくれると理解が早いかな」
「それは人間とは何かって質問と一緒よ」
ミュリアニの言葉に俺は頭を掻いた。
そりゃ答えようがない。
テツガクだもの。
「悪魔は悪魔だとしか言いようがないのよね。これだって人間がひとくくりにそう呼んでるだけで、いろんな種族がいるわ。私は夢魔」
サキュバスとも淫魔ともいわれる種族らしい。
うん。
すごく納得してしまう。
えっちいもの。
すごくえっちいもの。
「物質界、つまりここね。それの裏側にある魔界に住んでる者たちの総称って解釈が一番近いかしらね」
「だいぶファンタジーになってきたなあ」
「仕方ないわ。だいたいファンタジーだからね」
まあ、ホラーやスプラッタよりはマシだろう。
怖いのは苦手なんですよ。
井戸から女の人が出てくるヤツなんかみたら、夜中にトイレ行けなくなっちゃう。
「で、私たちと人間の歴史は、けっこう深い関わりがあったりするのよ」
大昔から悪魔は存在したし、人間と関わってきたのだという。
多くの伝承や伝説なんかに描かれる通りだ。
「なるほどなぁ」
「ちなみに天使ってのも同じよ」
「なんと」
天使と悪魔、なんて勝手に人間は呼んでるけど、アストラルの住人っていう意味において、とくに違いはないらしい。
ごく単純に見た目で区別してるとか、そんなレベル。
正邪の別など最初からない。
「どっちかっていうと天使の方が気まぐれなんだけどね。見た目があんな感じだから、ひどいことをされても試練だとか解釈しちゃうわね。人間は」
びっくりである。
ただ、言われてみれば判るような気もする。
契約を交わし、報酬を受け取って、それに見合った仕事をきちんとこなす人間より、気まぐれに施しをするような人間の方が善なるものとして認識されがちだ。
そんなわけないのにね。
ボランティアってたしかに尊いけどさ、それは結局のところ厚意でしかないから結果を求めることはできない。
んーと、わかりやすくいえばイラストレーターに無料で描いてもらった絵に、文句をつけるのは筋違いだってこと。
でも仕事なら、そういうわけにはいかない。
頼んだ側だって細かく注文をつける権利があるし、また、そうしなければいけないのだ。
作り手だって値段に見合う作品を作成する義務を負うし、条件闘争が必要になってくる。
報酬が発生するってのはそういうことなのである。
それを生臭いとか心がないとかいうのは、まさに得手勝手な考えだ。
天使というのは、気まぐれで人間を救いもするし、手慰みに傷つけもする。べつに代価は要求しない。
ミュリアニみたいな悪魔は契約に基づいて仕事を遂行する。その仕事の中には人を救うものもあれば破滅させるものもあるだろう。
この違いだ。
小さく見えて、ものすごく大きいよな。
「感情論としてなら、天使の方が都合がいいかもね。あなたのためにやっているの、なんて与太を信じられればって話だけど」
「たしかになあ。けどミュリは完全に百パーセント仕事として俺の恋人になってくれたのか?」
そうだったら哀しい。
契約恋愛ではあるんだけど、できれはそこに愛があって欲しい。
「絶対に契約したくないような相手の前に現れるわけないじゃない。お客を選ぶ権利くらい、日本の会社だってあるでしょ」
「最近は、客なんだから何をしても良いって考える輩も増えてるけどな」
肩をすくめてみせる。
少なくとも、嫌だったわけじゃないってことが判って良かったよ。
「想像以上に相性も良かったしね。私としては満足できる契約よ?」
「まだ付き合って二日目だぜ? 相性なんて判らないんじゃないか?」
長く一緒にいればケンカすることだってあるだろう。
価値観が合わないことだってあるかもしれない。
「なにいってんの? 相性悪かったら十三回もできないわよ」
「え? 相性ってまさか……」
「身体の相性よ。決まってるでしょ」
「決まってた!?」
そうでした。
俺の彼女はこういう人でした。人間じゃないけど。
条件として最初に挙げられるのは、セックスの相性。
さすがです。
「ゆーて敬一。性生活に喜びを見出せない恋人関係なんて、控えめにいっても地獄よ? わかってる?」
「そこはほら、愛とか」
「……ふっ」
アメリカーンな仕草で肩をすくめられちゃった。
鼻で笑われながら。
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