セックスから始まる恋愛はアリですか? 4
右手に鞄、左手にレジ袋を提げるという素敵なスタイルで帰路を歩む。
いやまあ普段もこんな感じだけどね。
一人で外食ってのは、なかなか敷居が高くてさ。
牛丼屋とかならぎりいけるけど、さすがに毎日だと飽きるし。
コンビニで、晩飯と次の日の朝飯を買って帰るってのが標準設定なんだ。
つらいでしょ?
かなしいでしょ?
だがしかし、今日の買い物は違うのである。
俺が食べるためのものは買っていない。
この喜び、理解していただけるだろうか。
理解してくれたあなたはリア充。
今日から俺も、きみたちの仲間だ。よろしくな!
「お兄さん。そこのにやけ顔のお兄さん」
唐突に声がかかった。
でも俺のことじゃないよね。きっと。
べつににやけてないし。
そのまま無視して歩き続ける。
「スルーするでない。汝ほどにやけている男はいないだろうが。東京中探しても」
「ほっとけ!」
なんて失礼な物言いだ。
思わず反応しちゃったじゃないか。
怪しげな辻占に。
うん。
見えていなかったわけじゃないんだよ。
でもさ、薄暗い路地にぽつんと座ってる占い師なんて、普通は無視するでしょ。
怖いじゃん。
占って書かれた薄ぼんやりとした行灯が、より以上に怪しさを醸し出してるよ。
なんなのこいつ。
「放ってもおけぬだろう。さすがにそこまで禍々しい気配を漂わせておってはな」
皺だらけの老人の言葉に、俺はぎくりとした。
禍々しいって……。
ちょーっとだけ心当たりはあるんだよね。
ほら、ミュリアニさんってば夢魔だから。
「占っていかんか? 安くしておくぞ?」
にたりと笑う。
なんだろう。この老人の方が禍々しく見えるんですけど。
怖い。
逃げたい。
だが、俺の足は意志とは裏腹に占い師に近づいていた。
「なんだよ爺さん。禍々しい気配って」
貧乏くさい木製の丸椅子に座る。
小さなテーブルには天鵞絨の布が敷かれ、古くさいカードが積み重ねてあった。
タロット?
漠然と手相か易占だと思っていた俺は、ちょっとだけ面食らってしまう。
老人が無言のまま、すっとカードの山をスライドさせた。
たったそれだけなのに、何枚かのカードが表向きになる。
え?
なに?
手品的なサムシングなの?
悪魔のカード。恋人のカード。魔術師のカード。法王のカード。
「あんた。鬼に憑かれているようだの」
「なななななにを言ってるんだよ」
「ほう。しかもあんたはその鬼を知っている」
淡々と紡がれていく言葉。
俺はといえば、冷や汗だらっだらだ。
だってこの爺さんのいう鬼って、悪魔って意味だよね。
ミュリアニのことじゃん。
それ。
「むしろ望んでそうなったとは。酔狂なことだのう」
ひひひと笑う。
やべえこいつガチだ。
インチキ占い師とかじゃなくて、ガチでやばいやつだ。
「だがの、小僧。人と魔は相容れぬものだぞ」
皺だらけの顔の下、目だけがぎらりと光る。
「も、もういいよ! 爺さん! じゃましたな!!」
慌てて立ちあがった俺は、財布から一万円札を取り出して叩きつけるようにテーブルに置いた。
地面に置いていた鞄とレジ袋を鷲掴みにして駆け出す。
逃げるようにっていうか、ぶっちゃけ逃げ出した。
こいつやばい。
この世に悪魔がいることを知っているし、その悪魔と俺が関係を持ったことも読んでいる。
絶対に関わっちゃいけない人種だ。
もつれそうになる足を必死に叱りつけ、アパートまで全力疾走する。
日頃の運動不足を嘆いてる場合じゃない。
「ぐおおおっ。か、加速装置ぃぃぃっ」
叫ぶけど、残念ながら俺にはそんな機能は搭載されていなかった。
転がるような勢いで自室のドアを開く。
「ミュリ!」
恋人になったばかりの悪魔の名を呼びながら。
部屋の中には誰もいなかった。
などということはまったくなく、普通にミュリアニが待っていてくれた。
「おかえりー」
と、のんきな声。
それは良いんだけど、ポーズがおかしすぎる。
床に座り、右足をぐっと持ち上げて頭の後ろに回すとか。
「な、なにやってんの……?」
「一人エッチよ」
「そんな馬鹿な!!」
ありえないよね!
そんなエキセントリックな一人エッチは!
あと裸ワイシャツでそんなポーズすんなよ! 目のやり場がないじゃないか!
「間違った間違った。ストレッチよ」
「そんな馬鹿なぁっ!!」
思わずのけぞっちゃったよ。
まったく似てないよね。
一人エッチとストレッチ。ッチしか合ってないじゃん。
何をどうやったら、そんな言い間違いをするんだよ。
意味不明すぎて泣いちゃうぞ。
「おかえりー」
もう一度ミュリアニが言った。
なんで二回言ったし……あ。
「た、ただいま」
帰宅の挨拶をしてなかったんだね。俺。
ていうか照れる。
めっさ照れる。
大学卒業以来ずっと一人暮らしだから、ただいまなんて言うことなかったもん。
「服買ってきてくれた? 敬一」
「あ、ああ」
謎のポーズを解除したミュリアニが近づいてくる。
隠されると惜しくなるのは男の哀しいサガだ。
もうちょっと見ていたかった、とかね。
でも、いまはそれどころじゃない。
ミュリアニの奇行のせいで吹っ飛んじゃっていたけど、ついさっきあったことを話さないと。
怪しい占い師について、手短に説明する。
買ってきたばかりの衣服を身につけながら、ふんふんと頷くミュリアニ。
まったく緊張感ないですね。あんた。
「よし。これで人心地ついた」
スウェット姿になる。
豊かなお胸さまの先端部がぽちって出てるのが、逆にえろいっすね。
「や。そうじゃなくて。ちゃんときいてたか? ミュリ」
「うん。実際に見てないからなんともいえないけど、魔術協会か聖堂騎士団のどっちかでしょ」
昨日の今日で接触してくるとは打つ手が早いことで、と笑う。
謎の固有名詞が出た。
なにそれ?
「んー 詳しく話すと長くなるから、その前に食事にしない? お腹空いてるでしょ。敬一」
俺の質問に笑顔を返してくれる。
でも、しまった。
晩ご飯を買ってきてない。
最寄りのコンビニに寄るつもりだったのに、慌てていたせいで忘れてたよ。
冷蔵庫の中には、当たり前のように食材なんか入ってないし。
謝罪する俺にもう一度ミュリが笑う。
「良いじゃん。ラーメン食べに行こうよ。ラーメン」
「この時間のラーメンは罪深いぜ」
などと言いつつ、俺もすっかり乗り気だ。
彼女とラーメンなんて最高じゃないか。
「肉たっぷりで、がっちりニンニクのきいたヤツ」
「本気で罪深いな!」
「精力つけてもらわないと」
「結局そこかい!」
なんてこった。
ありとあらゆる意味において、俺の彼女は肉食系です。
「なにいってんの敬一は。私の行動原理はすべて性欲よ」
「言い切ったぁぁっ!」
強すぎである。
「ただ、問題はあるのよね」
「問題?」
やや深刻そうなミュリアニの顔だ。
何事かと思って訊ねると、ごく単純にお金を持っていないということだった。
そりゃそうである。
登場したとき全裸だったし。
どこに財布なんか隠していたって話だ。
「もちろん俺が出すって。なんでそんなこと気にしてるんだか」
「だって敬一、金がかからない女ってのが良かったんでしょ?」
あー Nに言った条件か。
まったく問題ないよ。
「あれは、身の丈に合わない贅沢を好む女が苦手だってことさ。高級ブランド品とか、そういうやつだな」
もちろんそれは、俺の価値観には合わないというだけであって、他人の生き方に口を出すようなものじゃないけどね。
一緒に生きていくのは価値観のすりあわせが大変そうだから、できれば遠慮したいって思ったのさ。
でも、実際に惚れちゃったら、そんなもん気にならなくなるかもしれない。
実際、今がそうだし。
むしろ外食の費用くらいは、俺に出させてくれないと拗ねちゃうぞ。
甲斐性を見せさせてくれよ。
「相変わらず、敬一の考え方って謎よねえ」
「男には自分の世界があるのさ」
「空を駈ける一筋の流れ星みたいにね」
わいのわいのと騒ぎながら部屋を出る。
俺はスーツ姿でミュリアニはスウェット姿。
うん。
これはこれでアリだよね。
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なにとぞ! なにとぞ!!