人間の俺が悪魔を守って戦うのはアリですか? 11
東方魔術結社というのは、簡単にいうと魔術協会の親戚みたいなものらしい。
ジェニーたちが使うのが西洋魔術で、ようするに悪魔との契約が力の源。
東洋魔術というのは、たとえば陰陽術とかそういうものだという。
あいかわらず、ざっくりしすぎて良く判らないミュリアニの説明である。
「我らの力の源は神霊である」
「それもまたアストラル界の住人ね。基本、全部一緒だから」
「うぐう」
ミュリアニにいじめられているこの少女は、秋月時雨。
陰陽師なんだってさ。
俺たちと接触するために、田中の心に忍びより、うまいこと取り入った。
親戚の子ってのはもちろん嘘で、田中がそう信じてるだけ。
「少女に対して特別な思い入れがある御仁なので、術にはかかりやすかったのである」
「田中……」
艶やかな黒髪と白皙、つぶらな黒い瞳が、たぶんどストライクだったんだろうなぁ。
「しかし、いまさら東方魔術結社が接触してくるというのは解せんのう」
じっちゃんが首を捻った。
ミュリアニというか、悪魔について彼らは不干渉の姿勢を貫いてきたらしい。これまですっと。
いきなり方針が変わったというのは、ちょっと考えにくいそうだ。
もしそういうことなら、ジェニーを通じて魔術協会から連絡があるだろうし。
あ、そのジェニーは田中の相手をしている。
さすがにこんな話を聞かせられないからね。
良い感じに距離を取って、こっちの会話が聞こえない位置で雑談に興じているのだ。
さすがの手練手管である。
ちなみに、どうしてジェニーかっていえば、やつが興味を持つのは彼女くらいだから。
俺や北斎なんかははなから論外だし、ミュリアニにもあんまり関心がないという変態なので。
「結社の方針ではなく、我の独断である。敬一殿とみゆりあに殿にお力添えいただきたく、参上つかまつった次第にて」
ミュリアニ、な。
みゆりあに、じゃなくて。
カタカナを発音するの苦手なのか? この子。
ともあれ、個人的な依頼というやつだ。
俺とミュリアニは顔を見合わせる。
残念ながら、俺たちは便利屋とかは営んでいない。
ただのサラリーマンと自宅警備員のカップルなのだ。
力添えといわれても、なにをどうしたものやら。
「娘御よ。小僧もミュリ坊も面食らっておる。まずは順を追って話すが良い」
ラム肉をそれぞれの器に取り分けながら、北斎が助け舟を出してくれる。
相変わらず気の利くじっちゃんだ。
あと、ラム肉美味い。
ちょっと独特な風味があるけど、これはクセになる。
「失礼した。聖騎士殿。そもそも事の始まりは天保年間である」
「そこまで遡らなくても良いわ。説明に何日かけるつもりだ?」
うむ。
びっくりしたよ。
まさか江戸時代から話が始まると思わなかった。
もしかしなくても、この子は天然なのか?
こくんと頷き、時雨が口を開いた。
「三日前、財布を落としたのである」
「江戸時代関係なかった! 驚くほど関係なかった!」
思わずのけぞる俺であった。
なんのことはない。
財布をなくしちゃったので、探すのを手伝って欲しいという話だった。
あまりのしょーもなさに驚愕である。
「そもそも失せもの探しならば、汝ら陰陽師の独壇場ではないのか? 式神どもに探させればよかろうに」
じっちゃんも呆れてる。
「それがな。聖騎士殿。符も財布の中なのである」
「だめじゃねーか」
「おじいちゃん。言葉言葉。敬一みたいに汚くなってる」
「おお。すまんな。ミュリ坊」
祖父と孫の心温まる会話と見せかけて俺をディスるの、やめてもらえませんかねえ。
符というのは、式神を使役するのに必要な重要アイテムらしい。
アニメとかマンガとかに出てくる、急々如律令とか書いてるアレだ。
一応、紙と筆があれば即席でも作ることはできるっぽいんだけど、財布がないってことは紙も筆も買えない。
本気でダメすぎである。この少女陰陽師。
いっぺんになくしちゃわないように分けて持ちなさいよ。貴重品は。
ともあれ、ないないづくしで困じ果てた時雨は、この三日間、食事もとれていないし公園で野宿だった。
そして今朝、俺の家に向かっていた田中を発見し、そこに悪魔の気配を感じ取って、藁にもすがる思いで術をかけてついてきた、という次第だ。
うん。
ちょっと可哀想すぎる。
育ち盛りじゃないか。
「たくさん食べてくれよ。肉も野菜もいっぱいあるから」
ばんばん器に盛りつけてやる。
「痛み入る。敬一殿」
もっしゃもっしゃと食べる陰陽師。腹へってたんだべなあ。
なんとか助けてやりたい。
「同情には値するんだけど、私たち悪魔は基本的にボランティアってしないのよ。手伝うってことは代価を要求することになっちゃうんだけど、それは良いの?」
困った顔でミュリアニが言う。
助けてあげたい、とは思ってるんだろうな。
ていうか、町内会のボランティア活動に参加してるじゃん。あんた。
「あれは良いのよ。精気集めの一環なんだから」
「さいですか……」
ミュリアニが通学児童の見守りや、町内のゴミ拾いをやってるだけで、そのへんの男どもの視線は釘付けだからね。
下手したら小学生男子だって、精気を発散しちゃうかもしれない。
「あんまり若くても美味しくないんだけどね。やっぱり敬一のが最高よ」
うふふふー、と、腕を絡めてくる。
もう。すぐそういうことするんだから。
「代価、であるか」
ふうむと考え込む時雨。
人間が悪魔に支払う代価なんて相場が決まっていて、魂とか精気とか、そういうものになってしまう。
ミュリアニは夢魔なんで、精気が最高の報酬なんだけど、哀しいかな時雨は女だ。ミュリアニが食べる男の精気は支払いようがない。
これはちょっと難しいかな。
と、俺が考えていると、時雨がぽんと手を拍った。
「我の家に招待というのはどうであろうか。敬一殿も一緒に。京料理でもてなそう」
「京都か。いいねえ」
思わず反応しちゃったよ。
あんまり行く機会のない場所だし、これからの季節はとくに良いかもしれない。
千年の都でらぶらぶデート。
これはけっこうそそる。
「なかなかいいわね」
ミュリアニも微笑した。
契約成立っぽい。
「都内の猫たちに探させるわ。たぶんすぐに見つかると思う」
「なんで猫? ミュリは猫にコネでもあんのか?」
首をかしげる俺に、北斎が笑った。
猫とか鴉とかは、ぜーんぶ夜魔の眷属なんだってさ。
王女であるミュリアニの頼みをきかないなんてことは絶対になく、この東京にいる飼い猫と野良猫、それに鴉が、すべて彼女の目であり耳なのだそうだ。
「そりゃすぐ見つかるわ……」
びっくりである。
「だから、小僧が浮気などしたら秒でばれるぞ。ゆめゆめ忘れぬことだ」
「しないよ! するわけがないよ!」
むしろ秒で否定してやる。
俺はミュリアニ一筋だし、そもそも充分に満たされてるから浮気なんかする必要もないのだ。
「ん。見つかったようね」
わいのわいのと騒いでいると、朗報が舞い込んだようだ。
本気で早いな。
「痛み入る。みゆりあに殿」
深々と頭を下げる時雨であった。
良かった良かった。
「重畳だがな。小僧。べつに汝が金を貸して、その金で娘御が自分で符を作って探しても良かったのではないか? ミュリ坊の力に頼らなくとも」
北斎の言葉だ。
紙も筆も、千円もあれば釣りがくるだろうし、と、付け加える。
「あ」俺は声をあげた。
「あ」ミュリアニも声をあげた。
「あ」時雨も声をあげた。
まったくもってその通りである。
そもそも、時雨だって俺の家までこなくとも、田中から金を借りればよかったのだ。
特殊性癖の持ち主なんだし、嬉々として貸してくれるだろう。
なんて間の抜けた話だ。
「いや。いつ気がつくかと思って待っておったのだがの。乗り気になっている汝らに水を差すのも悪いし」
ぽりぽりと頭を掻く北斎。
『はやく言ってよ!』
俺とミュリアニの声がハモる。
驚いたのか、ジェニーと談笑していた田中がびくっとなった。
よからぬ事でも話してたんじゃないだろうな。
「ま、まあ、京都に行くことになったし、それはそれで良いんだよ」
「そうよ。私は敬一と旅行したいから力を使ったのよ。わざとよ」
うん。
さすがにその言い訳は無理があるぞ。ミュリアニさんや。
「ぜひ、おこしくだされ」
なんともいえない顔で、少女陰陽師が言った。
秋の深まる東京。
すっかり高くなった空に、小鳥が遊んでいる。
※著者からのお願いです
この作品を「面白かった」「気に入った」「続きが気になる」「もっと読みたい」と思った方は、
下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価していただいたり、
ブックマーク登録を、どうかお願いいたします。
あなた様の応援が著者の力になります!
なにとぞ! なにとぞ!!




