セックスから始まる恋愛はアリですか? 2
さて、何を願う?
ここで金とか権力とかを望んではいけない。
なにしろ相手は悪魔だから。
そういうものを願った人々が破滅するのは、まあ定番ですからな。
俗っぽいものを欲しがっちゃいかんのですよ。
ならば、俺が願うのはただひとつ。
ぐっと右手を差し出す。
「彼女に、なってください! おなしゃすっ!!」
「……敬一にとって、それは高尚なお願いなんだ?」
なんともいえない表情のミュリアニである。
「金や権力よりは?」
「たいして変わんないと思うけど……あんだけやったのにまだ足りないの?」
「いや。そこはどうでも良いんだ」
「良いんだ……」
「デートしたいじゃないか。一緒に街とか歩きたいじゃないか」
ぐいっと身を乗り出す。
大事なことだ。
セックスしただけでバイバイってのは、風俗と一緒なのである。
それでは卒業したことにならない。
素人童貞のまま。それすなわち、童貞なのだ。
「うん。この童貞力の言ってることが、私には一グラムも理解できない」
「男とは、理解されない生き物なのか」
「あんたが理解できないって言ってんのよ」
なんてこった。
俺の高尚な精神が理解されないなんて。
「どのあたりが高尚なのよ? そもそも私と敬一は種族が違うのよ? 判ってる?」
「うん」
「いや、あんた絶対理解してないでしょ」
ものすごく疲れたようなため息をミュリアニが吐いた。
解せぬ。
仕方がない。きちんと説明しよう。
「良いか。ミュリ。良く聴いてくれ」
俺はモテない。
自分で言うのもなんだが、生まれてこの方、モテたことがない。
コミュ障だからだ。
異性を目の前にすると、緊張して喋れなくなってしまうのだ。
「いやいや。いま喋ってるじゃん。べらっべらと」
「そこだ。ミュリ」
「どこよ?」
うろんげな目の夢魔さまです。
わかんないかなー?
ここまで異性と話せたのは生まれて初めてなんですよ。
快挙といって良いくらいなんだ。
「すなわち! きみこそが運命の人だ!!」
ぎゅーっと抱きしめる。
ああ。
なんて柔らかくて良い匂いのする身体なんだ。
「人じゃねーって言ってるだろ」
ぐっと押し戻されました。
しょぼん。
「言ってる意味は全然わかんないんだけどさ。ようするに敬一は私に惚れたってこと?」
「いえす!」
「悪魔なのに?」
「いえす! あいらぶ!!」
人間とか悪魔とか、ちゃんちゃらおかしいってもんですよ。
俺の部屋に現れてくれて、俺を愛してくれた。
きみこそ俺の天使だ。
悪魔だけど。
「やべえ……この人間きもい」
あれ?
なんか引かれた?
「だめっすかね……」
「なんでいきなりしょんぼりするのよ。さっきまでの勢いをどこに捨てたのよ? あんたは」
うう。
だってだって。
「仕方ないわね……なんでもひとつ願いを叶えるってのが契約だし」
しょげてしまった俺の頭を撫でるミュリアニ。
許された。
俺、許された。
「ミュリ……しゅき……」
「や。なんでそこで語彙力を失うの? バカなの?」
ところで、誰も興味ないだろうけど、俺は社会人である。
大学を卒業後、中堅の建設会社に就職した。
このご時世に正社員ってのは、そこそこ安定した身分だといえるだろう。会社自体もホワイトというほどではないが、ブラック企業ではない。
福利厚生はちゃんとしていると思うけど、ほどほどにサービス残業もある。
一応は完全週休二日を謳っているが、休日出勤しなくてはいけないことも皆無ではない。
でもまあ、東京都心にアパートを借りられるくらいの給料はもらっているし、余暇を趣味に使う程度の余裕もある。
「あらためて考えると、モテる要素は揃ってると思うんだ。わりと」
「べつに女は条件になびくわけじゃないでしょ。あんた自身が問題なのよ」
出勤の準備を手伝ってくれながら、ミュリアニが半笑いを浮かべる。
ヒドス。
「緊張してなんにも喋れないか、わけわかんないマシンガントークか、どっちかしかないんじゃ、普通の女はどん引きよ」
そうだけど。
まったくもってその通りだけど。
そんなにはっきり言われたら泣いちゃうぞ?
「泣かないでよ? うざいから」
「ミュリが冷たい」
「そもそも敬一は私に何を求めてるのよ?」
「愛」
はぁぁぁ、と、ミュリアニが盛大なため息を吐く。
そういうとこだぞ。
「とにかく、帰りに私が着れる服を買ってきて。このままじゃ外にも出られないから」
「い、いえすまむ」
ごくりと唾を飲み込む俺だった。
ミュリアニは全裸で登場した。いまは俺のワイシャツを着ている。
裸ワイシャツだ。
ひっじょーに素晴らしい格好だが、これで外出することはできない。
なので、俺は服を買ってこなくてはいけないのだ。
下着も。
「ブラとか買うのは敬一には無理だろうから、コンビニかドラッグストアでパンツだけ買ってくれれば良いわよ。Mサイズのやつ」
「お、おう」
「服はこのさいスウェットとかで良いから。最低限、外に出られればOK」
「が、がんばるよ」
現状では、服を買いに行くための服がないのである。
おしゃれなのをもってないのー とか、概念的な意味ではなく、物理的に。
全裸ワイシャツで外出なんぞしたら、さすがに通報されてしまう。
それは事実だ。
事実だが、俺が女物のパンツを買うのは、それはそれで通報案件な気がするぞい。
「堂々としてたら案外スルーされるものよ。キョドるから怪しまれんのよ」
「ていうかさ。魔法とかそういうので服を出すとかできないのか?」
それで全部解決するのに。
悪魔なんだから、そういう理不尽な力を持っていてもいいと思うんだ。
むしろ持っていてください。お願いします。
「魔力は受肉に使っちゃったから、スッカラカンね」
「受肉?」
耳慣れない言葉に訊ねれば、こくんとミュリアニが頷く。
夢魔というのは、本来は肉体を持っていないらしい。
アストラルサイドがどうこう言っていたが、詳しいことは俺にも判らない。
ともあれ、俺と恋人関係になるためには肉体が必要であるため、昨夜のようなかりそめの身体ではなく、きちんとした人間の肉体を形成しなくてはならなかったそうだ。
そんで魔力を使い切ってしまったと。
「おおう……俺のために……」
「私たち悪魔は契約によって生きる者だからね。約束した以上はきちんと履行するのよ」
そのあたりは平然と嘘を吐く人間と違うらしい。
方便を用いたり、訊かれていないことには答えなかったり、誤解や曲解の余地のある言い方をしたりすることはあっても、悪魔は嘘を吐かないのだという。
なかなか複雑な生き様だ。
「でも、魔力を使い切ってしまって大丈夫なのか?」
「肉体は人間になったから平気よ。それに、生命維持に困難をきたすくらいまで使うバカはいないわよ。それこそ人間じゃあるまいし」
唇の端を持ち上げる。
ちょっと耳が痛いね。
無理に無理を重ねて限界を超え、それで体を壊し、ときには命まで失ってしまう人間は枚挙に暇がないから。
「本当に命のかかった戦いっていうなら無理もするけどさ。なんで仕事や学校なんかで無理をする必要があるのか、私にはさっぱりよ」
両手を広げてる。
うん。
俺にもさっぱりだよ。
いまのところ俺はそういう状況になってないけど、たとえばパワハラとか無謀なノルマなんかで追いつめられたら、平然と会社を辞めるだろう。
最悪、無断退職したって良い。
社会人として云々、なんてお題目より、俺自身の命の方が大事だから。
死ぬまで会社に奉仕するってのは、なんぼなんでもナンセンスってもんだ。
「ただまあ、なるべくはやく魔力は回復させてしまいたいんで、帰ってきたら補給よろしくね」
「補給て……」
どうやってそんなもん補給するんだよ。
首をかしげる俺の前で、ミュリアニは左手を軽く握って輪っかを作り、そこに右手の人差し指を出入りさせた。
すこすこ、と。
「わかるでしょ? ウブなネンネじゃあるまいし」
わかるけど!
女の子がそんなジェスチャーしたらだめでしょ!
あと、俺ウブだから!
昨日まで童貞だったから!!
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