セックスから始まる恋愛はアリですか? 1
三十歳っていうのは節目の年なのだと思っていた。
漠然とね。
高校を卒業して大学に入り、社会人になってからも、その考えはなんとなーく持ち続けてた。
三十になるまでには、って、いろんなことに期限を設けたり。
けどまあ、勝手に定めた期限なんぞ時間の流れに勝てるはずもないわけで、とくになんの感慨もなく、三十の壁を突破してしまった。
成人式みたいな行事があるわけでもなく、お酒とか煙草とかが解禁されるわけでもない。
単に背負っている数字が二十九から三十に変わるだけ。
誕生日を祝ってくれる人もいないしね。
さて皆さん、こんにちは。
俺こと、浅山敬一は、昨日三十路に突入しました。
田中芳樹が著した『銀河英雄伝説』の登場人物であるオリビエ・ポプランのように、十五月三十六日生まれだとか、きらきら星からやってきた高等生命体だから二十九歳までいったら一歳ずつ若返るんだとか、無駄な抵抗はしないよ。
普通に三十歳になってしまった。
しょぼん。
誕生パーティーを開いてくれるような親しい友人もいないため、スーパーで買ったお酒と惣菜で祝杯を挙げた。
一人でね。
せめておしゃれなバーにでもいけよって話だけど、そんなところに一人で入れる積極性があったら、いままでに彼女の一人や二人くらいはできてるだろう。
彼女いない歴と年齢が等号で結ばれる俺は、恥ずかしながら単身でバーはおろか食堂にも入ることができない。
かろうじて、ぎりぎり全国チェーンの牛丼屋くらい?
俺が一人で入れるのなんて。
うん。
自分で言っていて哀しくなってくるな。
どんだけコミュ障なんだって話だよ。
だから、当たり前のようにナンパなんてしたことがないし、逆ナンだってされたことがない。
したがって、いま現在、俺のベッドで寝ている女性について、まったく、なんにも、一ミリグラムも心当たりはないんだよ。
昨夜、酔っぱらった俺が無意識のうちにどっからか誘拐してきた、という可能性を除けば。
「OK俺。ちょっと落ち着こう」
なんぼなんでも誘拐はまずいけど、缶ビール二つでそこまで正体をなくすわけがない。
それ以上に、そこまでべろんべろんに酔っぱらっていたら、部屋から出られるはずもないだろう。
仕事から帰って、食事がてら祝いのビールを呑んで、パソコンでSNSの友達からから祝福を受けて寝た。
しっかり記憶は残っている。
にもかかわらず、いんすぱいとおぶ、俺のベッドには裸の女性がいる。
ほわい?
俺はいえば、Tシャツにトランクス姿。
寝るときのスタイルだ。
だらしないというなかれ。一人暮らしの三十男がちゃんとパジャマを着用するなんて、幻想だぜ。
きっと。
たぶん。
「わかった。これは妄想だ。敬一、あなた疲れているのよ」
ゆっくりと毛布をめくってみる。
あ、現実から逃れるため、女性の身体には完全に布団をかぶせてあるんだ。
紳士だろ? 俺って。
ツッコミは受け付けないぞ。
「……いるか。そりゃそうだ」
なにしろ俺の胴体部に抱きついてる感触は消えてないからね。
茶味がかった黒髪とこの位置からでも判るビッグサイズなお胸さま。顔立ちは美人というより愛らしい感じかな。
足に絡まってる太腿の感触とか、もう死にそう。俺。
ただ、ここまで異常事態だと、性欲って涌いてこないらしいね。
マイサンはいたって静かなものだ。
森の中で眠りにつく湖のように。
裸の女じゃー ぐへへへー となるには、三十歳童貞は悟りきってしまっているのですよ。もういろいろと。
「とりあえず起こすか……」
俺一人で悩んでいても解答は転がり落ちてこない。
もし、万が一、そういう行為に及んでしまったのだとしたら、男としてちゃんと責任もとらないといけないし。
でも責任って何すればいいんだろう?
「あの、もしもし」
声を掛ける。
微妙にヨーデルになっちゃった。
情けないとかいうなよ?
もともと女と話したことなんてほとんどない俺が、一糸まとわぬ女性に話しかけるってこと自体がもっのすごい高いハードルなんだからさ。
跳べないハードルを負けない気持ちでクリアしてるんだよ。
「ん……もう朝……?」
ちょっと寝ぼけた感じだけど、鈴を鳴らすようなきれいな声だ。
聴いてるだけで脳がとろけそう。
「おはよ。敬一。昨夜はステキだったわよ」
どくん、と、心臓が跳ねる。
俺の中心がどんどん充血していくのが判る。
なんだこれ。
なんだこれ。
「もう。あんなにしたのに、また元気になってきた」
くすくす笑いながら、女が顔を上げる。
目が合った。
「紫の……瞳……?」
思わず掠れた声がもれる。
こいつ、日本人じゃない?
いや、そもそも紫の瞳の人種なんていたっけ?
さて、朝から一ラウンドを終えた俺は、なんかぼーっとしていた。
紫の瞳に見つめられたら逆らえなかった。
魅入られるという表現そのままに。
「ん。ごちそうさま」
「お……おそまつさまでした……」
ぐったりしながら応える。
思い出した。
すべて思い出してしまった。
彼女は人間じゃない。悪魔だ。
なに言ってるか判らないだろ?
大丈夫。昨日の俺も信じてなかったよ。これっぽっちもね。
誕生日を祝ってくれたネット上の知人が、なんか変なことを言いだしたんだ。もし本当に童貞だったら条件を満たしてるとか。
謎すぎ。
なんでも、昨日は月と火星がオポジットで、太陽と冥王星がオポジットで、これ以上の日はなかったんだってさ。
その知人……ハンドルネームはNっていうんだけど、そいつが童貞を捨てたいかって訊いてくるから、そりゃ相手がいればって応えたんだよ。
俺も酔ってたからさあ、適当な条件を付けちゃったんだよね。
バストは八十センチ以上でDカップくらいが望ましいとか、できればエッチなことが大好きな娘が良いとか、あんまり金がかからない女だったら最高とか、そんなのいねーってな。
現実を見ろよ俺。
そんなんだから童貞なんだぜってNにもからかわれたさ。
でも、その条件を満たす女は一人だけ紹介できるっていうんだよ。
「ただし、悪魔だけどな」
信じないだろ? 普通。
冗談で、悪魔が童貞をもらってくれるなら最高じゃんって応えた。
そしたら、どこからともなく声が聞こえてきた。
『契約は成立した』
次の瞬間、裸の女が目の前に立っていたんだ。
それが彼女。
紫の瞳をもった夢魔、ミュリアニである。
彼女と目があってしまった俺は、理性のブレーキが吹き飛び、がむしゃらに襲いかかった。
そしてミュリアニはすべて受け入れた。
そもそも、彼女たち夢魔の栄養源ってのが精気で、しかも三十歳童貞ってのは特別な意味があるそうだ。
三十までに捨てられないと魔法使いになる、なんて与太話もあながち間違いではない。
「大昔は今よりもずっと早く結婚したし、他に娯楽もなかったしね」
とは、そのミュリアニの言葉である。
十五歳くらいで成人を迎えるのに、それにプラスして十五年も清い身体を保つってのは並大抵のことではないらしいよ。
まして昨日は特別な日だったんだそうだ。
Nが言っていたとおり。
「敬一の童貞力が非常に高まっていたのよ」
「やめてミュリ。そんな特殊能力みたいな言い方をしないで」
哀しすぎるから。
そんな力はないから。
「だって事実だしね。十二発、さっきのを入れて十三発。堪能させていただきました」
両手をあわせて頭をさげたりして。
生々しいから。
そういうことを女の子が言うんじゃありません。
ていうか十二回て。
そりゃあ記憶だって飛びますよ。
俺は猿か。それともやりたい盛りの中高生か。
「期待以上のエナジーだったからさ。私も代価は奮発するよ。何が良い? お金? 権力?」
にっこりと夢魔が笑う。
これが契約だ。
俺は三十年間大切にしてきた(?)純潔を捧げる。ミュリアニは俺の願いを一つ叶える。
さて、なにを願うか。
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