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バイト‼︎ 1話  作者: 薄荷水
1/1

バイト探してます‼︎

僕達、1ヶ月も出会ってなかったんですね。」


唐突に大学生のケイくんが私に言った。


バイトをはじめて1ヶ月、シフトではじめて一緒に入っただけなのに…


「‼︎ん⁇」


どうして急に殺し文句みたいな事言うんだろう…


そう思いながらも、嬉しいようなくすぐったい気持ちが湧いてきた。


46歳のおばさんに何言ってるんだろう。


熟女マニアか何かなのかな?


いや、私も何考えてるんだろう…?


これは、バイト先の楽しい仲間に翻弄される46歳主婦の物語。

ここは関東縦浜市…20△△年夏


パートアルバイトの求人情報誌を見ながら、ふぅとため息をついた。

コロナ禍で夫から、もし働くなら感染しにくい仕事にして欲しいと言われていた私は、どんな仕事を選んだらいいのか悩んでいた。

接客業が好きでBA(美容部員)だったのは3年前。この3年ハローワークで求人応募したり、フリマアプリで取引してみたり、写真を売るアプリで写真を売ってみたりしたがどれもこれも人間1人が生活できる水準の稼ぎには程遠く、行き詰まり感がじわじわと身に沁みてきた。

ハローワークに関しては40代で正社員という事で応募したが、面接に進めたのはわずが数件。

せっかく面接してもらっていても、正社員でなくパートなら即採用するよと言われる事もあった。

親の介護が必要か?

持病がないか?

子供は身体が丈夫か?

仕事は絶対に休まないで欲しいなど、面接でこうも色々言われるとは思わなかった。

だってこういう質問は、雇用側がしてはいけない事になっている。建前では…

もうコンプライアンスもへったくれもないのかと、益々社会に出る事を躊躇していた。

そんな時、目に止まった求人が自動車会社の洗車バイトであった。

時給は普通より良く、労働時間1日8時間以内、自宅から通勤時間1時間以内という私の希望にピッタリだった。

人間1人が生活できる水準の給料になるかは分からないが、それはとりあえず今は脇に置いておこう。

だって私は、洗車も掃除も大好き、自動車も大好きだ。

「洗車バイトって体力いるのかな…」

時給が良いという事はその分大変な仕事であることが多い。

主婦でも大丈夫なのかな…

夫は許可してくれるのかな…

男性が多い職場になるだろうな…

以前はほとんどが女性の職場だったな…

人間関係とかどんな感じかな…

求人欄に赤いボールペンで丸をつけながら、またふぅとため息をつきそうになった。


あれから数週間経っても、私はバイト先を決められないでいた。

応募すらしていない。

時間のある時に、求人情報誌やハローワークのホームページにアクセスはしてはいる。

何件か目星をつけた求人もある。

なのに、よし!応募しよう!とはならない。

元気がないとか、勢いがないとかそういう感じに近いのだ。

これが俗に言う、


「今がその時ではない。」


という状態なのか…

アラフォーで中2病の発症を疑いながら、鏡の前に立ってみた。

中年主婦の姿がそこにある。

とりわけ美人でもない、普通ーの私。

お客さんには中々顔を覚えてもらえない。

どこにでもいる普通の人。

日本人標準身長、そして標準体重。

化粧品が好きで、この顔が化粧映えはするから、美容部員だった。

もちろん超絶綺麗な美人枠ではなく、親近感のある話しかけやすいちょうどいい美人よりの顔枠。

と、少し自虐的に思われるかもしれないけれど、自己評価は高くなりがちだという説もあるからこのくらいで十分。

多分、十分自己肯定感は高い。多分だけど。

こんなおばさんの私が働ける職場。

たくさんあるのに決め手がない。

これだという気持ちが湧いてこない。

またしんどい思いをする事もあるかも。

節約生活の限界まで試してから、働く方がいいのかな。

そうやって言い訳のオンパレードが頭を通り過ぎた頃、月が変わりカレンダーを破った。 


「稼ぐに勝る節約はなし」

❗️

ことわざの「稼ぐに追い付く貧乏無し」の節約バージョンがそこに書いてあった。

そう!どんなに節約をしても働いた方がずっと効率的で合理的!

何より働きたいという気持ちはある!

そして、最新の求人情報誌をスーパーで手にとった。


最新の求人情報誌を最初のページからゆっくり目を通していく。

「ん〜なかなかいいのがないな…」

介護、飲食、販売、レジといくつもの業種を見ていく。

出来そうな仕事、やってみたい仕事、無理そうな仕事…

私はどんどんページをめくっていく。

以前と同じ求人が出ている。

まだ人が足りてないんだな、きつい仕事なのかなと思いを巡らせた。

あっ!

あの洗車バイトも掲載されてる!

じっとその求人欄を読んでみる。

[応募されるなら22日までにご連絡を…]

期限までは後2日ある。

その日の夜、思い切って夫に相談したら、OKが出た。

翌日、電話をかける。

「40代の主婦でも応募してよろしいでしょうか。」

「大丈夫ですよ。それでは履歴書を…」

何と履歴書持参で面接をしてくれる事に!

ガチガチに緊張しながら、紺色のスーツに身を包み、店内へと出来るだけ姿勢良く入っていった。


面接は20分ほどと聞いていたが、人事の方がその場で採用をしてくれた。

「すごく感じのいい方だから採用します。」

やっと決まった!

バイト先!

私はスキップしそうな気持ちを、感謝の言葉に込めた。

「どうぞよろしくお願いいたします。」










バイトを始めて1ヶ月、やっと身体も動きに慣れてきた頃に初めて一緒に仕事をしたケイくんの言葉は、今も思い出すと自分の焦った気持ちに笑いそうになる。


「僕達、1ヶ月も出会わなかったんですね。」

「‼︎ん⁇」


確かに1ヶ月の間にシフトが重なる事はなかった。

ただその事実だけを伝えている言葉に、私には思えなかった。

「出会わなかった」という言葉から、

「出会えた」事を喜んでいるような気配を感じたから。

むず痒い、舌が熱くなるような、バイト先でそんな気持ちになるとは思わなかった。

ギャグで言ってるのかな?

突っ込んだ方がいいのか…

どう返すべきか分からず、笑って誤魔化した。

恋愛小説の中に出てきそうなセリフが、すっかり恋愛から距離をとっている私には、眩しくて胸に刺さった。

こんな事を言うケイくんはどんな人何だろう。

いつも静かな感じで、真面目に仕事をしている。落ち着いた雰囲気と、少し鋭い大きな瞳がかわいい。

っと、おばさんが息子より少し年上の男の子の事を何と言っているのやら。

自重しようと思いながら、息子より年上だったら推しても大丈夫と、勝手に謎理論を展開させていた。


20歳前後の大学生とのバイトは、初めは敬語で話してかなり緊張していた。

初めてシフトに入る人とは、特に変なことを言わないように気をつけていたが、ケイくんには色んな話をしてしまった。


なぜなら、ものすごく質問されたから…


ご趣味は?から始まって、(もちろんお見合いか!とツッコミました)

一人暮らしをした事はありますか?などなど10個以上質問をされた。

仕事をしながら、バカ正直に答える私も私だが、気を使って質問してくれているのかもしれないと思ったから仕方ない。

こんなおばさんに質問してくれるなんて、何だか嬉しくもなる。

人懐こい感じでもないケイくんが、こんなに私に興味を持ってくれているのかと、私は嬉しかった。

本当に、単純に嬉しかった。

どんな仕事を前はしていたかの話になり、元〇〇官だと行った時、

「今日1驚きました!」

ケイくんが目を開いて言った。

今日の1番にしてくれたのか。

今日の1番という発想に、こちらが驚いた。

その感性が新鮮で、私も時々今日の1番について考えるようになった。

自分とは違う新しい発想や考え方に触れると、楽しくて嬉しくなる。

そうして、どんどん一緒に仕事をする事が楽しみになっていった。


バイトを始めてから1ヶ月で、私の体重は3kg減っていた。

土日祝日のみのバイトだったので、月に8日ほどのシフトでである。

やはり仕事をすると1日で10kmほど歩いていたし、車を洗う時に腕もよく動かすのが良かったのかもしれない。

以前より少し顔がスッキリしている。

「別の人かと思ったよ。」と職場の人にも言われる。

実は、2年ほどダイエットをしていたがなかなか体重は減っていなかった。

やっぱり身体を動かす仕事は最強!

心も身体も健康になれそうだ。


そして、そのまた1ヶ月には更に3kg体重が減った。

体脂肪も29%から21%まで減った。

「見る度に痩せるねー。」

職場の人も驚いたが、私もこんなに痩せるとは思わなかった。

やっと念願の40kg代になり更に仕事をするのが楽しみになっていった。

よく見ると腕も筋肉が付き、腹筋も割れてきている。


夫は、

「こんなに痩せてかわいそう。」

と言うが、ダイエットをしているのを知っていてかわいそうはないのでは?

思えば結婚前に、

「太ったら捨てるから」

冗談っぽく夫から言われた時に、本当はかなり傷ついていた。

20年経った今も覚えているほど。

夫は結婚後、20kg以上太っている。

私も夫を捨ててもいいのかな?

そう話すと、

「いいよ。」

冷たい目で夫が言った。

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