妹の見合いから獣人の番騒動に巻き込まれた
気分転換二つ目です。
感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
久しぶりに実家に帰ると相変わらず両親は世界の何処かを飛び回っていた。
家にいるのは我が家唯一の良心・妹のウィンディと、息子も娘も孫娘も真っ当な暮らしをしないとヤサグレた腹黒い爺婆が二組。
私と両親は現場主義の学者だ。
父は学者なのか登山家なのかよくわからないくらい山に登りまくる山岳研究者で、母は原生林に籠もれば数年は行方をくらます植物学者。
そして私は地下遺跡に潜らずにはいられない古代史学者だ。
学者に最も必要なのはサバイバルスキルという両親の教えに則り鍛え上げられた私と、祖父母二組が「この子だけは真人間に育てるんだ!」と囲い込んだ妹は、見た目からして姉妹に見えない。
年頃の娘らしくドレスを着こなし淑女の所作を身に着け可憐に微笑むウィンディは、妹という贔屓目を抜きにしても可愛くてたまらない。
そんな可愛い可愛い妹が、今日はどこぞの馬の骨と見合いだと言う。
どういうことだ、爺婆ども!
身元は確かなんだろうな? 大商会の一人息子だと?
浮気性じゃないだろうな? 評判の美男子だが悪い噂は聞かないだと?
甲斐性はあるんだろうな? 王都のメインストリートに任された店は行列の人気店だと?
暴力癖はないだろうな? ケンカは強いが女性には手を上げないだと?
そんな男、逆に胡散臭いわ!
大商会の跡継ぎ一人息子で商才アリで腕っぷしの強い評判の美男子なのに悪い噂を聞かない?
不自然だろうが!
これが爺婆どもが持って来た見合い話という所が最も警戒するポイントだ。
あの腹黒い老人どもは、ウィンディを可愛がりはするが手段は選ばない。
これぞと思った男がいれば略奪脅迫なんでもアリだろう。
大商会の一人息子が未だに独身で婚約者もいないというのも信じられない。
「ウィンディ、お姉ちゃんの野生の勘が告げている。その見合いは行ってはいけない」
「ミトラ! 不吉なことを言わないでおくれ! お前の野生の勘なんて本当に当たりそうじゃないか!」
大自然と一体化して数多の危機を乗り越えてきた私の野生の勘は実際よく当たる。
途端に不安そうな顔になるウィンディを全身で抱擁した。
「ウィンディにはお姉ちゃんが立派な婿を発掘してくるから」
「ミトラお姉ちゃん、私、旦那さんは人間がいいな・・・」
「大丈夫。人間もたまに埋まってる」
「アンデッドはちょっと・・・」
「古代の王族だぞ? 超絶美形だぞ? 財宝ザクザクの大金持ちだぞ?」
「贅沢は言わないから現代人でお願い・・・」
私の妹はなんて謙虚なんだろう。小さな頭にスリスリして愛でる。
「ミトラ、綺麗にセットしたウィンディの髪を乱さないでくれないか。先方との約束を当日にキャンセルなどウィンディの評判が落ちるだろう。無理に結婚話を進める気はない。ウィンディの意思を尊重する」
一番腹黒い爺が私を説得しようとする。
ウィンディの評判が落ちるのは本意ではない。
「相手は大商会なんでしょ? ウィンディが嫌がっても向こうが気に入ったら断れるのか?」
「ウィンディが嫌がる縁談を我々が無理に進めると思っているのか? 相手が王族でも潰すぞ」
一番物騒な爺が母から送られてきた謎の小瓶を振り振りニヤリとする。
あれは未発表の植物毒だろうな。
「ウィンディ、見合いが済んだら真っ直ぐ帰ってくるんだよ? 私も出立を明日の朝まで延ばすから」
「ありがとうミトラお姉ちゃん! 帰ってきたらお話聞いてね」
ああ可愛い。
私とは別物の華奢な手を振って、ウィンディは馬車で出掛けていった。
───二時間後。
帰ってきたウィンディの様子がおかしい。
付き添った婆二人も微妙な顔をしている。
「何があった? 怒らないからお姉ちゃんに話しなさい」
「サバイバルナイフを構えながら言う台詞じゃないよ、ミトラ」
一番金に汚い婆が呆れたように私に言うから仕方なくナイフをしまった。
父が送ってきた高山でしか栽培できないお茶を飲みながら聞いた話はこうだ。
見合い相手の大商会の一人息子は虎の獣人だった。
これは問題ではない。純粋な人間と獣人の間に特に蟠りがあったりはしないし、結婚も子作りも一般的だ。
ただ、獣人には人間には無い特徴として「番」というものが存在する。
一生巡り合うことが無い獣人も多く、もしも運良く出会えたら何より優先しても許されることになっている。獣人の間では、だが。
その番が人間だった場合は、番の感知能力がない人間相手に無理強いすることはできず、結ばれないこともある。
獣人が番を感知するのは嗅覚だ。
番の匂いは一嗅ぎで分かるものらしい。
ウィンディの見合い相手の虎獣人は、ウィンディが見合い会場に入った瞬間「俺の番が見つかった!」と叫んだそうだ。
鼻息荒く飛びかかってきたところを、付き添っていた一番容赦のない婆が叩き落とした。グッジョブ婆。
怯えるウィンディに、聞いてもいないのにペラペラと虎獣人が弁明した内容が更に婆たちを激怒させた。
見合い相手には婚約者はいないと公表されていたが、実は生まれたときからの許嫁がいた。
やはり大きな商会の娘で猫科の獣人だった。
だが、商売をしていると付き合いの一環で見合い話は持ち込まれる。
子供が複数いれば、跡取りには婚約者がいるけど他の子たちには世話してくれと言えただろうが、一人息子では見合い話を持ち込む得意客や取引先の顔を立てるために「会うだけでも」と赴けるのも一人だけ。
許嫁の公表はせずに、一人息子は許嫁の結婚適齢期ギリギリまで「見合い要員」として家業貢献するしかなかった。
今回の見合いも、親から「断れない筋だから」と言われ、業務の一部として臨んだが、思いがけず番と巡り会えた。
許嫁との関係は解消するから今すぐ俺のものに、とは言い終わる前に付き添いの婆二名が天誅を下した。グッジョブ婆ズ。
それでも、番にガッつくのも番を理由に獣人同士で不実なやり取りをするのも「巷ではよくあること」と一応冷静に聞いていたらしい。
見合い相手が、「俺の心も体も番のものだが、家のために結婚は公表せずあと5年くらいは色々な女性と見合いをする」などと意味不明な供述を始めた辺りで婆ズが虎獣人をボコボコにして帰ってきたそうだ。
腕っぷし自慢の若い虎獣人の男をボコボコか。お転婆な婆ズだな。婆が転がるからいいのか。得意技はローリングスラッシュだったっけ。
「帰宅が早かったのは見合い続行不可能になったからか」
「ああ、ミトラの野生の勘が当たっちまったねぇ」
婆ズとハイタッチしながら茶を啜る。
「変な見合いをウィンディに持って来たことを深く反省してほしい。ウィンディの婿なら次の帰宅の際に私が、」
「ミトラお姉ちゃん、私の希望は現代人だからね?」
おっとりした妹に食い気味で遮られた。
そんなに嫌なのか、遺跡産の婿。
「まさか番と言い出すとはなぁ。唯一無二の番ならば誠実に対応し大切にするはずなのだが。結婚を隠して今後も見合いを続けることを望むとは怪しいな」
一番腹黒い爺が顎を撫でながら首を捻る。
獣人が番を得るのは慶事で、大々的に公表して借金をしてでも大宴会を催すはずだ。
番をキープだけして公表せず、この先5年も他の異性と会うような不実な真似をしたい獣人など「本能残ってるのか、お前」と同族から誹られそうだ。
家業のための見合いでも、それで番に嫌われたら元も子もない。
だから逃げられないように純潔を奪ってキープしようって話なら、ボコった婆ズよりキツイ百発をお見舞いしてやる。
「ミトラ、何か役に立つ土産はないのか」
一番物騒な爺が手のひらを上に向けて私に差し出す。
「こんなこともあろうかと、盗掘団の死体から剥ぎ取ってきた古代の防衛装置があるよ」
先日潜った地下遺跡で罠にかかり全滅していた盗掘団にへばり付いていた魔道具を、爺の手のひらに載せる。
見た目は胡桃のようだが、材質は未解析。剥ぎ取ったときに設定解除はしたから無差別攻撃はしない。
「どうやって使うんだ?」
「ウィンディに御守りとして持ち歩いてもらえれば。さっき不埒な輩全般を攻撃対象に設定しておいたから」
「ミトラお姉ちゃん、私がこれを持っていたら襲ってきた人はどうなるの?」
「安心して、ウィンディ。お姉ちゃんは可愛い妹に血を見せたりしないよ」
怖々訊ねたウィンディが、ほっと安堵の息を吐く。
お姉ちゃんに抜かりはないよ。防衛装置が丸呑みするから散らからない仕様。吐き出すのは骨だけだから。
「ミトラ・・・。本当に安心していいんだろうね?」
一番腹黒い爺が抱いた疑惑に答える前に、耳に付けていた魔道具から声が流れてきた。
今回発掘した古代の魔道具の一つで通信用の道具だ。
『ミトラ、寂しい。早く戻って。じゃないと外に出る』
「まだ体が半分できてないんだからダメ! すぐ戻るから待ってて! あ、ダーリンが待ってるから私行くわ。防衛装置があればウィンディに危険はないから」
「は? ダーリン⁉ お前、男がいたのか⁉」
「やっと理想のダーリンを発掘できたんだ〜。今、古代の技術で新しい体を生成しているの。神域に閉じ込めちゃったから退屈してるみたいで拗ねちゃってさ。体が完成したらここにも連れてくるから! じゃあね!」
私は大急ぎでダーリンの元に戻り、満足の行く丈夫で健康な体を完成させ、彼の戸籍や身分証も正規のものを用意した。
莫大な費用がかかったけど、ダーリンのポケットマネーの僅かな一部で事足りた。
約束通りダーリンを連れて実家に帰ると、何かを悟ったように遠い目をしているウィンディと慰める爺婆たち、それに満身創痍の虎獣人の男がいた。
「え、誰」
「ミトラ、よそ見しないで」
転がる虎獣人に視線を向けるとダーリンにグイッと首の方向を変えられた。
うん、ごめんね。
「ミトラお姉ちゃんがくれた防衛装置が普通なわけないんだよね。わかってたはずなのに安心していた私が馬鹿だったのよ・・・」
「どうしたの? ウィンディ」
ぶつぶつと呟いているウィンディに問いかけると、爺婆ズにキッと睨まれた。
「お前の寄越した防衛装置が王都のメインストリートで発動したんだよ!」
「衆人環視の中でウィンディに近づいたこの前の見合い相手をウィンディのポケットが丸呑みにして白骨を吐き出したんだ! メインストリートは阿鼻叫喚! 官憲は出動する! 大騒ぎだよ!」
「でもコレ肉が付いてるよ?」
「ミトラ、こっち見て」
首グイッ再び。
「慌てて奇術ショーだと誤魔化して骨を運び込んで、クジャクが送ってきた食人植物対応の蘇生薬溶解液に浸け込んだんだ」
クジャクは母だ。原生林にはあっという間に人間を消化する捕食植物も生えてるからな。
それ対応の蘇生薬が効いたなら、あの防衛装置の素材は植物系なのかもしれない。
「どうにか肉体の再生はできたけど、蘇生薬が尽きて傷の治療までは回らなかったんだ。このまま意識が戻らなければ闇に葬ることになるが、ウィンディが関わっているのを見た目撃者が多すぎる」
闇に葬るのは構わないけどウィンディが疑惑の目で見られるのはよろしくない。うちの爺婆ズのスタンスはブレないな。
「ねぇダーリン。私の妹が困らないようにできないかな?」
首に両腕を回して顔を近づけ甘えてみれば、ダーリンの目に著しく興奮が漲った。
「できるよ! 俺ミトラの役に立てるよ!」
断言して虎獣人に半透明の指輪を嵌めた右手人差し指を向けるダーリン。指輪は魔道具だが材質不明でダーリンしか使えない。
虎獣人に向けた指先から指輪と同じ色の光が真っ直ぐに伸びて、意識のないボロボロの体に吸い込まれる。
「う・・・んん・・・」
倒れた虎獣人の口から呻き声がこぼれ、全身の傷が見る見る消えていった。
古代の魔道具って摩訶不思議だなぁ。
「あれ・・・?」
瞬き一回、鼻を一度ヒクリと動かした虎獣人は、いきなりカッと両目をかっ開いて、ぐりん!と私を振り向いた。
「見つけた! 本物の俺の番!」
獣人らしい瞬発力で飛び起きた虎獣人が私に狙いを定めた瞬間、ダーリンの前蹴りが炸裂した。
おお、新しい体の動きは快調のようだ。
声も立てずに体をくの字に曲げて吹っ飛ぶ虎獣人。
「殺してない。今殺したらミトラの妹困る」
「さすがダーリン!」
褒めるとふにゃりと相好を崩す様子がなんとも愛しい。
「うぅ、ウィンディ嬢に番の匂いが付いてたから近しい人だと思ってキープを目論んだのに、やっと本物に会えたと思ったら俺より強い男に守られてるなんて」
蘇生薬に自白剤効果でもあったんだろうか。聞いてない動機や心情を説明してくれた。
「こんなに番の匂いがするのに、巡り会えたのに、会ってしまえば求めずにはいられないのに!」
全裸で号泣する虎獣人。
蘇生薬に浸けたり傷の治療のために服を着せてなかったようだけど、そろそろウィンディの視界から外したい。爺婆ズが壁になっていて見えてないみたいだけど。
しょうがないな。
私は手近なテーブルクロスを虎獣人に投げて体を隠させると、ダーリンの手のひらを上に向けさせて小さな塊を二つ載せた。
「獣人が番の匂いに人生を振り回されるのは古来から変わらぬ本能。そんなあなたに朗報です! 古代の地下神殿から発掘された祭具の一つ、『プレミアム鼻栓』が今なら特別価格0ゴールド!」
身振り手振りを交えて口上を述べる私に虎獣人が口をポカンと開ける。ウィンディと爺婆ズは「またか」という顔で口を噤んだ。
「なんとタダ! 無料です! 0ゴールドは今回一組限りの特別価格! 持ってけ泥棒!」
ダーリンに目配せすると、心得たとばかりに頷いて『プレミアム鼻栓』を手に虎獣人に歩み寄る。
テーブルクロスを体に巻きつけ尻で後退る虎獣人だが、ダーリンにあえなく捕獲され両方の鼻穴に鼻栓を突っ込まれた。
「ウグゥ何をす・・・ん? 番の匂いが消えた?」
藻掻いていた虎獣人がピタリと動きを止めた後に首を傾げる。
「それは番の匂いだけを感知不能にする古代の神秘の力。番以外に対する嗅覚は変わらないから生活に不便はないはずだ」
私の説明にクンクンと鼻を動かしていた虎獣人が、鼻栓を外した状態と比べようとしたのか『プレミアム鼻栓』に手をかけた。
「は、外れない⁉」
「そりゃ、古代の神秘の力だからね。神に救いを求めた獣人に授けられたと言い伝えがあったから、一生外れないと思うよ」
「そんな!」
「どっちみち私はお前を選ばない。ダーリンを不安にさせたり嫌な思いもさせたくない。生まれたときからの付き合いや情を匂い一つで廃棄する習性にも馴染めない。番ゲットを何よりも優先して許されると考え、妹を利用して傷物にしようとした男なんか一生かけても好意を持てるわけがない。その鼻栓はくれてやるから二度と私の前に姿を現すな」
最後通牒を突き付けると、テーブルクロスがしっかり巻き付いているのを確認した爺ズが虎獣人を担ぎ上げて表に出し、馬車に放り込んだ。
ちゃんと馭者には虎獣人の実家に送り届けるよう伝えたようだ。
「後で厳重に抗議しておくよ。一人息子の番を得るためだとしたら、ウィンディを利用しようとしたのは家族ぐるみだろうからね」
一番容赦のない婆が渋面で言う。
「見合いは信用ならないのがわかった? ウィンディにはお姉ちゃんが厳選した婿を」
「それもいいかもしれない・・・」
おお! ぼそりとした呟きながらも前向きな意見。
ダーリンと手を取り合って喜んでいると、ウィンディがわっと両手に顔を伏せた。
「だって、もう、この王都で結婚相手を探すのなんか無理よ! メインストリートでポケットからリアルな等身大白骨を出した女よ⁉ 嫁の貰い手があるわけないじゃないーっ‼」
「ミトラの妹、気にするな。ポケットから無限に白骨を出せる男が友人にいる。今度連れてくる」
ダーリンの気遣いにウィンディは「うわあああん」と泣き崩れた。
お姉ちゃん、何か間違ったかな?