賢者の卜占
「協力して頂ける、というのは?」
「儂は趣味で占い師もやっておると言ったじゃろ。これがなかなか当たると評判でな……実は皇帝陛下からもリヒト殿下の将来を占って欲しいと頼まれておっての。どうじゃろう。儂の些細な願いを聞いてくれるのなら……」
「くれるのなら……?」
「殿下の相について、皇帝になるよりも地方の領主として帝国を支えることに向いている、と提言しよう。そうすれば、将来の自由な暮らしに大きく近付くことができるじゃろう」
なんと魅力的な提案なのだろう。本来であれば一国の、それもこの世界に君臨する大国の皇帝ともなれば、誰しもが憧れる地位に違いない。しかし皇太子が複数いる場合、政争や暗殺はつきものである。
それだけではない。世継ぎを産まなければいけないというプレッシャーに加え、他の貴族との社交、他国の王家や要人との外交、地方の領主や臣下との折衝などなど……立憲君主制下の王でも多忙なのに、一度王制下の皇帝になってしまえば政治にも口を出さなくてはならない。
ただでさえ女神さまから布教の使命を授かっているのに、僕の実務能力ではToDoリストがパルプンテだ。「田舎の静かな生活を手に入れる」を、当面の目標にして生きて行こう。
「それでは、ぜひお願いしたいのですが。その、賢者様の願いというのは……」
「うむ。エイルリフィアには君と同い年の皇女がいることは、もう話したの。その第二皇女のことで相談なのじゃが……」
そういえば昨日、そんなことを皇帝と話していた気がする……なるほど、話が見えてきた。王侯貴族の社会では政略結婚なんて日常茶飯事だ。やむを得ない、覚悟を決めよう。
「彼女はとても賢く、優しいのじゃが、皇女という立場もあって同年代に友人がいないのじゃ。君ならば身分も対等であるし、きっと良い友になれると思うのじゃ。そう遠くない未来に、君と彼女は出会うことになるじゃろう、その時には、エイルリフィア第二皇女・リルライト殿下と仲良くしてやって欲しいのじゃ……どうじゃ、このジジイの些細な願いを聞いてはくれんか?」
「そんなことで良いのですか?」
「本音を言えば皇族を離れた君が、自由な暮らしを満喫し、フェロニアという女神から与えられた使命を果たしたのち、第二皇女に婿入りしてくれるというのが理想じゃが。流石にそれは欲張り過ぎというもの。まずはお友達から、の」
「わかりました。僕なんかでよろしいのであれば、喜んで皇女殿下のお友達になりましょう」
こうして、僕と賢者のあいだに密約が交わされた。
それから三日の後。僕の体調が回復し、賢者がエイルリフィアへと帰国する前日。僕は兄である第一皇子・フランビードとともに、皇帝の間に通された。ごく内々の人相見で、皇帝と賢者、僕たち兄弟の他は、侍従長と近衛騎士団長のみという面々であった。
「第一皇子・フランビード殿下は、武人として皇帝陛下の才を非常に色濃く受け継いでおります。学門の才も非凡で、政治的知略にも長けていらっしゃる。皇帝として人民を統治すれば、帝国はさらなる発展を遂げることになるでしょう」
賢者はそう、第一皇子を評価した。皇帝は「フランビードは真面目過ぎるきらいがあるものの、やはり第一皇子に足るだけの知力と体力を持ち合わせておるようで安心です」と相槌を打った後、「で、リヒトの方は……」と、僕を未来を早く占うよう賢者を急かした。
「ふむ……リヒト殿下も、帝王として人民の上に立つに足る才能が十分にある。じゃが……どうも星のめぐりが良くない」
「具体的には、どう良くないのでしょうか。賢者様……我が国の為と思って、忌憚の無いご意見をお聞かせ願いたい」
「ううむ。……もしリヒト殿下が皇帝の地位に就けば、世は乱れ、殿下自身の命を縮める事態を招くこととなる。それを避けるには、臣籍に降下させ、どこか別の領地を与え、その地を治めさせるのが一番良いでしょう。また殿下は少しお身体が弱いようですので、できる限り早いうちから空気が綺麗で豊かな自然に囲まれた土地で、療養を兼ねてお暮らしになるのが良いかと思われます。心労の絶えない都の政治からは、遠ざかるのが吉と出ております」
賢者は僕の顔を見ながら、皇帝陛下にそう告げた。