転生者の末裔
「顔色もだいぶ良くなった。どうやら一安心のようじゃの」
翌日の朝早く賢者が部屋にやってきて、昨日のようにベッドに腰かけた。
「ええ。おかげさまで、ずいぶん楽になりました」
「なに、儂は薬を処方したまでじゃよ。治ったのは君の免疫と、彼女の力のおかげじゃよ……」
賢者は、僕の手を握ったまま眠りについているクララを指した。
「あ……す、すみません。私、眠ってしまって」
人の気配を感じたのか、クララはハッと目を覚ました。一晩中、僕についていてくれたのだろう。
「ありがとう、クララ。僕はもう平気だから、クララも部屋でゆっくり休んで来なよ」
「殿下の言う通りじゃ。君まで風邪をひいてしまっては大変だからの。さ、リヒト殿下には儂が付いているから、部屋に戻って少し休みなさい」
賢者と二人だけになった僕は、昨日の耳打ちのことを尋ねるべく切り出した。
「賢者様。昨日仰っていた、違う世界から来た人間というのは、一体……」
「ふむ……ペニシリンのことを知っておる様子じゃったし、やはり君は異世界から呼ばれたのじゃな」
僕は自分が転生者であるかどうかを認めるか逡巡したが、この賢者は万事信用できるように思われたので、素直に頷いた。
「儂は錬金術師が本業じゃが、趣味で占い師もやっておる。そして時々、思いついたようにこの世界の運命を占う。あれは、五年ほど昔じゃったかの、”壮大な宿命を背負った子がこの世界に現れる”という占い結果が出た。そして、その子は儂のごく近くに現れるであろう、ともな。儂はそれが生まれたばかりのエイルリフィア皇国第二皇女であるのではないかと考えておった。しかし……殿下が転生者であるならば、宿命を背負った子というのは君のことかもしれん」
賢者は長く豊かなあご髭を撫でながら、僕の顔を眺めた。
「……儂の故国であるエイルリフィア皇国は、医薬の女神・エイルリフィアに由来しておる。そしてエイルリフィア皇国は約千年前、異世界からやってきた医師で錬金術師の転生者の尽力によって建国された。その錬金術師は儂の直接の先祖にあたるのじゃが、昨日のペニシリンも彼が前世の知識を基に創薬したもので、レシピが代々儂の家に受け継がれておる。こうした”転生者伝説”は世界各地に残っていて、そのいずれにも神の存在が関わっておる」
つまりこの賢者は、転生者の末裔ということだ。しかし、千年前にペニシリンがもたらされているということは、向こうの世界とこちらの世界の時間の流れは全く異なっていることになる。
果たして僕は、会いたい人に再会することができるのだろうか。
「僕をこの世界に転生させたのは、フェロニアという女神様でした。……この世界には僕以外にも転生者が何人かいるということですか?」
「いや、その可能性は低い。というのも転生者というは百年に一人の割合でしか呼び出されることはない。そのうえ……皆、悉く短命なのじゃ。多くが一世代、約三十三年でその生涯を終えとる。それが何故かは分らんし、あくまで言い伝えに過ぎないのじゃが……それにしても、フェロニアという名の神は聞いたことがないの」
三十三年……あまり短いという気はしない。前世では、その三分の二程の年月しか生きていなかった。
「そうですか……僕は転生する際、女神様に彼女を主として祀る宗教を興し、それを国教とする国を作るように頼まれているのです。それが、僕に与えられた使命なのです」
「うーむ。それは本当に困難な使命じゃの……と言うのも、このインウィクトス帝国の国教は、太陽神ソールを祀るもので、非常に大きな力を持っておる。この土地で新たな宗教を興すのは、容易なことではない」
そう言うと賢者は、この世界の仕組みや宗教について、簡単な講義を行ってくれた。