農具納品
頑張って身体と衣服を清めたつもりであったが、染み付いた臭いはそう簡単には拭えなかった。
そして、クララの観察眼と嗅覚を欺くことなど不可能なことであった。
屋敷に戻った僕は、久し振りにクララさんからしこたまお小言を貰うことになったのである。糞まみれになった事ではなく、自分で後始末をしようとしたこと。そしてこの気温のなか、外で水浴びをしたことに対してだが。
「領地の問題に心を砕くのは結構ですけれど、リヒト様の御身体もこの土地と同じく大変深刻な問題を抱えているのですよ? わかっていらっしゃいますか?」
「ごめんなさい……」
「汚れものの洗濯くらい、どうってことありません。リヒト様の身の回りのお世話をするために、私がいるのですから」
「はい……以後、気を付けます」
クララは湯を沸かし、僕に身体を温めるように言い、その後は質素ながら体力の付く薬膳を用意してくれた。
「リヒト様、顔色が少しお悪いようです。脈も僅かにはやい……恐らく今晩から発熱の症状が出てくるかもしれません。食前にお飲み頂いた葛根湯が効いてくれると良いのですが」
僕の体調なのに、明らかにクララの方が正確に把握している。それどころか予測まで。きっと当たるんだろうなあ。
「夜中に気分が悪くなったら、遠慮せず起こしてくださいね」
「お世話をおかけします……」
いつまでたっても、僕はクララに頭が上がらない。
――彼女の予想した通り、夜中に発熱と発汗の症状が出て目が覚めた。幸い気分は悪くない。クララを起こすほどではないので、汗で濡れた寝間着を替え水分を摂り再びベッドに潜る。
翌朝目が覚めたときには、葛根湯のお陰で、それほど深刻な症状にはなっていなかった。
「幸い症状は軽いようですが、念のため三日間はベッドで療養してください。仕事は基本的に禁止です。どうしても必要な場合はデスクワークのみ、1時間以内。来客との面会は30分まで。守っていただけますね?」
「はい……守ります」
――クララの厳命に従い大人しく自宅療養していると、三日目にヴァッハフォイアー辺境伯領まで業務兼お使いに出ていたドリさんが訪ねてくれた。
「公爵様。頼まれていた農具の受け取り、済ませてまいりました……それにしても見事ですね。まるで、業物の刀剣のような輝きで」
「それはもう。ヴァッハフォイアー辺境伯領で一番の腕という鍛冶屋に仕立てて頂きましたからね」
ドリさんが持ってきてくれたのは、数日前に僕が刀剣と槍の穂先の打ち直させて造った鋤と鍬、そして鎌である。
どの農具も、刃先が微かに濡れているように輝いている。この鋤で土を掘り起こし、鋤で耕したら気持ち良いだろうなぁ。早く使いたい。
特にこの鎌……見ろよ、この形。稲穂を刈り奪る形をしてるだろ。
秋の収穫が楽しみだ。
「鍛冶屋の腕もさることながら。リヒト様、この素材は一体……まるで白金のように美しいですが?」
お茶を淹れに来てくれたクララが、いぶかしそうに農具を眺めていた。
「ま、まあ、多少、貴重な素材を使っているからね……その、隕石やらなんやらごにょごにょ」
僕の言葉で、クララの笑顔が微かに引き攣った。
「……リヒト様。皇帝陛下から賜った宝剣・ミーミングと名槍・リーベレは、どこへ保管なさっているのですか? そういえば、最近見ていませんが?」
「君のような勘のいいメイドは……」
大好きだけど、気付かれたくなかった。
「恩賜の宝剣と、伝家の名槍を……? 農具に……? こんなこと、もし皇帝陛下がお知りにでもなられたら……」
「ほ、ほら。戦争も終わったし、もうあんまり使うこともないかなぁーって……陛下に言い付けたりしないでね?」
クララの顔面が蒼白になった。またオレ何かやっちゃいました? やっちゃいましたね。すみません。自覚はありました。
「……私は、知らなかったことにしますね」
クララはそう言うと、部屋を去っていった。
これ以上クララに心労をかけないようにしよう。僕はそう心に誓った。




