死に至りそうな病
こうして今の世界に転生することになった僕だが、この世界での記憶は4歳のとき、病床のなかで始まっている。このときの僕は熱病に罹って、生死の境で反復横跳びしていたようだ。
病状が少し落ち着いたときに、うっすらと目を開けると、霞んだ視界のなかに五歳くらいの少女が佇んでいた。その子は、祈るように僕の手を握ってくれていた。
「スィヴァス様! 殿下が目を覚まされました。お医者様を!」
少女はベッドを挟んで向かい側にいる侍従に向かって、そう呼びかけた。
「リヒト様、お加減は如何ですか?」
少女は心配そうな面持ちで僕の顔を覗き込んでいた。「殿下」という呼称から察するに、どうやらかなり高い身分に生まれたらしい。しかし、名前が前世と同じくリヒトというのは幸運だ。
ぼんやりした頭で、そんなことを考えていた。
「私のこと、分かりますか?」
僕は首をかすかに振って、NOを示す。
「リヒト様の付き人を任されている、メイドのクララです。クララ・クレマカタラーナですよ」
「クララ……」
名前を口にすると、舌によく馴染む、優しい響きであった。理屈抜きで、この世界における「リヒト」にとって彼女の存在はとても大きいようだ。多分、何度も彼女の名前を呼んだのだろう。
「手……ありがとう」
少女に手を握って貰っていると、少し気分が楽になる。お礼を言うと、彼女は一層強く僕の手を握ってくれた。
「すぐにお医者様が来てくれます。そしたら、もう安心ですよ」
「僕は……何かひどい病気なの?」
そう問うと、クララは僕を安心させるために笑顔を作り首を振った。
「ただの風邪ですよ。ただ、リヒト様はお身体が少し弱いので、こじらせてしまったようです」
「そっか」
風邪でこの有様だとすれば、僕は相当な虚弱体質らしい。女神様は、何故自身の布教活動にあたる僕に健康な身体を与えて下さらなかったのであろう。
前世からそんなに健やかな身体ではなかったけれど。
「僕は病弱なんだね。迷惑かけてごめんよ、クララ」
「迷惑なんて、そんな。私はリヒト様の身の回りのお世話をするためにいるのですから……」
――後に知ったことだが、このクララという少女は、僕の祖父、つまり先代皇帝が隠居後に使用人に産ませた子であるらしい。つまり、血縁上は僕の叔母にあたるわけだ。
しかし認知されてはおらず、使用人の私生児という扱いになっており、宮廷内の皇族や家臣はおろか、使用人としても酷い扱いを受けているようだ。
ただ、他人の苦痛を和らげる魔法を持っていること、そして同年代であることを買われて、病弱な僕の付き人を任されたのだという。
風邪をひいて寝込むたび、僕は彼女に救って貰っていたのだろう。命の恩人たるクララ・クレマカタラーナという少女を辛い宮廷生活から救い出し、幸せにする。
それが僕がこの世界に来てから決意した、一番最初の、小さな目標であった。