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異世界農楽集  作者: 夢忌無意味
序章 光の皇子の東下り
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転生

「ありません」

「えっ?」

 即答すると、流石に意外だったのか女神は素っ頓狂な声を上げた。やや傲慢とも言える態度は一転、理解できない不安げな顔をしている。


「おかしいですね……大概の人間は、喜んで転生を希望するものなのですが」

「フェロニアさん。いえ……女神様。貴女は、僕に幸せかどうかと問いましたね。答えはNOです。そして、それは人の世に居る限り変わりません。人間は分け合えば全員に行き渡るはずの幸福を、弱いものから搾り上げ、奪い合い、独占する」

 僕は、そんな修羅の世界から逃れるために自らの手で人生に幕を引いたのである。なのに、何故またそんな苦界に生まれなければならないのか。


「それに僕は、自分が最も軽蔑するそういったものに手を貸してしまった。直接にせよ、間接にせよ」

「私は、それを貴方の罪だとは思いません。それどころか、貴方は多くの人々を飢えから救ったではありませんか。私は豊穣の女神。貴方の発明は、その力に匹敵する」


「それでも、僕はもう生きていたくはないのです。苦しみから逃れて……遠い遠い彼方の星にでもなりたい気分なのです」

 自らの原罪を悟って、身が燃え尽きるまで飛び去っていった、ヨダカのように。


「貴方が生前最も愛した女性が、この世界に転生しているとしても?」

「……どういうことですか?」

 体が震えた。僕が戦争に協力したことを深く嘆き、その命を以て、その不正を諫めてくれた人。その人と、再び会えるかもしれない?


「言葉通りの意味です。まあ見た目も生前のものとは変わっている上に、記憶も失っていますけれどね。記憶を保持したまま転生することが可能なのは、ほんの一部の、選ばれた人間だけですから。それでも、知識や記憶の大半は制限されますが……彼女の場合「魂」と貴方がたが呼んでいるものだけが、転生したのです」

「……魂だけ」

 それで彼女と再会したとき、僕は気付くことができるのだろうか。彼女は、僕を僕と分かるのだろうか。しかし、そんなことは些細な問題であった。


「その世界に行けば、彼女に会えるのですね?」

「あなた次第です。あなたが強く望み、会うために行動すれば」


「……彼女は、その世界のどこに?」

「それは言えません。ですが……そうですね、彼女はとても深い孤独のなかにいます。貴方が救いに来てくれることを信じて待っていますよ」


「……僕を待っている?」

「彼女は転生するとき、貴方がここにきて、転生することを決めたなら伝えて欲しいことがあると言っていました。どうしますか? 貴方は、首を縦に振ってくれさえすれば良いのです」


「……」

「貴方がいたこの世界より、ほんの少しはマシかもしれない世界です。行ってみませんか? いえ、どうしても転生して頂きたいのです」


「……その前に聞かせてください。貴方には、どういうメリットが?」

「それをまだ話していませんでしたね。私が貴方との対話を願っていた理由。それは……」

 フェロニアはコホンと空咳をひとつすると、僕の目をまっすぐに見つめた。



「異世界に転生して、この〈豊穣神フェロニア〉の名を布教して欲しいのです。そして、フェロニア教を国教とする豊かで平和な国家を築いて欲しいのです」



「つまり、異世界……フェロニアさんが治めている世界に、貴方を信仰する宗教を広めるために、地球で死んだ僕をヘッドハンティングした、と?」

「そう理解して頂いて構いません。孟子の言葉にも『民は食をもって天となす』とあります。貴方の農に関する知識があれば、食料事情は大幅に改善。新米女神の私の宗派でも、きっと既存の大宗教に匹敵する勢力を……教義や宗教行事に関しては、追々指示を致しますのでご安心を」

 カルトじゃないだろうな? 宗教戦争に巻き込まれたりしなければ良いが……だが、「豊かで平和な国家」というシンプルな理想は嫌いではない。


「分かりました。宗教の勧誘なんてしたことはありませんが、やってみましょう。……それで、彼女の言葉というのは」

「決心して下さり、本当にありがとうございます。そうでしたね……彼女は、こう伝えて欲しいと言っていました『今度こそ”世界がぜんたい幸福に”なるために、貴方の才能を使って下さい』と」


 ああ、彼女が好きなあの言葉だ。小さい頃、二人で一緒に読んだ、宮沢賢治の本に出てくる、馬鹿みたいにまっすぐに理想を追い求めた言葉。


「貴方が豊かで平和な国を築き始めるとき、彼女との再会はきっと大きく前進するでしょう……それでは、貴方の二度目の人生が善きものでありますように。今度は、絶望しても自らの手で人生を終わりにしたりはしないで下さいね」

 女神・フェロニアが錫杖のようなものを一振りすると、僕の体は光に包まれた。体は光に呑み込まれ、小さな小さな珠になり、無機質な白い世界から重力に引っ張られるように、地上へと降りて行った。


 こうして僕は、最も愛していた女性に再会するため、そして豊穣の女神・フェロニアの名を広めるため、異世界に転生することになった。


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