糞虫
「糞は陽気な物質である。太古のスカトロジックな形象では
糞は生産力や豊饒と繋がりがある。
その一方で、糞は大地と身体の中間に位置するもの、
両者を近しく結びつけるものとして考えられている。
糞はまた生者の身体と死者の身体――分解して土に帰り、
肥料に変わる屍――の中間物でもある。
身体は生きているあいだは、糞を大地にひりだす。
糞は死体と同様に、大地を肥沃にする。
――ミハイル・バフチン「ラブレーの小説における広場の言葉」
一旦屋敷へ戻って、ウンゲツィーファに知恵を借りるべく話をすると、うってつけの魔蟲の存在を教えてくれた。
「軍隊糞虫……街中の汚物を回収するのであれば、これほど適した蟲はいないと思います。ツァラトゥストラ首長国連邦の南西に広がるネフティス砂漠が原産のタマオシコガネ……フンコロガシという俗称の方が馴染み深いですね。その上位種にあたります。名前の通り軍隊のように統率のとれたスカラベで、一度に自分の何倍もの大きさの糞を運ぶことができます。オス単体での生殖が可能で、糞の中に精子を注ぐことで子を成すのです。実際、ピューラミス王朝では、人口が過密な地域で重宝されていたという記録も残っているそうです」
「それは是非とも手に入れたいね……希少なのかな?」
都市のうんこを回収するためにいるような虫じゃないか。でも上位の魔蟲ということは、入手難易度もお高いんでしょう?
「はい。とても。ツァラトゥストラ首長国連邦から国外への持ち出しが禁じられておりまして、破れば死刑にも値する罪だそうです。しかし、私が一匹飼っておりますよ。昔、屋敷に出入りしていた行商人から高値で買い取ったのです」
そう言うとウンゲツィーファは、虫籠を一つ取り出し、開いて見せた。そこには黄金に輝く、手のひらほどの甲虫が鉱物のように固まっていた。
「今は食べ物がないので石化していますが、糞を近付けると再び動き出します。一種の乾眠のようなものでしょうか。餌が多ければすぐに殖えるという話です」
「……お借りしても、よいでしょうか?」
「勿論ですわ、王子さま」
ウンゲツィーファは小さく微笑んで、僕に虫籠を差し出した。姫君に一緒に来てもらっていて、本当に良かった。
「助かるよ……これで二つ目の問題も解決だ。それと、ついでに聞いておきたいのだけど、辺境伯領でも人口の増加に伴う汚臭は深刻になりつつあるのかな?」
「王子さまのお考え通り、ヴァッハフォイアー辺境伯領でも、汚臭や衛生状態の悪化は徐々に表面化していましたわ。しかし、稼ぎの良い仕事が溢れておりますので、清掃の仕事をするものがなかなか確保できないようですの。これは、どこの街でもそうらしいですわ」
それは好都合だ。上手くいけば、この屎尿回収計画を公共事業の一環として売り込むことができるかもしれない。
屎尿の回収に必要な資材はなんとか目処がつきそうだ。次の問題は実働の労働力をどうやって確保するかである。
領主である僕が領地を空けがちにするのも具合が悪い。最初の交渉以外の実働業務は、領民達に担って貰いたい。
もちろん、屎尿の回収という仕事には抵抗感があるだろうし、職業差別の原因にもなりかねない。そういったことにならないよう気を付けつつ、可能な限り高い報酬も提示したい。
「軍隊糞虫がいるから、馬の扱いさえできれば、女性や子どもでとなんとかなるとは思うのだけど……」
クーボー先生が用意してくれた領民に関するリストに目を通す。
力仕事に適している若い男性は全員が、兵役に志願するか他国に出稼ぎに行っている。
「戦争が終わっても帰ってこないところを見ると、ここには戻らず都会で仕事を見付けてるのだろうなぁ」
領地に残ったのは、老人と女性と子ども。これでは魔物どころか盗賊が出ても対処できない。これまでは帝都の兵が巡回していたが、これからは僕が万事対処しなくてはならない。
「冒険者ギルドの設立は、急務だな。そうなると装備や道具を取り扱う商業ギルド、冒険者のための宿屋に飲食店も必要になる……」
何もかもが足りていない。想像以上にゼロからのスタートだ。もはや逆境からの挑戦と言っても過言ではない。
「マイナスから始める異世界生活……」
そんなくだらないことを呟きながら、僕は集会所へ向かった。




