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異世界農楽集  作者: 夢忌無意味
序章 光の皇子の東下り
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帝都脱出したし

 復員後、この世界に転生して以来十年近く願い出ていた皇位継承権の返上が、ようやく正式に受理された。

 同時に、僕に与えられる領地も決まった。


 旧マウルドレッシャー公爵領・オステンヴォルケ。インウィクトス帝国の東北の果て、エイルリフィア皇国と国境を接している、自然豊かな土地だ。


 臣籍降下に伴って、父である皇帝より、爵位と、新たな姓と、そして領邦(独立・自治が認められている領地)が下賜されたのである。

 領邦の下賜、というのは少々珍しい話だが、これにはいろいろと複雑な事情が絡んでいる。十数年前、帝国を形成していたとある地方の大公が、皇帝暗殺を企てた謀反の罪によって廃位に追いやられ、一族郎党から関係した家臣に至るまで粛清・国外追放となった。


 それ以来かの地方は、皇帝直轄の管理区域となっていたのである。


 だが、そう頻繁に使者を遣わすとなると、国家財政の負担となる。かといって為政を疎かにすれば治安の悪化は免れず、民が苦しむことになる。

 政治的空白がこれ以上長く続くことを憂慮し、思案に暮れた皇帝が下した判断は、皇位継承に伴う種種雑多な政略を煩わしく思い、皇族からの離脱を望んでいたこの僕、第二皇子・リヒトを、かの土地の新たな大公に据え、治めさせるというものだった。


 公爵という爵位を与え、土地の名前も一新し、公国として高度な自治も認めるというオマケ付きで、僕を皇族から泣く泣く送り出してくれた父・皇帝陛下の愛情には感謝するしかない。


「大きな声では言えないが、本当はリヒトにこそ跡を継いで欲しかった。少なくとも、私の世が続く限りは、かの地で何不自由なく暮らせるよう、できることは何でもしよう。もし次期の皇帝……恐らくお前の兄、第一皇子のフランビードがその座に着くだろうが……と折り合いが悪くなったとしても、せめて高い自治権だけでも守ることができるように、今から取り計らっておこう」

 成人の儀、そして皇位継承権返上の儀の後にこっそりとそう語った父の言葉は、とても心強かった。


 皇族でなくなった者は速やかに宮廷を離れなくてはならないのが決まりであるが、儀式のあった夜、皇帝陛下の取り成しで、特別に一晩だけ自室に泊まることが許された。

 陛下は、夜が更けるまで僕が自室に戻ることを許さなかった。盃を交わしながら、皇族から離脱し、自分から離れてゆく僕に恨み言を言い、今は亡き母の面影を偲んで涙を流していた。


 僕は誕生とほとんど同時に母と死別したらしいので、彼女がどんな人であったのかは知らない。それだけでなく、名前も教えて貰っていない。なんでも、僕の母が何者であるのか、どこの誰なのか、その存在すら秘匿されており一種のタブーになっているそうだ。父に聞いても、「時が来たら話す」とだけしか答えてくれないので、いつの日か僕も強いて探ることを止めた。


 ただ、僕は母によく似ているらしい。父曰く、年を重ねるごとに益々似てきたということだ。


 儀式の翌朝、四頭立ての馬車に乗り込んだ時、父がわざわざ宮廷の外まで見送りに出てきてくれたのが見えた。慌てて馬車から降りると、改まった様子で侍従に持たせた一枚の羊皮紙を読み上げた。

「オステンヴォルケ公リヒト・クヴェーレ。皇帝の名の下に、本日より、オステンヴォルケの地を統べ、治めることをここに命じる」


 皇帝から与えられたこの名が、この世界で新たに与えられた僕の称号なのだ。


「皇帝陛下。このリヒト・クヴェーレ、ご下命謹んで御受けいたします」

 勅命書を受け取り、深々と礼をした。皇帝陛下はゆっくりと頷き、僕が馬車に乗り込むまで、そのまま立ったままで見送ってくれた。最後は侍従長のスィヴァスに促され、宮廷へと戻った。


 もう自分は皇族ではない。自由になった期待が七割と、皇族という肩書がなくなったことに対する不安が三割、といった感じであろうか。

「剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする……」


 帝国中央の政治から離れ、正当な出世コースからは完全にドロップアウトしたものの、田舎でスローライフを送るほうが僕の性に合っている。

 それに、これこそが僕をこの世界に転生させた豊穣の女神・フェロニアの描いたシナリオ通りの展開なのだ。小さくても、フェロニア教を国教とした平和で豊かな農業国を作る。これが僕に与えられた、この世界での使命である。


 オステンヴォルケの地は、その重要な基盤になるはずだ。


 車窓から外を眺めると、四頭立ての馬車は、都を離れどんどん鄙びた郊外へと進んでいく。オステンヴォルケへの道のりは、馬車で一週間ほどである。


 用意していた書物を膝の上に広げると、昨晩の夜更かしの所為だろうか、馬車の心地のよい揺れの所為だろうか、すぐに眠気が襲ってきた。夢の中で、僕は女神との邂逅を思い出していた。

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