断罪の裏側
「予定通り全て終わったよ。もっと他に方法が無かったのかと未だに考えてしまうが…」
「ありませんわ。もう、どうしようもなかったもの」
葬式が終わり王都屋敷に戻った宰相は、閉じられたレースカーテンを、白く細い手で小さく開けて外を眺める女性に声をかけた。
「だってお父様、それでは結局私の自由は有りませんのよ?王妃教育を済ませてしまった私は、王家の全てを知ってしまいましたもの。他の貴族にも、他国にも嫁げずに飼い殺されて……最悪修道院で、間をおかずに病死。良くて城の離宮か塔で生涯幽閉。
……そんなの、許容できるはず有りませんわ」
そう言って宰相へと振り向いた女性──オフィーリアは、あの絵画の中よりも晴れやかに微笑んだ。
最初は優しく、やんわりと注意した。段々と強くハッキリと注意していったが、殿下は周りの意見を聞き入れなかった。
元来頼られると弱く、正しいと思い込むと融通が利かない人ではあった。
そこにつけ込み続けた男爵令嬢は、本当に入り込むのが上手であった。
周りを煽り、誘導して行動させて何かしら被害を被るたびに殿下にすり寄っていく。
その性質が分かったから、過剰に反応する周りを諌めて宥め、心を配っていた。
しかし、暴走する周囲を、オフィーリアだけでは止めきれなかった。
『あの男爵令嬢は害悪だ』
『排除しなければ悲しまれるのは目に見えている』
『何よりもオフィーリア様が悲しまれるから』
『私たちで排除しなければ』
『 オフィーリア様のために 』
手を尽くしても止められない事に、日々沈み込むオフィーリアに、父である宰相は寄り添い、助けになれるように国王へと助力を求めた。
しかし、何度陛下や王妃に諌められても変わらなかった殿下は、遂にあの日オフィーリアを断罪した。
─── 有りもしない罪で。
騎士に拘束されて連れられ、屋敷へ戻されたオフィーリアは、自室に籠った。
屋敷からの只ならぬ一報を受け、なりふり構わず飛んで帰った宰相は、事のあらましを娘から聞き、信じられない思いで呆然とした。
『お父様、私、もう無理です……冤罪が晴れたとしても、解消は必然。私に自由は有りますでしょうか?王家の全てを学んだ私を……自由に生かしてはくれないでしょう?どうあっても家に、お父様に被害が及びます。それくらいなら、私……死を選びますわ』
『ならんっっっっ!!妻の忘れ形見のお前を、死なせるものか!!』
『ですが……』
『それ以外の道はないのか……?オフィーリア、我が愛しい娘よ。これ以上大事なものを失いたくないのだ』
『お父様っ、この様な選択しかできずに……申し訳、ございません』
宰相は娘を掻き抱き、娘の前であろうが構わずに涙を流した。オフィーリアはたった1人の肉親である父に強く抱かれ、絶望の淵からやっと救い出された心地がした。
一晩話し合ったが、オフィーリアの選択は変わらなかった。
何としても娘を失いたくなかった宰相は、偽装を提案したのだ。
『─はどうにか探す。だから死んだ事にしよう』
宰相は許せなかった。
若さ故の暴走も
正当化したいだけの匿名の正義感も
手をこまねくばかりの王家も
一番愚かな王子も
だから、娘を追い詰めた、辛い選択させた、全ての者に等しく絶望を齎したかった。
背格好が似た死体が手に入った時、早々に密葬しようと言う娘の意見を退けた。
そしてあえて中規模程度の葬儀を行い、関係のある全てのものを必ず来る様に招いた。
暴走し、掲げた正義の結果を眼前に突きつけ
頑なに拒絶した殿下に、真実を捻じ込み
等しく絶望に突き落とす。
生きているからいい?──ふざけるな。
娘の努力は、献身は、穏やかな人生は、貴様らに殺されてしまったのだ。
心の底から絶望してもらわねば、到底赦せるものではなかった。
いや、それでも赦しはしないのだろう。永遠に。
死体が手に入り、準備が整うと、絶望への招待状を送った。
殿下は来るだろうか?手を回して秘密裏に知らせよう。あれのことだ、最後だからと律儀に参列するだろうな。王家に止められても。
さぁ、始めよう絶望への序章を。
***
「準備はもういいのか?忘れ物は」
「大丈夫よ、お父様。皆一緒に行ってくれるもの。ただ、初めてする格好だから、ソワソワするけれど」
楽しげに微笑むオフィーリアは、宰相の前でクルッと回って、自身の格好を見せた。
「お前のそんな格好を見る日が来ようとは…」
「平民服、それもズボンですものっ!思った以上に動きやすくて素敵よ?」
平民服といえど、ジャケットや靴を着て、長く艶やかな髪を押し込めたキャスケットで、平民でも裕福な家の子供に見える。
初めての装いに少々はしゃぐ娘に、宰相は目を細めて見つめる。
「妻が空で泣いていないか、心配だよ」
「意外と賛同してくれていると思うわ」
「そうだといいが……外は暗い。気をつけて行くんだぞ?護衛から何があっても離れない事。いいね?」
「はぁい。ふふ、子供の頃みたいね、お父様」
「ああ、そうだな。私も終わらせ次第行く。大人しく待っているんだぞ」
「ええ。待っているわ、お父様。行ってきます」
オフィーリアは宰相の両頬に親愛のキスを落とし、長い旅に同行する護衛と侍女を連れて呼び寄せた辻馬車に乗り込んだ。
これからオフィーリアは隣国を挟んだ向こうの国へと向かう。
遠いが、宰相の弟が婿入りした家があるのだ。先にオフィーリアを向かわせ、宰相職を辞めて爵位を親戚筋に譲り次第、向かうつもりだ。
オフィーリアを見送り、一息ついた宰相は、残る仕事の算段を頭の中でつける。
執務室の窓から外を眺め、そして鋭い瞳で王城の方向を見る。
引き止められようとも、必ず辞めて国を出る。
この後殿下が再起不能になろうが、国がどうなろうが、知った事ではない。
「─── もう遅いのだよ……」
「〜もう遅い!」って最近多くって、手遅れストーリーを投下してみました。
ダークなのも書いてみたかったので、暗いお気持ちになったらすみませーん(・_・;