夢の世界のグッドガール
「やっほー清花! やーっとおしゃべりすることが出来たね! いえーい!」
「……え?」
どう言う状況だろうかこれは。私は化け物のことを忘れるために一生懸命になっていて、そして眠ったのだと思う。なのに私は森の中にいるのではなく、色んな花が咲いている花畑の中に立っていて、目の前にいるのは怖い化け物ではなく、私と同い年ぐらいの白いワンピースを着た少女だ。
「いえーい!」
しかもすごいテンションが高い。ハイテンションでハイタッチを求めてくる。
「もう、清花ちゃんノリ悪いよー! ほら、とりあえずいえーい! ほら!」
「い、いえーい」
強く押されて、思わずハイタッチをしてしまったが、この子は何者なのだろうか。夢の中に現れているということは、化け物の仲間? でも、見た感じ本当にただの女の子にしか見えないし……。
「私は誰だって顔してるねー! ま、そりゃそうだよねえ。急にこんな美少女が目の前に現れたらそりゃびっくりするよねー。いやー照れますなぁ」
「えっと、あなたは誰なの?」
「おっと、失礼失礼。私の名前は天下に轟く良い子ちゃん、グッドガールさ!」
「グッドガール……?」
明らかに日本人なのに、グッドガールとはどういうことだろうか。いや、そもそもそれは名前なのだろうか。
「またの名を、君を夜な夜なモンスターから助けていた救世主、メシアともいうね!」
「助けていた……?」
「ちょいちょいちょーい! ほらほら、毎日モンスターを追い払ってあげてたじゃーん!……まさか、忘れちゃってるの?」
私が思い出していると、グッドガールちゃんは悲しそうな表情をして何だか申し訳なくなってくる……。えっと、モンスターを追い払ってくれていた人……。
「……あ! もしかして、いつも後ろから声をかえていてくれた子?」
テンションが全くと言っていいほど違うせいか気付かなかったが、言われてみれば確かに同じ声の様な気がする。
「そうそう!! 全くもう、清花ちゃんったら鈍感なんだから!」
「で、でも。何で私の名前を知ってるの?」
「……いや、だって。モンスターが毎日叫んでたんだから、嫌でも覚えちゃうよね」
「……そりゃそうだよね、うん」
あの化け物は追いかけている時は常に私の名前を呼んでいた。そりゃ覚えるよね、うん。
「ま、それはともかくとして。ようこそ、私の庭園へ! ここはあんなくらーい森と違ってとっても楽しい場所だよ!」
「庭園?」
「そ! そして、清花ちゃんは初めてのお客様だよ! いえーい!」
「いえーい……」
「さて。それじゃあ何して遊ぼうか!」
「遊ぼうかって……どういうこと?」
「いや、どういうことも何も、ただ遊ぶだけだけど。え、もしかして清花ちゃんって友達と遊んだことないとかそういうタイプ?」
「そういうわけじゃないけど……これは夢、何だよね?」
「そう! これは夢。だから何をしたって大丈夫だし、何をやっても許されるのさ! さ、遊ぼうよ!」
そういって私の手を引いて走り出す。何が何だか分からないし、色々聞きたいこともあるけど……初めてのお客さんということなら、ちょっと遊ぶぐらいならいいのかもしれない。
「清花ちゃん! 鬼ごっこって二人でやると不毛だね!」
「それは……、もうちょっと前に気付いて、欲しかったかな……」
「清花ちゃん! かくれんぼって二人でやるとめっちゃくちゃつまんないね!」
「そもそも隠れる場所花の中ぐらいしかないしね……」
「清花、ちゃーん……あっち向いてホイって、何回もやると……目、回るね……」
「そうだね……」
「清花ちゃん!」
「せーいかちゃん!」
「せ・い・かちゃん!」
「清花ちゃん! 次は何して遊ぼうか! もうそろそろ私の遊びのストック尽きてきたんだけど!」
「そりゃあ色々やったからね……二人で遊ぶようなものじゃないのも」
十を超えたあたりから、数えるのをやめたが、とにかく色々な遊びをした。グッドガールちゃんも遊び疲れたている……。
「いや、私たち二人の力を合わせれば、この世にない新たな遊びを生み出せるかもしれない! 一緒に頑張ろう! えい、えい、おー!」
……恐らく、疲れていると思うので。話をするのなら今が頃合いだろう。
「あのさ、グッドガールちゃん」
「……あ、私? なになにー?」
「ちょっと私疲れちゃったからさ、少し休憩しない?」
「えー……まあ、確かに言われてみれば私も疲れた気がするし。いいよ! 休憩しよう。ほら、隣おいで!」
自分の隣をぽんぽんと叩きながらグッドガールちゃんが座るので、私も隣に座る。
「いやー、しかしたくさん遊んだねー。こんなに遊んだのは久しぶりだよ!」
「そうなんだね……あの、グッドガールちゃん。あなたって何なの?」
「何って……天下に轟く良い子ちゃん、グッドガールだけど」
「いや、そういうことじゃなくてさ……あなたも、あの化け物もさ。夢の中に現れるなんて普通じゃない、でしょ? だから気になっちゃって……」
「……」
「ごめんね、あんなのと一緒にしちゃってるみたいでいやだよね……」
「あ、いや。そういうわけじゃないんだよ! ただ、実は私も自分が何者なのか分からないんだよね……」
「分からない……?」
「うん。私ね、自分の事について覚えていることがほとんどないんだよね。覚えているのは、私がすっごく良い子だっていうことと、友達が欲しかったっていうことだけ。それ以外はなーんにも覚えてないの。自分がどこに住んでいたかも、名前も……自分が人間なのかも。いつの間にかここにいて、目の前に一本の花だけがあって、寂しいから増やしたいなと思ったら何故か少しずつ増えて行って、そうしてこの花畑が出来たの」
「……」
私はグッドガールちゃんの話を聞いてしまって、正直何て言えばいいか分からなくなってしまった。急に花が一本咲いているだけの空間に放り込まれて、それに加えて自分のことについてほとんど知らないなんて、想像するだけで辛い。そんな空間でこの子はずっと過ごしてきたのだ。
「でもね、いつかは忘れちゃったけど、気付いたら森の中にいたの。そしたら悲鳴が聞こえてきて、そっちに行ったら必死で逃げている清花と……あの、モンスターがいたの。助けようと思ったんだけど、私には何もできなくて。どうしようと思ってたら清花が転んじゃってさ、何とかしなきゃと思って、とりあえずだめだよ! って念じてみたら……何かどうにかなってた!」
「どうにかって……あなたが助けてくれてたんじゃないの?」
「あはははは……実は、私も何をしたのかよく分かんなくてねー。念じてみたらこの花畑に戻っててさー、しばらくしたらまたあの森にいて、清花が追われて転んで、念じてっていうのを繰り返してたんだよねえ。ごめんね、できれば清花が追われている途中……いや、そもそも見せないようにしたかったんだけどさ。どうも転んだ時にしか私が干渉できないみたいで……」
「全然いいよ! だって、ずっと私の事を助けてくれてたんでしょ?」
「でも、もしかしたら私は何にも関係ないかもしれないし……」
「それでもさ! 私を助けようとはしてくれてたんでしょ? それだけでも嬉しいからさ!」
「……ありがとう、清花」
「うん」
おそらく、今の少し落ち着いた状態が彼女の素なのだろう。先ほどまでのは、久しぶりに人に会えたからテンションが上がっていただけ何だと思う。
「……ねえ、清花。私とさ、友達になってくれない?」
「え?」
「私さ、こんな場所でずーっと一人ぼっちだったから、ちょっとだけ……ちょっとだけね、寂しかったんだ。そんな時、見ていただけの清花がどういうわけかこの場所に来てくれてすっごく嬉しかったんだよね。だから……もし、清花がもうここに来れなくなったとしても、清花と友達だっていうことを覚えてられれば耐えらえる気がして……どうかな」
「勿論いいに決まってるよ! というか、こんだけ遊んだんだからもう友達に決まってるじゃん! それに大丈夫! 一回は会えたんだからさ、二回目もあるよきっと!」
「……ありがとう、清花! じゃあ……」
「そうだ! 私だけじゃ寂しいからさ、私の友達とも仲良くしようよ!」
「え?」
我ながらいい考えだと思う。こんなところでずっと一人でいた寂しさが私だけで埋められるとは思わない。由紀ちゃんは夢の世界というちょっと不思議な空間なので怖がってしまうかもしれないが、葉月ちゃんならむしろこの空間に大興奮だろう。どちらにしても、きっとグッドガールちゃんなら二人とも友達になれるだろう。
「いや、でもさ。どうやってここに呼ぶのさ、ここ夢の中だってこと覚えてる?」
「あ、そっか……でも、多分どうにかなる、いや。どうにかするよ! やる前から諦めちゃダメだよ! だって、グッドガールちゃんが私を助けてくれる時だって、よく分からないんでしょ? だったらどうにかなる……気がする」
自分で言っていて不安になってきた。確かに言われてみれば夢の世界に二人を連れてくることなんてできるのだろうか……でも、きっとグッドガールちゃんも人がたくさんいた方が楽しいと思うし……。
「……あは、あはははは! もう、清花ちゃんったら適当だなあ! 何でそんな根拠もないことを自信満々に言えるのさ! あははははは!」
「え、えっと……」
「あはははは……あーあ。ありがとね、清花ちゃん。そうだよね、やる前から諦めるなんて、何か馬鹿らしいよね……よし! じゃあ、二人でどうやったらその友達をここに呼べるか二人で考えようか!」
「そうだね!」
グッドガールちゃんは、会った時と同じくらい元気になって、うんうん唸っている。元気になってくれてよかった……。
「あ、そうだ。その前にさ、一つ。友達になった記念として、ちょっとお願いしてもいいかな?」
「何?」
「あのね、私のあだ名。考えてほしいんだ」
「あだ名って……何で?」
「いや、私友達にあだ名つけてもらうのが夢……だった気がするからさ、どうせならそれも叶えたいなーって……」
「なるほど……よし、分かった! ちょっと考えてみるね!」
と言われても、あだ名なんてそう簡単に思いつくものでもない。とりあえず、グッドガールという名前から考えてみるのがいいだろう。グッドガール……グッドガール……グッド……。
「……よし! ぐっちゃん! あなたのあだ名はぐっちゃん!」
うん、即興にしては中々いいあだ名を考え付いた気がする。
「ぐっちゃん……ぐっちゃんかあ……。うん! ぐっちゃん! いいあだ名だよ清花! こりゃあ天下一の良い子の私にぴったりのあだ名だよ!」
「そんなに褒められるとなんだか照れちゃうな……」
「よし! じゃああだ名も決まったことだし。早速考えようか! この夢の世界に人を呼ぶ方法をさ!」
「うん!」
何かが思いつくかもしれないし、思いつかないかもしれないけど。と言っても、真面目に考えていたのは最初だけで、途中から話は脱線してずっと二人で話していただけだったけど……。
「……ん」
いつの間にか、私は自分のベッドの中に戻っていた。周りを見渡してもあの綺麗な花畑は存在せず、ぐっちゃんもいない。
「……また、今夜かな」
私はそう呟き、ベッドを出る。こんなに明るい気持ちでベッドを出たのはいつぶりだろうか……ただ、少しだけ疲れている気がするのは、きっとまだ今までの疲れが残っているせいなのだろう。
とりあえず、学校に行ったらまずは葉月ちゃんたちに夢の話をしてみようかな。