段ボールの中に捨てられた犬を見たことがない、何なら拾ってくださいという紙すら見たことない
「……本当に帰れた」
あの後、試しに扉を叩いてみても全く反応がなかったため、仕方なく彼が教えてくれた道を進んでみると、十分ぐらいで森の外に出ることが出来てしまった。ただ不思議なのが、私は教わった道をまっすぐ進んでいたはずなのに、森の入り口にたどり着いている。本来ならこの道は一本道で隣町に行くはずで、あんなところに繋がるわけがないのに……いや、道があるといえど獣道のようなものなので、知らないうちに、道が合流していたのかもしれない。
空を見上げると、だいぶ暗くなっているため、今すぐにでも帰らないとママに怒られてしまうかもしれない。それに、早く家族にあって安心したいという気持ちもあったため、とりあえず家に帰ることにした。
「そういえば、あの人の名前聞き忘れたな……」
「ただいまー……」
「おかえり清花、ってどうしたのよそんなに泥だらけになって」
そういわれて自分の恰好を見てみると、泥だらけの地面を死に物狂いで走っていたせいか、予想以上に泥だらけになっていて、この格好で帰ってきたのかと思うとなんか恥ずかしくなる……。
「あーえっと……は、葉月ちゃんと一緒に冒険に行ってて」
「あらそうなの、葉月ちゃんはいつも通り元気ねえ。でも、あんまり危ない場所にはいかないようにするのよ」
「はーい」
葉月ちゃんについてはママも知っているため、簡単に納得してくれる。と言っても、本当に危ない場所にいくことになったら注意されるけど。だから私が和泉森に行ったなんていうことを知ったら、きっとものすごく怒られるだろう。
「じゃあ、もうお風呂沸いてるからご飯の前に入ってきちゃいなさい」
「分かった!」
家に帰って安心すると、汗やら泥やらで気持ち悪いのが分かってきたので早足で洗面所に向かうことにした。
「おっふろ、おっふろー」
「あれ? 清花お風呂入るん……ってきったな! さてはまた葉月ちゃんたちとどっかに行ってたな!」
「あ、お姉ちゃん。そ、そうなんだ、今日は地下帝国の謎を暴こうとか言われて……」
「この前テレビで都市伝説系のやつやってたもんねー、あの子ったらすぐに影響されちゃって。子どもですなー……ま、それはともかくとして、そんなに泥だらけじゃあ洗うのもめんどくさかろう。特別にこの私も一緒にお風呂に入ってあげようじゃあないか!」
「いいの?」
「勿論、久方ぶりに姉妹水入らず、裸の付き合いをしようじゃないかぐへへへへ……」
「うん! お姉ちゃんとお風呂入るの久しぶりだから楽しみ!」
「そんな純粋な目を向けないでおくれ……」
「?」
お姉ちゃんが何故か顔に手をあて悶えているが、とりあえず気にせず洗面所に向かう。きっといつものテンション性発作だろう、ほっとけばその内追ってくると思う。
「……忘れろって言っても、無理だよなあ……あんなの忘れられるわけがないよ」
心の中でただいまと呟きながら彼が言っていたことを思い返す。あれへの対処法は忘れること……と言われたが、夢の中の存在だと思っていた頃ならそれも可能だったかもしれないが、現実にも現れることが分かってしまった今、忘れられる気がしない。
とりあえず、今それを考えても仕方がないので、今は心地の良いお風呂について考えることにしよう……そういえば、お姉ちゃんのオーバーリアクションだと思うが、流石にあそこまでの反応をされてしまうと、やはり気になってしまう。お風呂に入る前に鏡でどんくらい汚いのか確認しようかな……。
「……え?」
そう思って鏡を見てみると、洗面所の扉の前に、何かがいた。化け物かと思って一瞬背筋が凍ったが、大きさはただの犬で、見た目も普通の犬だった。振り返って確認してみると、やはり犬はそこにいた。
「ぁ……ぁ……」
だが、声は違った。声は少し違うがまぎれもなくあの化け物の声だ。だけどそれはいつもより弱弱しく、よく見たら体中のあちこちに傷があって、今の状態であれば私でも倒せそうだ。しかしいつもの化け物の姿ならともかく、弱っている犬の姿をされているとどうすればいいのか反応に困る。だからと言ってこのまま放置しておくのも……。
「もー何で置いて行っちゃうのさー!」
「あ」
私がどうしようか迷っていると、お姉ちゃんが勢いよく洗面所の扉を開けて入ってくる。それと同時に化け物の姿は消えていなくなってしまう。
「清花はもうちょっとノリとツッコミを学んだ方がいいよ全く……ん、どうしたん? そんな幽霊を見たような顔をして」
「あ、えっと……その」
「まあいっか、ほれほれ。さっさと脱いでお風呂入っちゃお? そのまんまじゃ気持ち悪いでしょ?」
「……うん!」
よし、何が何だか分からないけど、とりあえず忘れよう! あの人もそう言ってたしね! うん!
「と、言うわけにもいかないよねえ……」
お風呂を入ったり、ご飯を食べたりと、あの後何事もなく時間は過ぎて行って寝る直前まで来た。だが、やはりあの洗面所の犬は見過ごすことはできない。あれが化け物だとしたら、家にまで現れるようになったということになり、ママやパパ、お姉ちゃんにも被害出てしまうかもしれない。それは絶対に嫌だ。しかし、だからと言って対処法は忘れることというだけ……もしそれが本当に正しいのであれば気にしないのが正解なのだろうが……あれが化け物なのかどうかというのと別に、一つ気になる事がある。それは、あの犬にどことなく見覚えがあったことだ、勿論似たような犬を過去に見たことがあるだけかもしれないが、やはり気になってしまう。
「……ダメだ、やっぱり思い出せない……やっぱり、忘れちゃうのが一番なのかなあ」
あの犬に見覚えがあろうがなかろうが、折角やっと与えられた選択肢だ、試してみる価値はあるだろう。とりあえず私は化け物のことについて考えないようにしながら……これもあの化け物について考えているのと同じかもしれないが、とにかくそうしながら眠りについた……。