私は初めての悪夢を見続ける
私は森を走っている、何故森を走っているのかは自分でもよく分からない。気が付いたら森にいて、あれに追いかけられているのである。
これはきっと夢なのだろう、それならばいつの間にか森にいた理由にも説明がつく、だから……。
「はぁ……はぁ……!」
「ぜい、がぁ。ぜいがぁ、ぜいがぁあああぁあぁあああぁぁあ!」
「ひっ! 誰か、誰か助けて!」
後ろから迫ってきている化け物も夢なのだろう、夢に違いない。だが、夢であるはずなのに一向に覚める気配はない。とうに体力は底をつき、一度足を止めてしまったらもう一生歩けないのではないのだろうか。
「はぁ、はぁ……あっ」
そんなことを考えていたら、木の根に躓いて転んでしまった。
「やだ、やだやだやだやだ!」
立とうとしても、すでに限界を迎えていた体は言うことを聞いてくれない。そうこうしているうちに化け物は、まるで笑っているかのように顔を不気味に歪ませながら、ゆっくりと近づいてくる。もしかしたら、私はこの化け物に遊ばれていたのかもしれない。必死に逃げる私に微かな希望を見せびらかし、それが絶望であると気づくのを待っていたのかもしれない。
「あ、あ……」
叫ぼうにも、長い時間走っていたせいで喉が焼けるように痛く、血の味もわずかにする。そして、私が叫びも動けもできていない間に、化け物の鼻息が当たるぐらい私の傍にまで近寄っていた。
「ぜぃが、ぜぃがー」
そういえば、この化け物は多少聞き取りづらいが何故私の名前を呼び続けているのだろうか。いや、そもそも何故私の名前を知っているのだろうか? もうすでに私は正気ではないのだろう、そんなことを化け物の目を見つめながら考える。もしかしたらこの化け物は本当は良い子で、森のくまさんのように私を守るために追いかけてくれていたの野ではないだろうか? 私の心の中に、また微かな希望が芽生えた。きっとそうだ、そうに違いない。ままも言っていた、人を見かけで判断してはいけないと、人を見かけで判断してはいけないのだから化け物を見かけで判断するのも良くないことだろう。そう思って私はゆっくりと化け物に手を近づけた。
「ぜいがぁああぁあああ、遊ぼうよぉぉおおぉおおおおお!」
その瞬間、私の心が折れた。その狂気染みた声を聞き私は確信した――この化け物は私を殺す気だ。
もうダメだ、私は全てを諦めゆっくりと瞳を閉じた。きっと、この目が開かれることはもうないのだろうけど。
「だめだよ」
その瞬間、背後から声が聞こえた。すると、目の前から嫌な気配が消え、目を開けると……。
「……夢だ」
私は夢から覚めていた。耳元では目覚まし時計がいつものようにけたたましく鳴っている。
またあの夢を見てしまった。森の中を不気味な化け物に追いかけまわされ、追い付かれ、そして誰かに助けられる。ここ最近ずっとそれの繰り返しだ、道中が多少違うことはあるけれど、最終的には絶対にその結末に辿り着く。行動を変えようにも、夢の中の私はまるでそれが初めて見る光景であるように振る舞い続けるため、どうしようにもできないのだ。
もうこんな夢を見たくない、だがままたちに心配をかけるのも嫌なので自分なりに色々調べたりしてみた。夢を見ない眠り方、夢占い、除霊、催眠術。様々な方法を試してみたが、そのいずれも効果はなかった。
「とりあえず、起きなきゃ……」
ここで悩んでていても仕方がない。今日は平日、学校があるのだからずっと布団の中にこもっているわけにもいかない。仮病という手段もあるが、きっとままはそんな私の嘘も見破ってしまうだろう。ままはそういうずるい嘘が大嫌いな人だ、きっととても怒られるに違いない。
「ううう……やー!」
私は大きな声を上げながら、思いっきり布団を蹴り飛ばす。布団から出られない日はこうするに限る、そこからの私の行動は素早く、また疲れが来る前にさっさと一階に降りる。
「ふわぁー……あ、おっはよー清花! 今日も可愛いねぇ……私に似てね!」
「あらあら、おねえちゃん。そんな戯言を吐くなんて、もう一回顔を洗ってきたらどう? まだ寝ぼけてるみたいだし」
「ひどくない?」
「清花の可愛さは私由来に決まってるでしょ? ねえパパ」
「え、俺じゃないの?」
「……そうね」
「ねえねえ何で私にはあんな罵詈雑言浴びせたのにお父さんには何も言わないの? ねー!」
「おはよう……」
「おはよう清花。ほら、顔洗ってらっしゃい、朝ごはんもう用意してあるから」
「はーい」
「ねーお母さん!」
「はいはいそうね、お姉ちゃんは可愛いですよ」
「やったー!」
一階に降りると、私の家族が声をかけてくれる。ぱぱ、まま、お姉ちゃん、そして私。これが私の家族だ、友達に家族の話をすると、変わった家族だねと言われるが……まあ、確かに私も正直少し変わってると思う。だが、それでも私にとっては最高の家族なのである。だからこそ、心配はかけたくないのだ。
私はお母さんの言う通り洗面所に行って顔を洗い、鏡を見る。
「……おはよう、私」
いつからかは覚えていないが、朝起きて、鏡を見て挨拶をする。それが私の日課になっていた。何故だかは分からない、ただなんとなくそうしたい気がしたのだ。まるで私自身の存在を確かめるように、鏡の中の私に目を合わせる。
そこには、天乃清花の顔がちゃんと映っていた。